菊池桃子の歌声を考えるとき、柔らかい、ささやくようだ、という印象だけでは説明しきれない部分があります。
本人は、地声に近い歌声には息の成分が多く、初めは歌いづらかったと振り返っています。
また、作曲家の林哲司は、ソウルポップの曲にその声が入ることで、独特の個性が生まれたと語っています。
声を選んだときの感覚と、実際に曲へ重なった声の働きから、菊池桃子の歌い方を見ていきます。
息を含む声は、本人が初めから歌いやすかった声ではない
本人は、2023年のインタビューで、高い声のほうが音の出だしを強く出せると思っていたものの、録音には地声に近い声を選ぶことになったと振り返っています。
初めは息の成分が入りすぎて、歌いづらいと感じていたそうです。
この話では、強い出だしを作りやすいと本人が感じる声と、作品に使うことになった声が分かれています。
菊池桃子らしい柔らかさは、本人が音の出だしを強く出せると感じた声を、そのまま採用した結果ではなかったのです。
歌う側が感じる扱いやすさと、聴き手に届く声の個性には、違いがあることを示すエピソードです。

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曲に溶け込む、一つの楽器としての声
声と伴奏の関係については、菊池自身の考えも参考になります。
2021年の文化放送の取材で、幼い頃にピアノを始め、クラシックから音楽に親しんだことを話しています。
オーケストラでさまざまな楽器が音を重ねるように、ポップスでも、自分の声を曲に溶け込む一つの楽器として重ねていたそうです。
歌声だけを前に押し出すかどうかではなく、ほかの音と重なったときに、どんな色になるか。
この本人の感覚を知ると、息を含む声を、強い声に届かないものとだけ捉える必要がなくなります。
伴奏が作るリズムや響きの中で、その声だからできる役割を考えられるのです。
『Blind Curve』で、声の柔らかさが曲の色を変える
1984年のアルバム『OCEAN SIDE』に収められた『Blind Curve』は、その声が曲の個性になる例です。
作曲した林哲司は、ソウルポップ寄りのこの曲に菊池の声が入ると、サウンドが中和されて独特の個性が出ると話しています。
本人も同じ対談で、当時は難しいと感じ、正しく歌えるところへ到達するために何度も歌ったと振り返っています。
林は別のインタビューでも、本人が歌える音域の中で洋楽志向のサウンドを作ったと説明しています。
ソウルの色合いが濃い曲にも、菊池の歌声が加わると爽やかさが出る、というのが作り手の発見でした。
伴奏の雰囲気に合わせて声まで強く押し出すことを、曲の魅力の条件にしていなかったのです。
『Blind Curve』を聴くときは、声の大きさだけでなく、歌が入ったところで伴奏の印象がどう変わるかに注目すると、林の話と結びつきます。
曲のリズムや音の密度を感じながら、そこへ重なる声の質感を確かめる。
柔らかな声を伴奏の中でどう生かすかという、菊池桃子の歌ならではの面白さがあります。
菊池桃子の声の柔らかさが、曲を優しいバラードに限定したわけではありません。
ソウルポップの曲との組み合わせでも、声そのものが曲の色を変える役割を果たしたと、林は捉えています。
『Good Friend』のリミックスから見えた、音符の位置を守る歌い方
声の質感に加えて、本人が語っているのが音符の刻み方です。
2023年のSpotifyの取材では、譜面に言葉の割り振りを書き込み、音程に加えて音符の長さも正しく歌おうとしていたと話しています。
声を出す位置だけでなく、どこまで伸ばすかも、歌を覚える段階から意識していました。
聴き手にはふわりと聞こえる声でも、本人の準備は細かいものでした。
同じ取材で『Adventure』の録音を振り返ったときには、翌日に持ち越すことも含め、何度も歌い直したと話しています。
自然に聞こえる歌も、曲に合う歌声を探す繰り返しの先で選ばれていたのです。
『Good Friend』をNight Tempoが再編集したリミックスについて、菊池は、譜面どおりに音符を刻む自分の歌い方に、別の意味を見いだしています。
原曲は1986年のアルバム『ADVENTURE』に収録され、リミックスは2021年に発表されました。

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本人は、音符を譜面より引っ張ったり先走ったりせず、歌い方をアレンジできないことを自分の弱みだと説明しています。
一方で、Night Tempoが日本語を思いがけない位置で切って繰り返す再編集を聴き、正確に刻まれた歌は素材として使いやすいのかもしれない、と考えたそうです。
自分が変えずに歌った音符を、別の作り手が動かして、新しいリズムを作ったという関係です。
素材として使いやすいのかもしれない、というのは本人の推測です。
ただ、弱みだと思っていた歌い方に、再編集された作品を通して可能性を感じたことは伝わってきます。
原曲の音符の運びと、リミックスで生まれた繰り返しを比べると、本人の歌唱と編集の関係も捉えやすくなります。
『Again』で大切にした、言葉が届く出だしとタイミング
音符の位置を守る姿勢は、新しい曲で言葉を届ける工夫にもつながっています。
林と再び組んだアルバム『Shadow』の『Again』について、菊池は、歌い始めのアタックや、曲名でもある言葉がはっきり聞こえるタイミングを大切にしたと説明しました。
強いメッセージを伝えたいと考えながらも、聴き手を刺すように歌うのではなく、言葉を置き、受け取ってもらうイメージだったそうです。
この曲では、声を大きくすること以外にも、言葉を印象に残す方法があると分かります。
どの瞬間に声を出し、その出だしをどう聞かせるか。
息を含む柔らかな質感を持つ歌手が、歌の輪郭まで曖昧にしたいわけではないことを示す具体例です。
一方、同じ作品の『奇跡のうた』では、再び歌えることや、今の幸せを一緒にかみしめたいと考えて歌ったと話しています。
前へ進む言葉を置く曲と、今ある時間を共に味わう曲。
本人が何を届けたいかを知ることで、音符の正確さの中にも、曲に応じた気持ちの向け方を探せます。
菊池桃子の柔らかな歌声を、曖昧な歌い方とひとまとめにすることはできません。
息を含む声の個性を使いながら、本人は音符の位置を正しく刻むことを意識してきました。
声の質感と、譜面に対する正確さ。
その両方が、作曲家や再編集する人との組み合わせの中で生かされています。
声を受け止める気持ちや、長年の曲に重なった表現の変化は、菊池桃子の歌唱変遷でたどっています。







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