島倉千代子の歌い方|細かな声の揺れが、「愛のさざなみ」を彩る

白い衣装で髪に手を添える島倉千代子(コロムビア掲載、撮影年不明) シンガー
白い衣装で髪に手を添える島倉千代子(コロムビア掲載、撮影年不明)

島倉千代子の歌には、声が細かく揺れる独特の表情がある。
「愛のさざなみ」は、その声とポップスのリズムが出会った一曲だ。
声の細さ、音の揺れ、フレーズの飾り方を分けて考えると、この歌の魅力が見えてくる。

「愛のさざなみ」|『島倉千代子ゴールデンベスト』(2002年発売)収録の音源

細い声が、重い歌を軽やかにする

演歌の歌声というと、太く張った声で、感情を強く押し出す姿を思い浮かべる人もいるだろう。
島倉の声を考えるときは、別の見方が役に立つ。

音楽について書く戸嶋久は、島倉の細い声と、重々しくせず軽やかに歌うところに注目している。
歌詞に暗さやつらさがあっても、聴く側が深刻な悲壮感に包まれず、親しみやすい歌になるという見方だ。

声を太くして感情の重さを強調する歌手もいれば、細い声でその重さをほどくように歌う人もいる。
戸嶋の文章は、島倉の歌を後者の側から捉える手がかりになる。

「縮緬ビブラート」という、細かな揺れ

島倉の声の揺れは、縮緬ビブラートとも呼ばれてきた。
縮緬とは、表面に細かな凹凸のある絹織物のことだ。
発声と音声表現のQ&Aでも、島倉の声のふるえを、この呼び方の例として挙げている。

この名前は、声を大きく揺らして目立たせるという印象とは、少し違うものを思い描かせる。
一つの音を伸ばしている間にも、小さな揺れが表情をつくる。
声の細さに注目するだけでは捉えきれない、島倉の歌の特徴である。

音楽ライターの長澤潔は、「愛のさざなみ」を、この独特の節回しと、寄せては返すようなシャッフルのリズムが絡む作品として紹介している。
シャッフルとは、音の長さに長短の弾みをつけるリズムのことだ。
声の揺れと伴奏のリズムが合わさることで、一曲の雰囲気が生まれるという見方ができる。

小田和正が勧めた、短調の曲を明るく歌うこと

重い内容を、そのまま重い声にする必要はない。
この考え方は、島倉と仕事をした小田和正の言葉からも確かめられる。
小田が手がけた「あの頃にとどけ」は、1995年に発売された曲だ。
島倉自身は、譜面と曲を受け取ったとき、歌いこなせるか迷ったものの、その魅力にひかれて挑んだと話している。

小田の公式サイトに収められた同年のインタビューには、その後の別の録音についても、島倉が歌い方を相談に来たという話がある。
小田は曲を聴き、ピアノを弾きながら歌い方の方向を伝えた。
その助言の一つが、短調の曲をもっと明るく歌うというものだった。
暗さを重ねるより、明るく歌うことで切なさが伝わる場合がある、という考え方である。

ここでいう明るさは、悲しい歌詞を楽しそうに読むという意味とは違う。
声で悲しみを説明しすぎず、旋律や言葉が持つ切なさを残すこととして理解できる。
冒頭で触れた戸嶋の評も、この声の表情と歌の内容の関係に目を向けたものだ。

小田は、島倉ほど歌える人にとっては楽曲の選び方も大切だと述べている。
独特の揺れをどの曲にも同じように当てはめるだけでは、その歌に合う表情は決まらない。
声を明るく置くか、情感を濃くするかを、曲に応じて考えていた歌手として捉えたい。

『ドーナツ盤メモリー』の本人写真入りジャケット(2006年発売)
『ドーナツ盤メモリー』の本人写真入りジャケット(2006年発売)。
画像出典:写真掲載元

ゆるやかな旋律にも、細かく飾る場所がある

「愛のさざなみ」は、ゆるやかな旋律を歌うだけの曲ではない。
音楽家の青沼詩郎は、シングル版の歌唱について、高い音の繊細さと低い音の豊かさに加え、一コーラスを結ぶ約四小節の歌い回しに注目している。

青沼が挙げるのは、短い旋律を音域を下げながら繰り返し、その中を細かな音程の上下やリズムの分け方で飾る動きだ。
さらに「さざなみのように」の部分では、旋律が一オクターブ上へ跳ぶと指摘している。
なだらかに進んできた歌の終わりに、高低の大きな動きも待っているのである。

青沼は、歌い出しが小節の頭より八分音符一つ分早く始まることにも触れている。
伴奏の拍を待って声を置くのではなく、少し先に言葉が入る形だ。
結びの装飾だけでなく、フレーズの入口にも注目すると、歌と伴奏がどうかみ合うかを考えやすい。

音を伸ばす間の細かな揺れ、短い旋律を飾る動き、結びで大きく上がる音。
それぞれを区別すると、島倉がフレーズを結ぶ際の表情を、漠然とした「声のふるえ」だけでまとめずに捉えられる。

恋する気持ちを、歌の内側に持っておく

声の揺れや音程の動きを説明しても、それだけで島倉の歌の表情を言い尽くせるわけではない。
歌う本人が、どのような気持ちで言葉を声にしていたかも手がかりになる。
音楽評論家・轟夕起夫が再録した1996年のインタビューで、島倉は、誰かを素敵だと思う心があると、心が豊かになり、よい歌を歌えると語っている。

これは、歌手自身の恋愛事情を、そのまま歌詞に当てはめて読むための話ではない。
短い歌の中にいる人物の思いを、自分にとって遠いものにしないという姿勢として受け止められる。
細い声にも、憧れやためらいを込める余地はある。
感情の大きさを声量だけに置き換えず、言葉の向こうにいる相手を思うことも、歌を支えていたのである。

「からたちの小径」で、作曲者が驚いた音程

2013年の「からたちの小径」については、作曲した南こうせつが、歌ネットのインタビューで録音の事情を振り返っている。
予定の日を待てないという島倉の希望で、自宅に機材を運んで録音した作品である。
南は現場には入らず、録音後に島倉から電話を受け、三回歌ったことを聞いたという。

南が強く印象に残しているのは、その歌の音程の確かさだった。
同じインタビューでは、聞き手も、笑顔を思わせる明るい声で歌が残されたことに触れている。
厳しい体調で録音されたという背景に目が向く曲だが、作曲者と聞き手は、出来上がった歌声の中に別々の長所を捉えていた。

この話は、細かく揺れる声を、音程が不確かな声と同じ意味に受け取らないためにも役立つ。
狙う音に旋律を運ぶことと、伸ばした声に揺れがあることは、分けて考えたい。
島倉の特徴を知るには、揺れの有無に加え、言葉をどの音へ運び、どんな表情で結ぶかにも耳を向ける必要がある。

島倉の歌い方は、声の太さだけを物差しにすると見落としやすい。
「愛のさざなみ」では、細かな揺れと、フレーズを結ぶときの音の動きに目を向けると、声が曲を彩る仕組みを捉えやすくなる。

曲を聴き比べるときも、まずは注目する点を絞るとよい。
「愛のさざなみ」では拍への入り方と結びの装飾、「あの頃にとどけ」では従来の代表曲とは違う旋律への向き合い方、「からたちの小径」では言葉を運ぶ音程と声の明るさ。
同じ島倉の声が、それぞれの曲で何を担っているかを考える入口になる。

歌の中の女性をどう表すかという変化は、島倉千代子の歌唱変遷で、本人が「火の酒」について語った言葉からたどっている。

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