戌亥とこの歌声はどう変わった?低い声を受け入れ、Nornisを経てソロへ

戌亥とこ 2026年One day・リスタート公式ビジュアル シンガー

低い声を気にしていた戌亥とこは、聴き手から落ち着くと言われ、その声で包み込むように歌いたいと考えるようになりました。
ただ、自分の声を好きになった後にも、新しい課題は現れます。
Nornisでは相手に合わせるために歌い方を考え、得意な感情表現を消してほしいと求められる曲もあった。
そして2026年には、憧れの阿部真央に自分の思いを託し、演じる要素を控えて歌う曲へたどり着きます。
声の受け止め方と、その声で伝えるものがどう変わったのかを追ってみます。

「地獄屋八丁荒らし」――2020年

「地獄屋八丁荒らし」から、次は別の自分を見せる

2020年に発表した初オリジナル曲「地獄屋八丁荒らし」は、戌亥とことは何者なのかを示す曲でした。
majikoが作った暗いロックの世界には、地獄の喫茶で働くという彼女の人物像が映っています。
初めて名前を知る人にも、強い印象を残す出発点です。

その後も、前の曲と似ないものにしたいという意識がありました。
「Engaged Stories」ではファンへの言葉を、「初恋」では小諸市との企画で島崎藤村の詩を手がかりにした物語を歌う。
同じ人物像を繰り返すより、その都度、別の感情へ向かっていました。

2022年の取材で語った録音の進め方にも、その柔らかさが見えます。
まず曲を受け取り、自分なりに歌い方を考えて練習する。
それでも収録当日、作り手から違う歌い方を提案されると、試した方が良いと感じることがあるそうです。
自宅で思い描いた完成形も、現場で変えてよかったのです。

一方、歌うこと自体については、活動を始めてからずっと楽しいままで、意味は変わらないと話していました。
変わっていくのは、歌への喜びよりも、その曲をどう作り、どう届けるかという選択でした。

低い声を隠すより、その声で包み込む歌へ

デビュー当初、戌亥は声が思っていたより低いと言われることがあり、本人も低さをコンプレックスに感じていたそうです。
高い音を得意とする歌手を羨むこともありました。
けれども活動を続けると、その声が好き、その声だから落ち着くという感想が届きます。

2023年の取材では、低い声を生かして包容力のある歌を磨きたいと話すようになっていました。
自分では気になるところが、誰かには安心できる理由になる。
聴き手の反応を受けて、自分の声に足りないものを気にするより、持っている声を生かすことへ気持ちが向かっていったのです。

2022年にはNornisにも参加し、複数の声で一曲を作る活動が始まりました。
ソロでは自分だけで決められる歌のニュアンスも、ユニットでは相手との組み合わせを考える必要があります。
初曲「Abyssal Zone」から始まった経験は、後に相手の歌い方まで想像して準備する方法へつながっていきます。

『Telescope』で、同じ声から違う景色を作る

2023年11月の初ソロ・ミニアルバム『Telescope』では、全五曲を別々の作り手に依頼しました。
一枚の中で、どれだけ違いを感じてもらえるか。
以前から好きだった作家それぞれの作風を伝え、その人らしさを生かした曲を求めたといいます。

majikoには、「地獄屋八丁荒らし」と雰囲気を変え、ゆったり聴ける歌をお願いしました。
そうして届いたのが「六道伍感さんぽ」です。
地獄の風景は残っているのに、同じ勢いで押し切る曲にはしない。
歌う人物を失わず、その人が過ごす時間や景色を変えていく選び方でした。

ポリスピカデリーによる「Twilight Road」では、デモから風に揺れるカーテンを思い浮かべました。
その心地よさを崩さないため、力まず、リラックスして歌ったと説明しています。
歌詞を一語ずつくっきり際立たせるより、音楽の中へ声を溶かすようにしたかったそうです。

対して、buzzGによる「白夜」では、歌詞の登場人物の感情へ入り込みました。
普段の自分があまり感情的にならないぶん、歌ではそうした面も出してみたい。
物語のような歌詞があったから、自分の気持ちを押し出すより、その世界の感情に合わせられたといいます。

「残光」でも、静かな始まりから徐々に気持ちを高める加減を練習しています。
声を音楽になじませる曲、登場人物として歌う曲、一曲の中で感情を動かす曲。
五曲の違いは、作家が変わった結果だけでなく、戌亥自身が歌うときに思い描くものの違いでもありました。

2024年、相手の歌を予想してからスタジオへ行く

2024年のNornisのミニアルバム『Tensegrity』では、町田ちまとの関係が歌の作り方に表れます。
戌亥は、ソロには気楽さがある一方、二人でいる心強さも感じるようになったと話しました。
ニュアンスを合わせるのは難しくても、嫌になる難しさではなく、一緒に乗り越える楽しさがありました。

Nornis 戌亥とこ・町田ちま公式ビジュアル
戌亥とこと町田ちまによるNornisの公式ビジュアル。
画像出典:にじさんじ・ANYCOLOR公式サイト

表題曲は音域が広く、旋律も入り組んだ曲です。
二人はそれぞれ自宅で練習し、難しい箇所などを文字のやり取りでも共有していました。
結成から約二年がたつと、ここは相手がこう歌いそうだから、自分はこう歌えば合うのではないかと考えられるようになったそうです。

スタジオで初めて相手の声を知るのではなく、歌い方を予想して準備してくる。
そのうえで録音では、ソロの部分は互いの個性を出し、同じ旋律を歌うところは両方の良さが残るように揃えました。
相手を知ったことが、自分の歌を決める材料にもなっていたのです。

亀田誠治による「Deep Forest」でも、実際に録るのは一人ずつでした。
それでも戌亥は、町田が隣にいて一緒に歌っているつもりで、言葉に気持ちを込めたと話します。
ソロ盤で景色や登場人物を思い浮かべた方法が、ここでは一緒に歌う相手を思い浮かべることへ向かっています。

感情を出す「白夜」の後に、消して歌う「ジョハリ」が来る

同じ『Tensegrity』でも「ジョハリ」は、得意な感情表現をさらに強める曲ではありませんでした。
戌亥には、歌い癖も感情もやる気もなくしてほしいという注文が出ます。
本人にとって、それらをすべて消して歌うのは初めての経験で、離れた場所から自分の歌を眺めるような感覚だったそうです。

一方の町田には、楽しそうに、相手をからかうように、とさまざまな注文が出ました。
表題曲で声を揃えた二人が、今度は違う態度で同じ曲に立つ。
戌亥は録音を後から聴き、自分がこんな歌い方をしていたのかと驚いたといいます。
自分の持ち味を控えたところにも、まだ知らない表現がありました。

「just wonder」では逆に、これまでの暗さとは違う、強気で荒っぽい態度が求められます。
ラップに近い部分もあり、二人で歌い方を相談して録音に臨みました。
同じ声で暗く歌うことと、相手に迫るように歌うことも違う。
Nornisでの経験は、感情の量だけでなく、その向け方を選ぶ幅も広げています。

2026年『One day』で、普段は言わない気持ちを歌にする

Nornisは2026年6月8日に活動を終え、戌亥と町田はそれぞれの個人活動へ集中することになりました。
同年10月7日に発売された戌亥の2枚目のソロ・ミニアルバムが『One day』です。
朝から夜、夜明けへ進む一日の中に、嬉しさも、嫌だと思う気持ちも置いています。

戌亥は普段、話を聴く人に楽しい気持ちになってほしくて、否定的な気持ちをすべて言葉にしてきたわけではなかったそうです。
それでも後悔したり、考え込んだりすることはある。
そうした思いも楽曲なら伝えられるのではないかと考え、今まで言わなかったことを歌の中へ入れようとしました。

9月に先行配信した「Broken」は、誰に見られていても構わず、感情をさらけ出す曲です。
録音ではブースを暗くして臨みました。
一方、同じアルバムの「ありふれた午後に」は、高めのキーでも優しく歌いたいと意識し、明るいブースでリラックスして歌うようにしています。
声だけに集中するのではなく、その感情でいられる環境も選んでいたのです。

「Broken」――2026年

憧れの人の提案を受けて、飾らずに届ける「君の声があれば」

「君の声があれば」を依頼した阿部真央は、戌亥が2023年の時点でも影響を受けた歌手として挙げていた存在です。
今回は、自分が活動を通して感じたことや、ファンへの感謝をじっくり話しました。
阿部からは希望した曲調のデモに加え、戌亥の声と伝えたいことにはこちらも合うのではないか、という別の案が届きます。
チームで聴いて、その提案を選んだのがこの曲でした。

歌う際にも、演じる要素や飾りを大げさに加えず、素直な気持ちを大切にしたと話しています。
「白夜」で物語の感情に入った歌とも、「ジョハリ」で感情を消した歌とも、目的が違う。
ここでは、自分の気持ちを相手に渡すことが中心です。

録音前の自宅練習では、気持ちが入りすぎて加減が難しかったそうです。
素直に歌うことにも、感情をどこまで出すかという調整がありました。
収録ではスタッフも加わってコーラスを録り、その声の重なりから、いつかファンと一緒に歌う日も思い描いたといいます。

アルバム最後の「Dawn」では、一人で一曲分の作詞をすることにも初めて挑みました。
2023年には、いろいろな作家の表現を受け取りながら、いつか詞を書いてみたいと話していた戌亥です。
今度は、人と別れた後に思い返してしまう小さな後悔も、自分の言葉にしています。

低い声の良さを教えてくれた聴き手と、自分では思いつかなかった歌を提案してくれる作り手。
その両方とのやり取りを重ね、戌亥は自分の声で担える役を増やしてきました。
2026年には、その声を通して、自分が普段は言わない気持ちも届けようとしています。
一曲の中で声や感情をどう選ぶかは、戌亥とこの歌い方でさらに見ていきます。

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