りょたち(ねぐせ。)の歌い方|耳に残るサビと、歌い出す前のひと息

りょたち(ねぐせ。) りょたち(ねぐせ。)

りょたちを「ハスキーな声の人」だけで説明すると、大事な工夫を見落とす。
本人が繰り返し話しているのは、サビの言葉をどう覚えてもらうか、歌い始める前の息をどう残すか、共演者と誰の視点で歌うかという選択だ。
声を大きく張るかどうかより、歌を聴く人が言葉に入れる形を作っている。

「グッドな音楽を」「日常革命」「織姫とBABY」「愛の味」、そして「僕 love you」を手がかりに、一曲の中で歌が果たす仕事を見ていく。

「グッドな音楽を」のサビは、先に聴き手の参加を考える

りょたちは曲を作るとき、サビのメロディと言葉が先に浮かび、そこから周囲を広げることが多いと話している。
音楽番組の取材でも、短い時間で耳に残る歌詞とサビのメロディを重視すると説明した。
「グッドな音楽を」は、覚えやすい言葉と振り付けが一緒に広まった曲で、本人は曲とダンスを同時に考えて、みんなが楽しめるようにしたという。

サビに戻ったとき、聴き手が言葉を思い出し、体の動きでも参加できるようにする。
短いフレーズをただ繰り返すだけでは届かない。
何を口ずさめばこの曲だと分かるのか、その一言を先に選んでいる。

その言葉は、意味だけで決めるわけではない。
りょたちは、ある場所の語頭が「あ」の音なら気持ちよく歌えるのに、と考えながら言葉を探すこともあると明かした。
先に浮かんだ旋律に、どの音で言葉を入れるかまで気を配っているのだ。
同じ気持ちを表す言葉でも、口から出したときの響きやメロディとの相性は変わる。
彼の覚えやすいサビには、文章としての意味と、声にしたときの感触の両方がある。

一方で、バラードでは言葉の覚えやすさだけでは足りない。
誰が何を失ったのかが伝わらなければ、切なさは一般的な感情の名前で止まってしまう。

「日常革命」では、出来事の具体性を歌の中心に置く

「日常革命」は、自身の経験から生まれた失恋の曲だ。
りょたちは失恋後の「いない日常」を書き、後年には、自分にとって思い入れがあり、ライブでも繰り返し歌っている曲だと語った。
バンドのドラマー・なおとは、結成当初にバラードを重んじた理由の一つとして、りょたちの歌詞が伝わりやすいことを挙げている。

「グッドな音楽を」で聴き手が口にしやすい一言を選んだのに対し、この曲では個別の恋愛の記憶をサビまで運ぶ。
失った事実だけでなく、その後に残る日常を歌の中に置いたところに、抽象的な失恋ソングとの違いがある。
りょたちが自分で書いた言葉を歌うからこそ、明るいサビとは別の形で、歌い手の視点が一曲を通して揺らがない。

歌い出す前の息を消さない理由

りょたちの歌唱で、本人が珍しく細部まで言葉にしたのが歌い出しの息だ。
「織姫とBABY」で共演した汐れいらの息遣いを高く評価したとき、ドラムのなおとは、りょたち自身も歌始まりの曲で冒頭の息を録り直すほど気にしていると指摘した。
りょたちは、入りの息がないと聴いていて息苦しく、人が歌っている感じが薄れるという趣旨で答えている。

無音から突然歌詞が始まる場合、吸う気配そのものを残すかどうかで、聴き手がその場に人を感じられるかが変わる、と本人が考えている。
楽器の音や声量に比べると小さな選択だが、歌の最初の一歩をどこに置くかという判断である。

ここで大切にしているのは、歌声そのものを息っぽく加工することではなく、言葉の直前にも人がいると感じられる時間だ。
これから話し始める人の気配を聴き手が受け取ってから、最初の言葉が出る。
サビの言葉を覚えてもらう工夫と、冒頭の息を残す工夫は、どちらも聴き手が歌へ入る瞬間を大切にしている。

りょたち(ねぐせ。)
録音用マイクに向かうりょたち。
写真出典:2026年の公式インタビュー写真

「織姫とBABY」は、二人の声を重ねるだけのデュエットではない

「織姫とBABY feat. 汐れいら」は、七夕を思わせる二人の視点で進む歌だ。
りょたちはデモを作る段階からデュエットを思い描き、完成時には「お互いの歌を見せたい」と考えて、歌を中心に編曲した。
汐は、冒頭で二人が同じ高さで歌う案から、物語に合わせて離れて聞こえる配置へ考えを進めたと説明している。

その結果を単なる「男女の声の対比」と呼ぶだけでは不十分だ。
最初に離れた気持ちを置くから、掛け合いが進んだときに二人の関係が動いて見える。
りょたちの声はいつも歌の中央を占める必要がなく、相手の声が入る空間を作る役目も持つ。
本人が歌を邪魔しない編曲を重視すると語るのも、その選択とつながる。

りょたち(ねぐせ。)
汐れいらとねぐせ。
のメンバー。
写真出典:2025年の公式インタビュー写真

「愛の味」では、悲しさを曖昧な言葉で済ませない

「愛の味」も失恋を扱うが、りょたちは悲しいという一般的な形容だけではなく、もっと輪郭のある感覚として「痛み」を選んだと説明する。
好きな気持ちが強すぎたことと、失ってからの後悔を、一曲の中で結びつけた。
歌詞がはっきりした感覚を指すほど、歌い手も何を相手に伝えるのかを定められる。
サビの覚えやすさだけを追う曲ではないが、ここでも言葉の選択が歌の届き方を支えている。

ただ、りょたちは失恋の曲で、楽しかった時間まで否定したいわけではないと話す。
別れた相手への温かい気持ちを残したいから、幸せだった場面へ戻ることが多いのだという。
痛いほどの思いを歌っても、その相手と過ごしたすべてを恨みに変えない。
「愛の味」の言葉を受け取るときは、この二つの感情を同時に置いてみたい。

本人が語る緩やかなリズムへの関心も、その歌を支えている。
悲しい言葉だからといって、バンド全員が重く引きずるように鳴らす必要はない。
聴き手が入りやすい伴奏の流れに、簡単には片づかない感情を載せる。
言葉の痛みと音楽の聴きやすさを両立させるところに、この曲の狙いがある。

「僕 love you」は、声を中心に音の組み合わせを変える

「僕 love you」では、生のドラムやベースを前提としない編曲に踏み出した。
公式取材でメンバーは、大太鼓や弦の音を生かした制作について話している。
りょたちは、どんな曲でも自分が歌えばバンドの曲になると言われた経験が、編曲を思い切れる自信になったと振り返った。

ここで声に求められるのは、毎回同じ音色の伴奏に囲まれることではない。
周囲の音が変わっても、歌詞を自分の言葉として聴き手へ渡すことだ。
弾き語りの断片から曲を公開し、ファンと完成までを共有したいと考えたのも、まず声と言葉があれば曲の芯を渡せるからだろう。
一人で歌い始めた曲に他の人が加われる余地を作る姿勢は、サビや息へのこだわりともつながっている。

サビで覚えてもらう言葉、歌が始まる前に聞こえる息、もう一人の声が入る場所、感情を曖昧にしない言葉。
りょたちの歌い方を曲ごとに見ると、声の特徴だけでは説明できないこれらの選択が現れる。
どうして一人で歌う曲から客席の声まで含める曲へ進んだのかは、りょたちの歌唱変遷でたどれる。

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