神田沙也加の歌声はどう変わった?SAYAKAからアナ・TRUSTRICK・MUSICALOIDまで

神田沙也加の歌声の変化をたどる記事のアイキャッチ シンガー

神田沙也加さんの歌唱変遷には、一本の成功物語だけでは収まらない面白さがあります。
15歳のSAYAKAは、自分で書いた言葉を自分の名前で歌いました。

その後、舞台では役の感情から声を伸ばす方法を知り、アナ役では台詞と歌を一人の人物としてつなぎます。
同じ2014年に始めたTRUSTRICKでは、自分一人で歌う怖さを共同制作へ変えました。

やがて声優としてキャラクターの姿から声色を選び、MUSICALOIDでは自分自身を架空の歌声のように扱う発想へ進みます。

変わったのは、単純な音域や声量ではありません。
「自分を歌う声」から始まり、「役として歌う声」「誰かと作る声」「別の存在へ変身する声」まで、声を置ける場所が増えていったのです。

2002年、SAYAKAは「自分の声しかなくても歌える」と始まった

2002年5月、15歳のSAYAKAは『ever since』で歌手デビューしました。
本人が歌詞を書き、声はか弱くても大切で強い楽器だという思いを作品に託しています。

最初の立ち位置は、役を演じる歌ではありませんでした。
自分の心を、自分の言葉と生まれ持った声で届けることが出発点です。

翌年の『garden』では作詞だけでなく作曲も手掛け、2005年のアルバム『Doll』では全曲の作詞を担当しました。
若い歌手として与えられた曲を歌うだけでなく、「何を自分の言葉として残すか」を強く意識していた時期です。

一方で、自分自身を大勢へ語ることには難しさもありました。
後に本人は、自分の声へのコンプレックスと、匿名の人々へ自分を説明するように歌うことへの戸惑いを語っています。

初期の声は、表現の原点であると同時に、後で別の歌い方を探す理由にもなりました。

2004年、舞台で歌と芝居が初めて一つになった

17歳で出演した『INTO THE WOODS』は、声の使い方を根本から変えました。
それまで歌と芝居を別々に考えていましたが、役の表情で動くと、譜面上では苦手だった声が伸びたのです。

ここから本格的な声楽のレッスンが始まります。
もともとの高音を磨いただけではなく、役として動く経験を、繰り返せる技術へ変えていきました。

2009年と2011年の『レ・ミゼラブル』、2009年からの『ピーターパン』、2012年と2014年の『ひめゆり』など、異なる人物を歌う舞台が続きます。

作品の規模や役の大きさで出演を選ばず、経験の幅を強みにする考えも、この時期の歌を広げました。
可憐なコゼットと、過酷な状況で生きようとするキミでは、同じ美しい高音だけを守っても人物は成立しません。

山崎育三郎さんの歌唱変遷にも、舞台経験を通してポップスの声まで広がる流れがあります。
神田さんの場合は、舞台で見つけた「役が声を動かす」という発見が、その後のすべての領域へ持ち込まれました。

2014年、アナとTRUSTRICKが正反対の扉を開いた

2014年は、神田さんの歌声が二つの方向へ大きく広がった年です。
『アナと雪の女王』では、日本中が知る人物の声になりました。

アナは、興奮すると早口になり、声の熱も高さも上がる人物です。
神田さんは無理にアニメらしい声を作らず、自分に近い性質を生かしながら、台詞から歌へ別人にならない流れを守りました。

『生まれてはじめて』では、歌手の見せ場より先に、閉ざされていた城の扉が開く喜びがあります。
歌唱の正確さが、人物の勢いを止めずに支える形です。

同じ年、音楽ユニットTRUSTRICKも始動しました。
こちらでは既成の役を預かるのではなく、自分で長く温めた構想を企画書にし、Billyさんと歌う場所そのものを作ります。

TRUSTRICKを始めて共同制作する声へ踏み出した神田沙也加

アナは、役を通すことで大胆に歌える場所でした。
TRUSTRICKは、信頼できる相手と作ることで、一人で自分を語る怖さから離れられる場所です。

同じ声が、片方では人物へ入り、もう片方では共同制作者の隣へ移りました。
2014年の大きさは、人気作が重なったことだけではなく、歌う主体を二通りに増やしたことにあります。

2015年以後、TRUSTRICKで声は軽さと密度を覚えた

TRUSTRICKの楽曲では、舞台のように一語ずつ大きく伝えるだけでは収まりません。
言葉の多い歌詞、速く動く旋律、バンドの音の中で、声をどこまで前へ出すかを細かく選びます。

本人は、感情的な歌詞をあえて落ち着いて歌い、情報量が多い時には発音をやわらげる方法を使いました。
舞台で磨いた明瞭さを捨てたのではなく、作品によって明瞭さの量を変えたのです。

伴奏側も、神田さんのボーカルに合わせて楽器や音の置き方を変えました。
声を強くしてバンドを越えるのではなく、声が自然に動ける空間を二人で設計しています。

初期SAYAKAでは、自分の声をそのまま届けようとしました。
TRUSTRICKでは、声を一つの素材として引いたり、軽くしたり、演奏へ溶かしたりできるようになります。

2017年、ユナ役で「姿から歌声を選ぶ」領域へ進んだ

『劇場版 ソードアート・オンライン オーディナル・スケール』のユナ役では、アフレコより先に劇中歌を録音しました。
歌いながら人物を作り、その人物を持って台詞へ戻るという、アナ役とは違う順番です。

キャラクターの見た目から、似合う声質や年齢感を考えます。
アイドルらしい曲では、普段あまり使わない語尾のしゃくりも選びました。

ここでの変化は、かわいい声が増えたというだけではありません。
自分の顔や年齢から離れ、描かれた人物の姿を手掛かりに歌声を設計できるようになったことです。

舞台では、劇場の最後列に録音機を置き、客席へどう届くかを確認していました。
声優の仕事では、目の前に観客がいない代わりに、絵とマイクの距離から人物の存在感を作ります。

声を届ける場所が劇場から画面へ変わっても、自分に聞こえる声ではなく、受け手に届く声を基準にする姿勢は残りました。

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2018年以後、MUSICALOIDで自分自身をキャラクター化した

MUSICALOIDの発想は、「もし神田沙也加がボカロキャラになったら」というものでした。
ユナでは既存のキャラクターに声を与えましたが、ここでは本人の声を架空の歌声のように再構成します。

MUSICALOIDで自分の声を別の存在へ変えた神田沙也加

2018年の第1作、2019年の『Act.2』、2021年の『Act.3』へとシリーズは続きました。
速い言葉、高低差の大きい旋律、人間の息遣いとは違う動きを持つボカロ曲へ、舞台と声優で培った声を渡します。

『ラストリゾート』の公開時にも、この企画の軸は変わっていません。
本人らしさを消すのではなく、本人の声が別のキャラクターになったらどう動くかを楽しむ試みです。

坂本真綾さんの歌唱変遷では、作家ごとの色を通す余白が歌手像を広げました。
神田さんは、舞台の役、アニメの役、ボカロという非人間的な歌い手まで、自分の声が入れる器を増やしています。

2021年、舞台とキャラクターの歌が同時に残った

2021年にはMUSICALOID第3作が発売され、『IDOLY PRIDE』では長瀬麻奈の声と歌を担当しました。
舞台では『マイ・フェア・レディ』など、長く積み重ねてきたミュージカルの仕事も続いています。

最初は、自分の名前で、自分の言葉を歌うSAYAKAでした。
最後の時期には、舞台人物、アニメのアイドル、ボカロ的な存在を行き来しながら、それぞれに違う声を渡しています。

ただし、別の声色を集めただけではありません。
人物を理解し、技術で正確さを作り、受け手へどう届くかを確認する順番は一貫していました。

神田沙也加さんの歌い方・発声で扱った「演じるほど声が伸びる」という発見が、活動の広がりを支え続けたのです。

まとめ

神田沙也加さんの歌声は、2002年に自分の言葉を届けるSAYAKAとして始まりました。
2004年の初ミュージカルで、芝居と歌がつながると声が伸びる経験をし、舞台で役ごとの声を積み重ねます。

2014年には、アナとして台詞と歌を一人の人物へつなぎ、TRUSTRICKでは共同制作の中へ声を置きました。
2017年のユナ役では姿から声質を選び、2018年以後のMUSICALOIDでは自分自身をキャラクターのように歌わせます。

変化の中心は、年齢とともに高音が太くなったことではありません。
自分の声を守ることから、その声を役、共演者、物語、架空の存在へ渡せるようになったことです。

どの場所でも残ったのは、感情だけで押し切らず、正確な技術を作ってから自由に演じる姿勢でした。
その積み重ねがあるから、神田さんの歌は活動領域が変わっても、人物のいない器用さにはならなかったのです。

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