楠木ともりの歌声の変遷|「きれいに歌わなくちゃ」から、感情を解放するライブへ

楠木ともり(2020年公開のソロデビューインタビュー掲載写真) シンガー
楠木ともり(2020年公開のソロデビューインタビュー掲載写真)

楠木ともりは、ライブで「バニラ」を聴いた人から、CDとは印象が違うと言われることがあるという。
なぜ同じ歌が、録音から離れた表情を見せるのか。
本人が語った録音での声の選択と、2025年のツアーでの転機をたどると、その理由が見えてくる。

「バニラ」(2021年『Forced Shutdown』収録)の公式MVフル版(2023年公開)。

2020年、自分の歌の芯を持ちながら、作品に声を合わせる

ソロデビュー以前から、楠木には人前で歌う場があった。
ボイストレーニングで出会った多田三洋のアコースティックライブに、ゲストとして招かれていたのである。
学生時代の友人とは違い、自分を知らない観客に歌を届ける。
その難しさと同時に、人前で歌う楽しさを再発見したことが、作詞や作曲への思いにもつながったという。

声優としてキャラクターの歌も歌う楠木は、2020年8月、「ハミダシモノ」でソロアーティストとしてメジャーデビューした。
この曲は、自身も出演するアニメ『魔王学院の不適合者』のエンディングテーマだった。

「ハミダシモノ」(2020年発表)の公式MVフル版(2023年公開)。

当時のCocotameの取材で、楠木は、歌い手としての芯はぶらしたくないと説明している。
その一方で、作品を彩る曲としてキャラクターをイメージし、普段の歌とはニュアンスを変えることも考えていた。

本人名義の歌でありながら、作品に合う声の表情も選ぶ。
そうした歌い方への意識は、ソロ活動の出発点からあったのである。
知らない人へどう届けるかという舞台での経験に、物語の世界を声でどう彩るかという課題が重なっていった。

楠木ともり(2020年公開のソロデビューインタビュー掲載写真)
楠木ともり(2020年公開のソロデビューインタビュー掲載写真)。
画像出典:画像掲載元

2021年、キャラクターを歌う経験が、自分の声の理解につながる

2021年4月の2nd EP『Forced Shutdown』では、声をどう聴かせるかが、より具体的な言葉になっている。
アニメイトタイムズの取材で、楠木は、いろいろなキャラクターソングを歌ううちに、自分の声がどう聴こえるか少しずつ分かってきたと話していた。

表題曲の歌唱では、フレーズがどんな質感で届いてほしいかを考えていたという。
録音前には、編曲を手がけた重永亮介と歌い方を相談するプリプロも行い、方向を決めてから本番に臨んだ。

「Forced Shutdown」(2021年)の公式ミュージックビデオ。

この録音には、一つ前の曲で得た発見も生きていた。
先に録った「sketchbook」で、自分のハスキーな声がコーラスに向くと感じたという。
息で余韻を残す、短く切る、ざらついた成分を増やす。
そうした試みを「Forced Shutdown」にも持ち込んだと明かしている。

「sketchbook」(2021年、EP『Forced Shutdown』収録)の公式リリックビデオ。

キャラクターを歌った経験から自分の声を知り、自分の曲を録る中でも、次の曲に使える発見を重ねる。
声の特徴を知る作業と、作品を作る作業が行き来していた。
後にライブで表情を変えていく「バニラ」も、この『Forced Shutdown』に収録されている。

2023年、届ける相手が見え、歌詞に導かれる歌が生まれる

初のアルバム『PRESENCE / ABSENCE』を発表した2023年、楠木は、歌を届けたい相手が以前より明確になったと話している。
自分が歌いたいことを歌うだけだった頃から、聴いた人にどう感じてほしいか、ライブを思い出したときに何が残ってほしいかまで考えるようになった。
MANTANWEBの取材では、その変化が曲を書く原動力にもなっていると説明していた。

同年の「それを僕は強さと呼びたい」には、誰かの言葉を受け取り、自分の声で届ける経験がある。
ハルカトミユキが提供したこの曲について、楠木は、歌詞を自分への手紙のように感じたと語っている。
受け取るだけでなく、そこで動いた自分の気持ちを、聴く人へ渡そうとしたのだ。

「それを僕は強さと呼びたい」(2023年『ABSENCE』収録)の公式リリックビデオ。

ハルカとの対談では、提供曲の中で最も苦戦したとも明かした。
言葉を畳みかける歌に難しさがあった一方、歌詞を読んで歌ううちに、準備した以上のニュアンスが出てきたという。
ハルカも、最初の歌から曲を消化していると感じ、多少の粗さより感情の表現を生かしたいと考えていた。

先に歌う計画を立てても、実際に声にしたとき、それを越える表情が生まれる。
そして、作り手がその表情を受け止める。
後のライブで大切にする「その時の感情」を、録音の場でも信じてもらえた経験だったと読める。

2024年「シンゲツ」、張る声に切なさと儚さを残す

2024年の「シンゲツ」は、同じアニメ『魔王学院の不適合者』の新たなエンディングテーマで、TETSUYAがプロデュースを手がけた曲だ。
「ハミダシモノ」との関係を、楠木自身がMANTANWEBの取材で説明している。

当初は「ハミダシモノ」のように、しっかり声を張る歌い方を想定していた。
そこへ、原作者の秋から、もう少し儚さがほしいという要望が届いたという。

「シンゲツ」(2024年)の公式ミュージックビデオ。

声を張る曲であることは保ちながら、輪郭がはっきりしすぎないように、切なさや儚さも出していく。
プリプロで何度も調整し、普段とは異なる歌い方を定めていった。
TETSUYAの助言も受けたというこの録音には、作品が求める表情に応じて、声を細かく選び直す姿がある。

同じアニメの主題歌に戻ってきても、デビュー曲の歌い方をそのまま当てはめることはしなかった。
物語の変化に応じて、張る声の中にどんな感情を残すかを、改めて考えている。

2025年のツアーで、ライブの目標が定まった

録音で歌い方を作り込む一方、ライブでは、その場で生まれる表情への自信が育っていった。
2026年のリスアニ!の取材で、楠木はその転機を、2025年のZeppツアー「Whose fault is it?」の頃だったと明かしている。

コロナ禍で配信が中心だった時期の影響で、歌を緻密に整えなければという気持ちが強かった。
悩む中で、スタッフから、感情を解放したときにしか出ないニュアンスが魅力だと背中を押されたという。
そちらへ進んでよいと思え、自分らしくライブで歌う自信につながった。

楠木ともり(2025年7月30日、Zepp Hanedaでのツアーファイナル)。
楠木ともり(2025年7月30日、Zepp Hanedaでのツアーファイナル)。
画像出典:アニメイトタイムズ

そのツアーの最終日、2025年7月30日のZepp Haneda公演を、アニメイトタイムズは現地で取材している。
「それを僕は強さと呼びたい」は、静かな歌い出しから徐々に力強さを増し、サビでは感情を込めてメッセージを伝えたと記された。
2023年に歌詞へ導かれながら録音した曲が、今度は観客の前で表情を広げている。

本番中に次の曲をどう歌うか考え、会場の空気や観客の反応から選ぶこともある。
じっくり聴かせるか、ニュアンスを前に出すか。
歌い方の決め方にも、その場の感情が入るようになったのである。

「バニラ」についても、歌詞に感じることがその時々で変わり、無意識に歌へ表れるのではないかと本人は話している。

楠木ともり(2026年公開のインタビュー掲載写真)
楠木ともり(2026年公開のインタビュー掲載写真)。
画像出典:画像掲載元

2026年の別の取材では、最初の録音にも、良いテイクが録れたという手応えがあったと振り返った。
納得できた録音があり、その後も舞台で歌うたびに新しい感情が入ってくる。
同じ曲を歌い続けることが、その歌を少しずつ変えていた。

録音で声を選ぶ経験と、ライブで感情を動かす経験。
その両方を重ねてきたからこそ、同じ一曲にも、その日の表情が生まれるのだろう。

小さな声や裏声をどう使い、音から音へどうつなぐかは、楠木ともりの歌い方で具体的に取り上げている。

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