紬衣の歌を「かわいい声」とだけ呼ぶと、ライブでギターを弾きながら客席へ向かう姿も、「普通」の二番で不安を裏声に託した選択も、ひとまとめになってしまう。
彼女は曲によって、声を先に届けるか、言葉を先に届けるかを変えている。
何を大きくするかより、何を聴いてほしい場面なのか。
Conton Candyのいくつかの曲から、その歌い分けを見ていこう。
「ファジーネーブル」の柔らかさは、手を抜いた声ではない
「ファジーネーブル」は、紬衣自身が、肩の力を抜いて歌ったと明言した曲だ。
それまで意識していた声を張るロックの歌と比べれば、本人には大きな方向転換だった。
ただし、力を抜くことは、感情や歌詞を薄くすることとは違う。
ポップな旋律が前に出るように、声が曲全体を押しつぶさない選び方である。
Conton Candyでは紬衣がまずギターと歌で曲を作り、楓華と彩楓が編成を考える。
紬衣は二人のコーラスもバンドの強みと話しており、一人で旋律を全部抱え込む形にはしない。
「ファジーネーブル」を聴くときは、主旋律の声量だけでなく、三人で声の居場所を作るバンドとして考えると、リラックスした歌が成立した理由も分かりやすい。
リラックスした声でも、言葉の相手を見失わなければ歌は届く。
「ファジーネーブル」で紬衣が見つけたのは、ポップな旋律へ自分の声をなじませる方法だった。

写真出典:Billboard JAPANの2024年ライブ写真
「相槌」は、歌い出しで客席との距離を縮める
柔らかい「ファジーネーブル」だけを聴いて、紬衣の歌い方全体を決めることもできない。
彼女はライブハウスを、自分たちが渡した熱に客席が応え、その返事でもう一度演奏が変わる場所だと考えている。
音源では可愛らしいのにライブではパワフルだと言われることも、本人は知っている。
その違いを、どちらか一方が本当の声だとして整理しなかった。
『melt pop』の最初の曲「相槌」を歌始まりにしたのは、アルバムの一曲目から聴き手をはっとさせたいと紬衣が考えたからだ。
バンドの音がそろう前に声が現れると、歌い手が最初の合図を出すことになる。
歌の出だしを置く位置も、声の使い方の一部だ。
ここには、曲中で次々に強く歌えばよいという発想とは違う、最初の一声の役割がある。
同曲の公式ライブ映像は2024年6月の公演だ。
紬衣が言う客席とのやり取りを、曲がどこで始めるかに注目したい。
「相槌」という題名も、相手からの返事があって初めて成り立つ言葉である。
「普通」では声より先に歌詞を置いた
「普通」はアニメ『SAKAMOTO DAYS』のために作られた曲だ。
紬衣は、それまでの自分にはまず声があり、そこへ歌詞が追いつく感覚があったと語る。
この曲では順番を逆にして、人物の言葉へどう声を乗せるかを考えたという。
自分の体験だけでなく、物語の中の人たちを見せる必要があったからだ。
彼女の説明には具体的な場面がある。
Bメロでは言葉の訴えが強くなるにつれて歌の熱を足した。
二番の不安な気持ちを表したい箇所では裏声も使った。
全曲を一種類の「優しい声」や「力強い声」で塗らず、同じ曲の中で言葉の役割を先に決めている。
裏声をただ高音を出すための逃げ道と見なせないのは、本人がそこに不安を表す狙いを説明しているからだ。
録音時、バンドも最初の疾走感を少し抑え、アコースティックギターで作品の温かさを出す方向へ変えたという。
声だけが単独で表情を作ったわけではない。
伴奏が人物をどう見せるかを決め、その中で紬衣がBメロの熱と裏声を選んだ。
声と演奏の関係を知ると、曲の「普通」という題名が、平板に歌うという指示ではないことも分かる。
自分の経験を書いた歌なら、紬衣には、わずかに伝えようとするだけでも気持ちが強く出る感覚があったという。
一方、この曲では別の人の人生を歌うため、人物が見えるところまで意識して表情をつける必要があった。
二番で言葉が届くかと不安になる場面に裏声を選んだのも、そのためだ。
Bメロで気持ちを押し出す歌と対にして考えると、一曲の中で強さと迷いを行き来させる使い分けだとわかる。
「スノウドロップ」は最初の一音を逃さない
別のアニメ作品に寄り添った「スノウドロップ」では、紬衣は冒頭を歌から始めることを意識した。
決まった秒数で使われる曲では、最初の一音から人の耳をつかみ、短い時間で展開を伝える必要があると考えたという。
次から次へ要素を足せばよいのではなく、長い曲になっても聴き疲れしないよう、引き算を心がけた。
歌をどこから始め、どの言葉を先に聞かせるかという判断である。
紬衣はアニメの思春期という主題を、自分の言葉でどう歌へ移すかも考えた。
登場人物の気持ちを借りながら、曲の中に自分の言葉を残す難しさが、「普通」とは別の形で現れている。

写真出典:Lotusの2025年取材写真
自分の声を重ねるときも、主旋律とは別の役割を持つ
2026年のアルバム『すっぴん』の制作では、これまで主に双子の二人へ任せてきたコーラスを、紬衣自身も多く録ったという。
本人は主旋律の自分の声と、コーラスでの自分の声を使い分けたと話す。
すべてを同じ強さで歌うと、重ねた声はただの音量の足し算になりやすい。
どの声を前に置き、どの声で支えるかという役割の違いが、三人の歌に加わった。
メンバーの彩楓は、この時期の歌について、ブレス一つにも表現を感じたと語っている。
紬衣自身も、もっとハスキーな声だったらと考えることがあったが、他者が自分の声をよいと言ってくれた経験で、それがバンドの強みかもしれないと思うようになった。
歌い方を考えるとき、ない声を追いかけるより、ある声を曲の中でどう働かせるかを選び始めた話として受け取れる。
「傷」は、三人の呼吸で進む時間を残す
同じ『すっぴん』の「傷」では、また違う録り方を選んでいる。
紬衣によると、この曲は一定の拍を刻むクリックを使わず、三人で一斉に演奏を始めて録った。
本人がアルバムの中でもライブに近い音源と捉えている曲だ。
クリックがあれば、各自が共通の拍を聞いて演奏を合わせられる。
それを外した録音では、音楽が進む速さを互いの音から感じ取ることになる。
歌が向き合うのも、機械が一定の速さを示し続ける伴奏ではなく、人の演奏が作る流れになる。
コーラスで声を重ねる方法と、全員で鳴らす瞬間を残す方法は、同じアルバムの中でも使い分けられている。
録音に残すのは、いつでも同じように整った声だけではない。
どの曲で言葉を細かく演じ、どの曲で三人の勢いを生かすかまで含めて、紬衣は歌の届き方を選んでいる。
その違いを知ると、柔らかい声とパワフルなライブが同じ歌手の中にあることも理解しやすい。
「ファジーネーブル」では肩の力を抜き、「相槌」では歌い出しを合図にし、「普通」では不安に裏声を選ぶ。
紬衣の歌い方は一つの声色では説明できない。
曲の主人公、客席、バンドの二人のうち、誰に何を渡したいかによって、声の役割を変えている。
その選択が時期をまたいでどう増えたのかは、紬衣の歌唱変遷で追った。

こちらの記事もおすすめ






コメント