加藤和樹は、ロックのライブとミュージカルの舞台を行き来する中で、歌い方を切り替えられずに悩んだことがありました。
自分では普通に歌っているつもりなのに、録音を聴くと、舞台の発声が残っている。
舞台に合わせるために身につけた歌い方から、今度は戻れなくなっていたのです。
そこから、どうやって両方の経験を自分の音楽へ生かせるようになったのか。
2013年からの舞台での戸惑い、録音での気づき、ピアノと歌う新しい挑戦を経て、2025年の「Chocolate」までをたどります。
声を切り替える課題と、歌の中で何を伝えるかという問いが、少しずつつながっていきます。
2013年から2016年、自分の歌と役の歌が一致しない
2005年の『テニスの王子様』で注目され、翌年にはCDデビューした加藤は、早くから舞台と音楽の両方に立っていました。
それでも、2013年の『ロミオ&ジュリエット』で大作ミュージカルへ進んだときには、慣れた歌い方が通じない経験をします。
稽古で小池修一郎から歌を指摘され、落ち込んだことを後年に振り返っています。

撮影:大槻志穂/出典:Deview。
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自分では、ミュージカルの歌として歌っているつもりでした。
ところが、ポップスの歌い方のままだと言われても、何が違うのかが分からない。
本人の悩みは、自分の中の感覚と、外から聞こえる歌が一致していなかったところにありました。
2016年には、声の位置や使い方を変え、普段の癖を外す難しさを説明しています。
いつものように言葉へ気持ちを込めても、役の歌ではなく、自分のコンサートのようになってしまう。
役として歌うには、歌手として自然に選んでいる表現も、いったん見直す必要があったのです。
歌い始める気持ちを作ることにも、戸惑いがありました。
それまでの加藤には、芝居の途中で突然歌う理由が、すぐには腑に落ちなかったそうです。
やがて、ミュージカルの歌は人物の台詞でもあると理解し始めますが、自分なら格好よく歌いたい部分と、役に必要な表現が重ならないこともありました。
この頃には切り替えができるようになってきた一方、『1789 バスティーユの恋人たち』の公演中に行う単独ライブには、まだ不安を感じていたといいます。
舞台の歌い方が出てしまわないか。
一度違いを理解しただけで、どの現場でも自由に使えるようになったわけではありませんでした。
2016年、芝居で学んだ言葉の伝え方が歌へ戻る
使い分けに悩む一方で、舞台の経験が自分の曲に役立つ場面も増えていました。
2016年の取材で加藤は、直近の3年ほど、一言ずつ明確に歌うことを意識するようになったと話しています。
他の人のライブや芝居で言葉が聞き取れなかった経験や、自分の早口を指摘された経験が、その背景にありました。
台詞では、言葉の始まりと終わりが曖昧だと、伝えたいことが分からなくなる。
演出家から受けた指摘は、歌詞カードを読まなくても言葉が浮かぶ歌にしたいという意識にもつながっています。
声の出し方を切り替えるだけでなく、言葉を客席へ届ける考え方を、音楽へ持ち帰っていたのです。
同年の「春恋」では、別の形で人物の気持ちを歌へ移しました。
CHIHIROが書いた女性目線の歌詞を歌うにあたり、徐々に気持ちがあふれてくる様子を表そうとして、ファルセットを使っています。
自分も昔の恋を思い出しながら、歌の物語に沿う声を探したそうです。
舞台では、自分の歌いたいように歌うことと、役の気持ちがぶつかる。
一方、自分の曲では、物語にいる人物の感情を考えることが、新しい声の選択を助ける。
加藤は両方の現場を通じて、歌と芝居の共通する部分を感じ始めていました。
2020年、声の使い分けが曲の表現へつながる
2020年の『Addicted BOX』発売時に加藤が話したのは、ミュージカルの発声から戻せなかった経験でした。
あるバラードの録音で、本人は普段どおり歌っているつもりだったのに、ディレクターから舞台の歌い方になっていると指摘されたそうです。
録った歌を聴いて初めて気づき、驚いたといいます。
その後、ボイストレーナーに教わり、以前より使い分けができるようになりました。
本人は、舞台の発声を自分の曲に生かすこともできるようになったと説明しています。
舞台用の歌い方を身につけ、必要なときに戻すだけでなく、曲に応じて取り入れる余地が生まれていたのです。
歌う際に重視するものも変わりました。
以前は、上手に歌うことや、音程を正確に取ることへ意識が向いていた。
この時点では、歌の主人公が何を思い、聴き手に何を届けるかを考えて、曲に合う表現を選ぶようになったと話しています。
「RISKY」では、華やかな夜の世界で浮き沈みを経験するホストを思い描きました。
そこから這い上がる人物に、自分と重ねられるところもあったそうです。
録音では、勢いと気持ちのつながりを保つため、何度か通して歌い、その中から良いテイクを選んでいます。
この曲には、普段は発声前の練習に使っていた短い呼吸の音も、ディレクターの提案で加えました。
歌うための準備として行っていたことまで、録音に残す表現になる。
声を扱う経験が増えたことで、曲の人物や場面を作る材料も増えていました。
2021年、ピアノと歌うカバーへ挑戦する

写真出典:エンタステージ。
画像出典:写真掲載元
2021年の『K.KベストセラーズII』では、吹野クワガタと、アコースティック編成による5曲のカバーを録音しました。
「春よ、来い」などの曲を、吹野のピアノとともに歌っています。
加藤は、もっと早い時期なら、自分の表現の力が足りず、実現できなかったと思うと話しています。
活動の積み重ねと、ミュージカルで培ったものがあり、今なら挑戦できると感じたそうです。
その録音をきっかけに、ピアノの生演奏を中心にしたライブを行うことにしました。
リリースイベントで初めて披露したときには、録音とは違う空気が生まれたといいます。
演奏するたびに変わるものになりそうだと感じ、本格的なライブへの楽しみが膨らんでいました。
ロックのライブやアコースティックの公演を続けてきた歌手が、今度はピアノを中心にしたライブへ進む。
その選択を支えたのは、舞台を経験して歌の表情が増えた、という本人の実感でした。
「春よ、来い」――『K.KベストセラーズII』(2021年)の録音
2025年、声をジャンルだけで分けなくなる
2025年の「Chocolate」では、久しぶりに軽やかな曲を歌い、途中のラップにも新鮮さを感じたと話しています。
舞台が続いていた中で、自分の音楽として歌う楽しさを味わったそうです。
以前は、舞台から自分の曲へ戻る際に、声の位置を変えることが難しかった。
同年の取材では、その苦労を振り返ったうえで、今はミュージカルとポップスの両方に、声の表現の幅を使えると分かったと説明しています。
舞台の中にもロックに近い曲があり、自分の曲でも深めの声を使って表情を付けられる。
発声を切り替える技術を身につけた先で、ジャンルごとに歌声を分けるだけではない使い方ができていました。
ピアノやギター一本のライブを選べるようになったことも、表現が広がった結果だと本人は捉えています。
加藤にとって、自分の言葉で話し、歌えるライブは、舞台と同じく欠かせない場所です。
役として生きる場と、歌手として聴き手に向き合う場を続けたからこそ、双方で得た経験が次の歌へ戻ってくる。
かつては行き来の難しさだったものが、曲ごとに声を選ぶための力になってきたのです。
ファルセットや発音、息の音を使う具体例は、加藤和樹の歌い方で詳しく扱っています。







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