モートン・ハルケットの歌は、高いところへ上がっても、声が歌の中心に残ります。
「Take On Me」のサビを思い浮かべると、音の高さとともに、そのはっきりした存在感を覚えている人も多いでしょう。
その歌を一緒に作った人たちは、モートンの高音を、力強いファルセットや、聖歌隊の少年のような澄んだ響きとして説明しています。
高い音を出せることに加えて、どんな響きで、曲のどこへ向かって歌うか。
そこに目を向けると、あのサビの魅力がもう少し具体的になります。
「Take On Me」公式MV・4Kリマスター版(1985年版)。
力強いファルセットと、澄んだ響き
「Take On Me」の録音を担当したジェリー・キッチンガムは、後年の取材で、モートンのファルセット(裏声)の強さと、少年の聖歌隊を思わせる明瞭さを語っています。
同じ歌声に、強さと澄んだ響きがあったという評価です。
作曲者のポール・ワークター=サヴォイも、そのファルセットをトランペットになぞらえていました。
ささやくような弱い声とは違い、しっかり鳴るところに特徴を感じていたのです。
裏声という言葉から、細くて息の多い音だけを想像すると、モートンの声を捉えにくくなります。
ここで制作に関わった二人が共通して挙げているのは、高いところでも声の存在感があることです。
曲のいちばん目立つところを、その響きが担っています。
サビは低いところから始め、高音へ向かう
ポールが説明した「Take On Me」の考え方も、歌い方をつかむ手がかりになります。
彼は、サビに入った瞬間に目玉の高音を出す形を好まず、低いところから始めて、ファルセットへ上がる構成を考えました。
モートンの声の幅があったからこそ、その曲線を書くことができたのです。
高い音だけを切り取ると、届くかどうかに注意が集まります。
けれど、このサビには、そこへ行き着くまでの道があります。
低い音から始まることで、上がった先の響きに大きな意味が生まれます。
さらにポールは、最後のサビにあるチェストボイスの歌い方にも注目していました。
終盤で声の質感を変えることを、大切な見せ場として受け取っています。
音の高さと声の選び方、その両方が曲の盛り上がりに関わっているのです。
幅のある声から、曲に合う歌い方を選ぶ
プロデューサーのアラン・ターニーは、同じ曲の制作を振り返り、モートンはさまざまに歌えるため、どの歌唱を採用するか決める必要があったと話しています。
音域の広さとともに、表情を変えられることも評価していました。
歌える音が多いことと、その曲に合う声を選ぶことは、それぞれ大切です。
すべての場所を強い高音で歌えば、一番高い音の驚きはあっても、そこまでの流れは変わってしまいます。
「Take On Me」のように低いところから上がる曲では、手前の声もあってこそ、上の響きが生きます。
モートンの歌を聴くときには、最高音の一瞬に加え、その前のフレーズも続けて追ってみるとよいでしょう。
声をどう運んでいるかという視点から、歌の全体像が見えやすくなります。
豊かな声を、人へ伝わる形にする
歌の受け取り手への意識は、ソロ作品『Wild Seed』を発表した1995年の取材にも表れています。
モートンは、自分だけが満足する表現には関心がなく、人と通じ合い、その感覚を動かせる簡潔な形を求めていると話しました。
豊かな声を持つ歌い手が、表現の目的を他者とのやり取りに置いていたのです。
音を長く伸ばしたり、高い音へ上がったりする場面にも、一曲の中で伝える役割があります。
声の能力に驚いたあと、どの言葉が残ったか、どのフレーズで気持ちが動いたかに目を向ける。
モートンの発言は、歌の技巧を、その先にいる聴き手とつなげて考える手がかりになります。

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ゆっくり歌い直すと、同じ旋律の別の面が現れる
2017年のMTV Unpluggedでは、「Take On Me」をゆっくりしたアコースティックの編曲で歌い直しています。
マグネ・フルホルメンは公式サイトで、その形にしたことで、もともと曲にあった哀しみを帯びた構造が表へ出たと説明しました。
勢いのあるポップソングとしての旋律を、違う速度と響きの中で歌う。
その変化によって、同じ曲でも、聴き手が歌から受け取る感情は変わります。
高音の華やかさに惹かれた人にも、歌全体の流れからモートンの声を受け取り直すきっかけになる演奏です。
この歌い直しは、速さを落として楽器を減らすだけの作業ではありませんでした。
レコード会社の公式紹介では、サビの和音にも変更を加え、編曲全体を組み直したことが説明されています。
同じ旋律でも、下で鳴る和音が変われば、明るさや切なさの感じ方も変わります。
モートンの声は、その新しい伴奏の流れの中で歌を担っています。
本番前のリハーサルでは、モートンを含むメンバーが曲を途中で止め、音や演奏、編曲の細部を話し合っていたそうです。
長く歌ってきた曲でも、慣れた歌をそのまま載せるのでなく、周囲との関係を確かめていたことがわかります。
歌と伴奏のどちらか一方を変えれば済むという話ではなく、互いの響きを合わせ直した再演だったのです。
「Take On Me」『MTV Unplugged – Summer Solstice』の公式配信音源(2017年の公演)。
声を思うように使うには、歌へ入れる状態も大切になる
2023年掲載の取材で、モートンは、曲と結びつけたときには、自分が歌っていることより、出来上がった歌全体を感じると話しています。
一方、うまくいかないときは何かを求め続けてしまい、手放して遊ぶように歌うことが難しくなるとも説明しました。
同じ取材では、『True North』の録音現場で、自分の音程に集中せざるを得なかったとも話しています。
コンクリートのホールでオーケストラと一緒に演奏し、周囲の音をつかみにくかったためです。
映像で動きが少ないことには、そうした歌う側の事情があったと説明しました。
歌の音程は、覚えた高さを一人で出せば終わるものではありません。
伴奏が今どこを進み、自分の声がそこへどう重なるかを、その場で受け取る必要もあります。
モートンの話は、豊かな声を曲へ生かすうえで、耳から入る情報も大切だと伝えています。
自由に歌っているように見える声にも、本人が求める状態があります。
狙った音を出すことと、曲の中で声が自然に働くことを、彼は別々に感じていたのでしょう。
モートンの歌にある豊かさは、鳴らせる音の多さと、その声を曲へ預けられる瞬間の両方から考えると、つかみやすくなります。
初期からソロ、アコースティックでの再演、近年の制作までの歩みは、モートン・ハルケットの歌唱変遷でたどっています。

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