スティング(元The Police)の歌い方|歌を自由にする、ベースとの距離の取り方

スティングは、なぜベースを弾きながら、あんなに自由に歌えるのでしょう。
ポリスの「Walking on the Moon」では、歌だけでなく、短い音のまとまりを繰り返すベースも曲の主役になっています。
歌の旋律とベースの動きは、いつも同じではありません。それでも、一人で両方を担当しています。

本人の説明をたどると、これは単に二つのことを同時にこなす技ではないと分かります。
大事なのは、ベースの都合で歌を窮屈にしないこと。歌に必要な間を残したうえで、低い音にも別の動きをさせるのです。
スティングの歌い方を、声とベースがどのように関わっているかという点から見ていきましょう。

歌もベースも、鳴らし続けなくていい

ポリスは、ギター、ベース、ドラムを中心とする三人組でした。
人数の少ないバンドでは、音のない隙間を埋めたくなりそうです。ところがスティングは、ベースを鳴らし続けることを選びませんでした。

2017年のインタビューでは、自分のベースに間が多いのは、歌もそのように歌っているからだと説明しています。
ベース奏者として役割を果たしながら、自分の歌の邪魔をしないようにしてきたというのです。

ここでいう間は、演奏を休んでいるだけの時間ではありません。
声が言葉を言い終える時間、次の言葉を歌い始めるまでの時間も、曲のリズムを作ります。そこへベースの音を絶え間なく重ねる必要はない、という考え方です。

「Walking on the Moon」の再録を手がけたプロデューサー、マーティン・キーゼンバウムも、この曲のベースにある休符と、拍の強調をずらすリズムを大切にしていました。
それらが、重力を感じさせないような曲の感覚を生むからです。
歌を支えるのは低音の大きさだけではなく、低音が途切れる場所でもある。スティングの歌を考えるとき、この発想は欠かせません。

手の動きに、歌のリズムを合わせすぎない

1979年、ポリスのアトランタ公演でのスティング
1979年、ポリスのアトランタ公演でのスティング。写真:Acroterion / CC BY-SA 4.0

歌と楽器を同時に始めると、手を動かすタイミングへ、言葉のタイミングまで引っ張られがちです。
スティングが楽しんでいるのは、そこを別々に動かす工夫でした。

本人は、歌とは異なる動きをするベースの上で歌うことを、解くのが楽しいパズルのように説明しています。
最初から自然にできたわけではなく、動きを分けて確かめ、ゆっくり合わせ、少しずつ速くする。その積み重ねで身につけた技術だと話しています。

ただし、複雑なベースを弾けることが最優先ではありません。
1991年のインタビューでは、曲を書くときにはベースのことをあまり考えず、曲ができてから、同時に歌えるようにベースを考えると説明していました。
先に歌があり、それを歌える演奏を作る。ベースの難しさを競うために、歌いたい旋律をあきらめるような作り方ではなかったのです。

ポール・マッカートニーから学んだのも、歌とベースがそれぞれ別の旋律として動く面白さでした。
口と手をいつも同じタイミングで動かすのではなく、違う動きを組み合わせる。だから、歌はベースの音符一つひとつに付き合わず、自分の言葉の流れを保てるのです。

今度は、声とベースを同じ旋律で走らせる

別々に動かせるからこそ、あえて同じ動きにする楽しさもあります。
2021年の『The Bridge』の追加曲「Captain Bateman’s Basement」では、スティングは歌詞のない声とベースで、同じ旋律をたどっています。

この曲は、もともと別の歌「Captain Bateman」の録音から生まれました。
ドラマーのマヌ・カチェが叩いた演奏を気に入ったスティングが、ある晩、その伴奏に合わせて声とベースで旋律を即興したのです。
本人への取材によると、録音は一回で、部分的な録り直しもしていません。

いつもの「歌をベースで支える」という関係から、二つで一つの旋律を演奏する関係へ変わっています。
言葉を伝える役割を離れた声が、楽器のように動く。この一曲は、ベースを弾く歌手というスティングの特徴を、別の角度から楽しめる例です。

別々に動かすのが上手だから、常に別々にしなければならないわけではありません。
声とベースを離すことも、重ねることもできる。その選択肢の多さが、彼の歌の自由さにつながっています。

オーケストラと歌うと、「Roxanne」の気持ちまで変わった

では、ベースを持たないときのスティングはどうでしょう。
2010年のオーケストラとのツアーについて聞かれたとき、本人は、ベースを弾かず歌だけを担当するのは休暇のようだったと振り返っています。
弾きながら歌うことは自分らしい表現でもあるけれど、やはり簡単な作業ではなかったのです。

伴奏が変わると、長年歌ってきた歌詞の受け止め方も変わりました。
その例に挙げたのが、ポリス時代の「Roxanne」です。
夜の街で働く女性に、その仕事をやめてほしいと訴える歌で、歌い方によっては、相手への思いと同時に、相手の生き方を責める気持ちも強くなります。

スティングは、オーケストラと歌うことで、怒りや非難が薄れ、女性へ穏やかに思いを寄せる歌として感じられたと話しています。
同じ言葉でも、何を強く伝えたいかが変わったのでした。
これは、伴奏を豪華にしたというだけの話ではありません。周りの音楽によって、歌い手が言葉に込める気持ちも変わるという話です。

ベースの音数を抑えるときも、ベースを持たずに歌うときも、歌をどう届けたいかが演奏との関係を決めています。
声の高さや響き自体が変わってきた過程は、スティングの歌声の変遷で、初期のポリスから後年の再録までたどっています。

スティングは、歌と伴奏の関係を自分で選ぶ

2017年、サンパウロ公演でベースを弾くスティング
2017年、サンパウロ公演でベースを弾くスティング。写真:Cecioka / CC BY-SA 4.0

スティングの歌い方の面白さは、ベースを弾きながら高い声を出せることだけではありません。
歌の間を邪魔しないように低音を置き、歌とベースを違うリズムで動かし、ときには同じ旋律を重ねる。さらに楽器を置けば、歌の感情へ集中することもできます。

どの方法にも共通するのは、歌を手の動きに合わせるだけで終わらせないことです。
歌いたい旋律や言葉があり、そのために伴奏との距離を調整する。
「Walking on the Moon」を聴くときには、高い声と低いベースの両方を追ってみると、一人で二つの役を引き受けるスティングの面白さが、もう少しはっきりしてきます。

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