以前は一小節ずつ録っていた歌が、ライブのような感覚ですんなり歌える。
2011年に初期の曲を録り直した鈴木亜美は、その違いを自分で実感しました。
録音中に思い浮かんだのは、それまでのライブやファンの顔だったといいます。
デビュー期から再録までの間には、他の音楽家の歌い方を受け取り、加工された自分の声に戸惑い、その仕上がりに希望を伝えるようになる経験もありました。
同じ曲を再び歌うまでに、彼女はどのように歌との関係を変えてきたのでしょうか。
「BE TOGETHER」MV(1999年発表曲)
デビュー期――自分の声で、与えられた曲を歌う
1998年の「love the island」でデビューした頃、鈴木は歌詞を覚えるだけでも精いっぱいだったと振り返っています。
歌の内容を十分に理解する余裕まではなく、取材で曲の感想を聞かれても、高いキーのことを答えていたそうです。
デビューした年だけでも、半年の間に4枚のシングルが発売されています。
聴き手には次々と届く新曲も、本人にとっては、まず言葉を覚え、声にするところから始まる仕事でした。
小室哲哉が書いた歌詞には、当時の自分には大人びて感じる失恋もありました。
鈴木は、無理に大人らしく振る舞うより、自分にしかない声で自分らしく歌おうとしていたと説明しています。
内容をまだ十分には理解できない歌でも、自分の声を通して形にする。
その時期の歌唱には、年齢と歌詞の世界との距離も関わっていました。
翌1999年の「BE TOGETHER」には、制作途中でキーも速度も変わったというエピソードがあります。
当初はバンドを思わせる編曲でしたが、小室哲哉の判断で、発売された打ち込み中心の形へ移っていきました。
鈴木の声をどんな音楽に置くか、制作側も考えながら曲を作っていたのです。
完成した編曲だけを前提にすると見えない、制作途中の試行錯誤がありました。
「love the island」MV(1998年発表曲)
2007~2008年――他の人の歌い方と、加工された自分の声に触れる
2007年の『CONNETTA』、続く2008年の『DOLCE』へと展開したのが、異なる音楽家にプロデュースしてもらう「join」の企画です。
その出発点には、自分が本当に楽しいと思える音楽は何か、という迷いがありました。
鈴木は、自分のこだわりを一度置き、相手の音楽の中へ入ることでヒントをもらいたかったと話しています。
そこで経験した歌入れには、相手によって違いがありました。
『DOLCE』の取材では、かなり完成した状態のデモが届くと、作り手自身の歌を少し真似しながら、曲のイメージをつかめたと語っています。
自分から歌の方向を決める前に、その人が作った世界を受け取る方法でした。
ところが、中田ヤスタカとの制作では、スタジオに入るまで詞が決まらず、変更する可能性があるので完璧には覚えないでほしいと言われたこともあったそうです。
録音中には、声を電気的に変えるエフェクトもかかっていました。
「FREE FREE」「SUPER MUSIC MAKER」へつながる共同制作では、自分の声がはっきり聞こえず、歌いづらかったといいます。
声の聞こえ方まで変わる環境は、それまでに慣れた歌入れとは違いました。
それでも本人は、遊び心のある新しい方法として面白がっています。
事前に完成形を覚えて臨む歌だけでなく、その場で変わっていく音に参加する歌を経験した時期でした。
「FREE FREE」MV(2007年発表曲)

画像出典:写真掲載元
『Supreme Show』――加工の量にも、自分の意思を入れる
2008年の『Supreme Show』は、中田が全曲のサウンドを手掛けたアルバムです。
同年7月の「ONE」の取材では、曲をスタジオで聴き、一、二回ほど歌って録り、その後のミックスに時間をかける方法が語られています。
初めは戸惑った制作も、その頃には本人にとって馴染みのある進め方になっていました。
歌う時間が短くても、録音後の音に対する関心は強く持っていました。
完成した音を聴きたいから、声と伴奏を組み合わせて仕上げる作業にも同席していたそうです。
自分が出した声が、曲の中でどう聞こえるようになるのかを、最後まで見届けていたのでした。
11月の『Supreme Show』の取材では、さらに踏み込んだやり取りが明かされています。
歌の感情を優先したい曲では、エフェクトを控えたり、かけたものを戻したりするよう希望していました。
一度、中田の提案を受け入れた上で、さらに自分の望む形を伝えることもあったそうです。
相手の音楽に入ってみることから始まった共同制作が、仕上がりを互いに相談する関係になっている。
加工された声を楽しみながら、感情を残したい箇所では加工を減らすという判断もできるようになりました。
同じエフェクトをどの曲にも求めるのではなく、その歌で何を届けたいかを考えていたのです。
「ONE」公式音源(2008年発表曲)
2011年の再録――細かく録る歌から、ライブのように歌える曲へ
2011年の『Ami Selection』では、「BE TOGETHER」など小室プロデュース期の8曲が新しいバージョンで収録されました。
本人も歌を録り直しています。
このアルバムにつながったのは、同年2月9日、29歳の誕生日に行ったライブでした。
それまで発売してきたシングルを一挙に歌う公演は、本人にも、やり切れるのかという不安があったそうです。
実際に初期の曲を歌うと、客席の表情が昔に戻っていくように感じ、曲が人を当時へ連れ戻す力を実感しました。
その反応を受け、ベスト盤として形にしたいという気持ちが生まれています。
再録には、久保こーじと、当時と同じコーラスの歌い手も参加しました。
初期の制作は忙しく、時間のない中で録音やミックスを進めたため、関係者にも心残りがあったと鈴木は話しています。
今回は時間をかけて取り組めることにも、意味がありました。
歌を入れ直した本人が気付いたのは、以前のように一小節ずつ区切らなくても、ライブのように歌えるという違いです。
再編曲された伴奏に歌を重ねながら、これまでのライブやファンの顔が思い浮かんだといいます。
同じ旋律の中に、初めて録音した時にはなかった記憶が増えていました。
デビュー期は、歌詞を間違えずに歌うだけでも精いっぱいだった曲。
年月を経た再録では、その曲を聴く人まで思い出しながら歌えた。
本人が語るすんなり歌えたという実感には、細かく声を録る工程の違いと、曲に結びついた経験の両方があります。
「BE TOGETHER」ライブ(2011年、29歳の記念公演)
2023年――新しい制作を任せ、昔の曲も客席と歌う
25周年の2023年には、TeddyLoidが手掛けた「I just feel good」を発表します。
鈴木は、世代を超えて好まれる彼の音楽を評価し、自分から制作を依頼したと話しています。
提示された曲は一つで、相手が納得できる作品に委ねたいという気持ちで臨んだそうです。
録音は、独立したブースではなく、作業場に置かれたマイクで行われました。
歌を録りながら、その場で音も仕上がっていく。
全体を見渡しながら曲が出来上がる環境を、本人は心地よく感じ、中田との制作にも通じるものを覚えていました。
自分の希望を伝えられるようになったからといって、いつも細かく注文するわけではありません。
相手の力を引き出すため、信頼して任せることも選ぶ。
かつては自分に合う音楽を探すために始めた「join」の姿勢が、新しい作り手との関係にも続いていました。
「I just feel good (Prod.TeddyLoid)」MV(2023年)。
同年の25周年ライブでも、「BE TOGETHER」は客席と一緒に盛り上がれる曲として歌われています。
観客が声を出せる公演になったことを踏まえ、昔の曲とダンスミュージックを組み合わせ、勢いを途切れさせない構成を考えたそうです。
初期曲は過去を振り返るためだけでなく、その日の熱気を作る歌になっていました。
単独公演に間が空いていた時期にも、フェスやイベントで歌う仕事は続けていました。
年間を通じてステージに立つ中で、自然と鍛えられている感覚があるというのが、2023年に語った本人の実感です。
再録で思い出した客席との関係を、今度は新しい公演の中で重ねていました。

画像出典:写真掲載元
一小節ずつ録っていた初期の歌が、長く歌った後には、客席の顔を思い浮かべながら歌える曲になった。
その間には、自分の声を違う音楽に置いてみる試みもありました。
鈴木亜美の変遷には、歌える曲が増えたことに加えて、誰と作り、どんな声に仕上げ、誰に向けて歌うかを選んできた過程が表れています。
声の聞こえ方や録音中の歌い方を詳しく見るなら、鈴木亜美の歌い方もあわせて読んでみてください。







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