中田裕二の歌い方|「こぶし」とフェイクはどこから来た?歌謡曲とソウルをつなぐ声

中田裕二 シンガー

中田裕二の歌を「ロックの声」とだけ呼ぶと、曲の中で不意に現れる節回しを見落とします。
柔らかく歌い始めたあと、こぶしを差し込む。
その理由を音楽に詳しいクリス松村に尋ねられたとき、中田は子どもの頃に聴いたCHAGE and ASKAの影響を挙げました。
さらに自分のフェイクには、好きな黒人音楽の影響もあると話します。
その歌い方を具体的に知るには、音を飾る場面だけでなく、伸ばす声や、言葉をリズムに乗せる場面にも目を向けたいところです。

柔らかな歌の中に、こぶしが現れる

「こぶし」とは、一つの音をまっすぐ伸ばす代わりに、近くの音を回り込むように動かして歌う節回しのことです。
演歌だけの技法ではなく、歌謡曲にも広く現れます。
2016年に中田と対談したクリス松村は、穏やかな入りの曲でも突然こぶしを入れる点に注目しました。
中田は、それがCHAGE and ASKAを聴いて育ったことと関係するのではないか、と答えています。

中田裕二
中田裕二。
写真出典:IMPERIAL RECORDS公式プロフィール

中田の家では安全地帯や中森明菜などの歌もよく流れていたそうです。
子どもの頃にはカラオケで大人の曲を歌い、CHAGE and ASKAのアルバムを買って歌詞を読み込みました。
歌謡曲の節回しは、歌い手になってから外側に付け足した飾りではなく、自分で歌いながら親しんできたものだったのです。

ただし、すべての語尾を同じように回すという話ではありません。
クリスが驚いたのは、柔らかな入りから不意に節が現れることです。
穏やかな声が続く中で、一つの言葉だけが違う動きをする。
その前後の差も、こぶしが印象に残る理由として考えられます。

歌謡曲の「こぶし」と、ソウルから受け取ったフェイク

中田は同じ対談で、こぶしのほかにフェイクについても聞かれています。
フェイクとは、元の旋律をそのまま繰り返すのではなく、声に別の動きを加える表現です。
彼は黒人音楽を好み、その影響も大きいと答えました。
歌謡曲を聴いて育ったことと、ソウルから受け取った歌い回しは、中田の中でどちらか一方を選ぶ関係ではありません。

本人は、1970年代の歌謡曲と、横に揺れるような黒人音楽のリズムにも共通するものを感じています。
歌謡曲の旋律を歌いながら、声の置き方ではソウルに親しんできた感覚が働く。
曲のジャンルだけで歌い方を分けると、その重なりが見えにくくなります。

南佳孝の「モンロー・ウォーク」のカバーも、自分の声で既存の曲を引き受ける例です。
原曲を知っている人なら、同じ旋律のどこに言葉を置き、どこを伸ばすかに注目すると、声質だけの比較から一歩進めます。
こぶしやフェイクの数を数えるよりも、動きを加える前後で言葉の表情がどう変わるかを聴きたい曲です。

デュエットでは、音を動かすより長く伸ばす選択もある

その考え方を別の角度から示すのが、ISEKIとの「HOLD YOU feat.中田裕二」です。
2017年の対談でISEKIは、制作中の曲を中田に聴かせ、サビの旋律は細かく刻むよりロングトーンにする方がよい、という助言を受けたと振り返りました。
節回しの豊かな歌手であっても、いつでも声を細かく動かそうとするわけではありません。
伸ばした音を中心に据えることも、歌を生かす選択なのです。

一方、中田はこの曲を歌う難しさも明かしています。
ISEKIの旋律や言葉を置くタイミングには独特の感覚があり、それに合わせるのが難しかったというのです。
コーラスの重ね方も普段の自分とは異なり、得意な曲だけを歌っていてはよくないと話しました。

二人ともCHAGE and ASKAの音楽に親しんでいても、実際に歌えば間の取り方まで同じにはなりません。
デュエットでは、自分の声を気持ちよく響かせるだけでなく、相手の時間感覚に入り込む必要があります。
この曲についての発言は、中田の歌を「持ち前の色気」でひとまとめにせず、曲ごとに調整を重ねる歌として捉える手がかりになります。

「ランナー」では、旋律に収めにくい言葉を語る

アルバム『Sanctuary』の「ランナー」では、ラップのように言葉を運ぶ表現も使っています。
中田は2019年のインタビューで、この歌い方は弾き語りをする中から自然に出てきたと説明しました。
普段の旋律に乗せると収まりにくい言葉も、ビートに合わせて語る形なら成立する。
そこに言葉の自由を感じたといいます。

曲のきっかけには、友人が東京マラソンを走ったことがありました。
走る人それぞれに人生があり、目に入る風景もある。
そうした話を歌へ取り込むとき、長い音で感情を膨らませるだけでなく、語るように場面を進める方法が役立っています。
中田自身、韻の踏み方や決まった構成に厳密に従うより、そのときの言葉を形にすることを楽しんでいたそうです。

この曲では、打ち込みではなく、生の楽器によるファンクの演奏を選んだとも話しています。
歌謡曲とソウルの関係は、装飾的な節回しだけに現れるのではありません。
言葉をどの長さで区切り、どんな伴奏の上に置くかにも及んでいます。

声だけの音源で見える、語尾と重なり

アルバム『PORTAS』には、「ゼロ」と「君が為に(album version)」の歌声を取り出した音源も用意されました。
新しく無伴奏で歌い直したものではなく、もとの録音からボーカルを抜き出したものです。
公式の制作後記によれば、スタッフが提案した当初、中田は恥ずかしいと難色を示したといいます。
歌を支える伴奏が外れると、それだけ声の細部が表に出るのです。

そのスタッフは、「ゼロ」ではサビのハーモニーや抑揚、「君が為に」では語尾の艶や切なさを聴きどころとして挙げています。
これは制作側の聴き方ですが、中田の歌を確かめる入り口にもなります。
これらの音源は、間奏の部分も詰めず、声のない時間をそのまま残しています。
声が戻るまでの間や、歌い出す直前の呼吸も含めて、一曲の中で声が入る位置を追える形です。

主旋律の動きだけでなく、重なった声がどのように響くか、言葉を言い終えたあとにどんな余韻が残るか。
同じ録音を伴奏のある状態と比べられるため、声が曲の中で担っていた役割に注意を向けやすくなります。

中田裕二
2024年の取材での中田裕二。
写真出典:ぴあ音楽の2024年取材

中田は、名曲をカバーすることも、自分という歌手を通してよい曲を届ける挑戦だと話しています。
こぶしを加える、長く伸ばす、語るように進める、相手の歌の間に合わせる。
その選択の積み重ねが、自作曲にもカバーにも通じる中田裕二の歌い方です。
椿屋四重奏からソロ、そして過去の曲を再び歌うまでの道筋は、中田裕二の歌唱変遷でたどれます。

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