Daokoの歌い方|「水星」はなぜラップと歌の境目に聞こえるのか

Daokoの公式プロフィール掲載写真。木のそばに座る姿 Daoko

Daokoの「水星」は、ラップの曲として紹介されることも、メロディーのあるポップソングとして親しまれることもある。
この二つの呼び方は矛盾しない。
tofubeatsの原曲をそのまま歌い直したのではなく、DAOKOが自分の物語と言葉を乗せ直した曲だからだ。
声の高さを細かく分類するより、言葉が何を伝え、トラックのどこに置かれるかを見ると、この曲らしさが分かる。

「水星」は、原曲の人物をなぞらず自分の視点で書いた

2015年の本人取材によると、「水星」はインディーズ時代に好きになったtofubeatsの曲を、自分なりの感じ方で作ったものだ。
原曲の伴奏を使って試した音源が周囲やライブで支持され、メジャーデビュー盤の冒頭に収まった。
歌詞に小田急線が出てくるのは、実際にその車内で言葉を書いていたからだという。

曲の主人公をどう見せるかが決まると、歌唱も単なるカバーとは違う役割を持つ。
声の大きさばかりに注目すると、車内から夜の街へと移る言葉の細かな動きを見落としやすい。
言葉を一つずつ進めるラップ的な部分と、旋律に乗せて情景を開く部分が同じ曲にあることが「水星」の入口になる。

同年のCINRAの取材では、クラブに逃避を求める会社勤めの女性が主人公だという話から、音楽と日常の関係に話題が及んだ。
DAOKOは、音楽に逃げ場を求める一方で、その音楽も生活から生まれ、自分の心の均衡を保つものだと説明している。
夜の街を歌っていても、日常を丸ごと消してしまう歌ではない。

そう考えると、声をただ華やかに響かせるだけでは伝わらないものが見えてくる。
主人公が暮らしの中で抱える気持ちと、音楽に身を委ねたい気持ちが一つの歌の中にある。
細かい言葉を追う場面では人物の考えに近づき、旋律に乗る場面ではその人物が見ている風景を広く受け取る。
「水星」のラップと歌は、主人公の内側と外側を行き来するものとしても楽しめる。

小さく聞こえる声は、表現が小さいわけではない

デビュー期の取材では、DAOKOは自分の内側の暗さを作品の中で消化していると語り、メジャーで届けるためには以前の毒気とポップさを混ぜたいとも話した。
2015年のライブ取材が「ささやくようなラップ」と表した声は、弱々しさの証明ではない。
大きな音量で感情を代弁する代わりに、近い距離から語るように言葉を伝える表現として受け取れる。

本人は2023年、初期には歌う方法をまだ知らず、意識してもできないことがあったと振り返った。
か細さや息継ぎの多さをボイストレーニングで少しずつ変えたとも話している。
だから「水星」の声を、現在まで変わらない生まれつきの発声法として説明するのは違う。
当時の彼女が、その時点で持っていた声と言葉で曲を作った結果だ。

その小さな声には、録音環境も関わっていた。
活動を始めた頃は家族共用のパソコンを使い、周囲に内緒で内蔵マイクへ近づいて歌っていたという。
最初から完成された囁き声の技法を選んだのではなく、その状況で歌った結果が特徴として聴かれたのだ。

レッスンでは、息を吸う際に大きな音を立てなくてもよいことも教わった。
これは、歌の印象を声の細さだけで決めないための手掛かりになる。
息を吸う音がどれほど前へ出るか、言葉の途中で何度区切るかによっても、一つのフレーズの聞こえ方は変わる。
Daokoの表現を考えるなら、声色に加えて、言葉をつなぐ呼吸にも耳を向けたい。

練習の材料は、自分の曲だけに限らない。
松田聖子の曲など、自分に歌いやすい曲を家で練習し、人前で歌うことも上達につながったと話している。
本人の説明では、声をそっくりに似せるより、きれいに声が出るフレーズの運び方を試す感覚だ。
他の歌い手の表現を自分の声で試すことが、選べる歌い方を増やしている。

Daokoの公式プロフィール掲載写真。赤い衣装でこちらを見る姿
Daoko。
公式プロフィール掲載写真。
写真出典:DAOKO.JP公式プロフィール

ラップか歌かより、トラックの中で声に何を任せるか

Daokoは後年、声も曲を形作る楽器の一つで、歌だけを目立たせるより作品全体がよく聞こえることを大切にすると語った。
録音前には自宅で仮歌を作り、共作者と歌い方のイメージを相談してから本録音へ進むことが多いという。
「水星」も、既存のトラックを受け取って終わりではなく、そこへ自分の言葉を置く作業から始まっている。

この仮歌は、本番で迷わないための具体的な見本になる。
共作者から別の歌い方を提案されたら自宅で試し、方向を共有した上で録音に臨む。
そのうえで現場では、より大人びた雰囲気にする、自由に歌ってみる、といった注文にも応じるという。

毎回その場で一から声を探すのでも、デモを機械的に再現するのでもない。
曲の中で果たす役割を先に決め、その役割を保ちながら表情を動かせるようにする。
ラップと旋律が混ざる歌でも、どちらが得意かという二択ではなく、今この言葉をどう届けるかが判断の軸になる。

この考え方は、後の「打上花火」のように旋律が前へ出る曲や、QUBIT「Mr. Sonic」のように複雑な演奏と声を揃える曲にも通じる。
ただし三曲を同じ声質で歌っているという意味ではない。
「水星」では主人公の言葉を運ぶことが先にあり、別の曲では共作者の旋律やバンドの精密なリズムに応じて声の役目を変える。
歌い方の中心は、特定の声色を守ることではなく、曲に必要な声の置き場所を探すことにある。

自分の声の癖を抑え、歌の人物へ近づくこともある

曲に声を合わせる姿勢は、ゲーム『メメントモリ』のイリアを題材にした「Allure of the Dark」にも表れている。
Daokoは、寂しさを抱えながら内側に強い力を持つ少女を思い描いて歌ったという。
自分らしい声の癖は控え、歌詞の切なさと感情の動きが重なるようにしたと話している。

ここでの「控える」は、感情をなくすこととは違う。
歌い手の個性を強く押し出すと、聴き手の目に浮かぶ人物がDaoko自身へ寄ってしまう。
そこで声の癖を少し引き、物語の少女が前へ出る余地を作っていると考えられる。

「水星」では自分の言葉で主人公を描き、この曲ではあらかじめ存在する人物の世界へ入る。
出発点は違っても、誰の気持ちを声にするのかを考える点ではつながっている。
囁き声やラップという特徴を知るだけでなく、歌の中の人物を思い浮かべると、曲によって表現を変える理由も見えやすくなる。

「水星」を聴き直すときは、ラップか歌かに線を引くより、言葉が進む部分と旋律が広がる部分で主人公との距離がどう変わるかに注目したい。
その境目が、この曲を単なるリメイクで終わらせない。
声の役目がその後の作品でどう変わったかは、Daokoの歌唱変遷で年代順に追っている。

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