松村北斗の歌い方|低音の厚みと、声を柔らかく始める選択

松村北斗。『MAQUIA』2025年3月号掲載写真(撮影:黒沼諭/aosora、集英社) シンガー
松村北斗。『MAQUIA』2025年3月号掲載写真(撮影:黒沼諭/aosora、集英社)

松村北斗の歌い方を知るには、低い声を探すだけでなく、誰と重なり、どこで一人になり、どんな声で言葉を始めるかに注目すると面白くなります。
低音でハーモニーを支える場面と、ファルセット寄りの歌い出しでは、声に求められる役割が違うからです。

本人の制作談や作り手の説明を手がかりにすると、声を深く聞かせること、言葉を伸ばすこと、強さをほどくことが、別々の選択として見えてきます。
松村らしさは、いつでも同じ太さで歌うことより、その選択肢の中にあるのでしょう。

下ハモは、低さを競う声ではなく重なりを作る声

「Imitation Rain」で松村の低音に注目するとき、聴きたいのは主旋律との重なりです。
声の低さは、ここでは独唱の見せ場というより、6人の音を組み立てる要素になっています。

主旋律と同じ音を厚く重ねるのと、違う音程の旋律を下に置くのとでは、響きの作り方が変わります。
ハモリを聴くときは、低音だけを抜き出そうとするより、主旋律がどんな厚みを帯びるかにも耳を向けてみてください。
一人の声が目立つことと、その声が曲に効いていることは、必ずしも同じではありません。

2022年の「THE FIRST TAKE」でも、松村の下ハモが作る厚みや、主旋律との一体感に注目できます。
低音の魅力は、単独で聴かせる音色だけにあるわけではありません。
支える声としての松村に気づくと、6人が一緒に歌う部分そのものが聴きどころになります。

なお、声が低いという印象から、喉を押し下げる方法や息の量まで決めつけることはできません。
本人が明かしているのは、歌う機会が増えるにつれて低音が安定したという経験です。
その安定を、ハーモニーの中でどう使っているかという順番で見ると、声質と歌唱の働きを混同せずに済みます。

言葉を伸ばすときの、母音の存在感

ボイストレーナーの才雅が松村の歌を解説した際、特徴として挙げたのが母音を強調する歌い方でした。
子音と母音を分けて捉え、アクセントを少し後ろへ移しながら、伸ばす音に安定感を与えるという見立てです。
一音の長さだけでなく、その音の中のどこに重みがあるかという話です。

たとえば言葉をはっきり伝えることは、すべての子音を強く発音することと同じではありません。
子音が言葉の入口を示し、その後の母音が旋律を長く運ぶ。
この二つを分けて考えると、歌の言葉が聞き取れることと、声がなめらかに続くことを、一緒に捉えやすくなります。

これは才雅による歌唱の解釈であり、松村本人が明かした発声訓練の名称ではありません。

一方、発音への関心は本人の言葉からも確認できます。
デビュー前には、英語の歌詞をより自然な発音で歌いたいと考え、英会話の個人レッスンを受けていると話していました。
これは歌唱法を習得した証明ではなく、歌う言葉そのものを磨こうとしていたという背景です。
声の高さや太さに加えて、言葉の形にも意識を向けていたことがわかります。

『すずめの戸締まり』取材時の松村北斗(2022年掲載)
『すずめの戸締まり』取材時の松村北斗(2022年掲載)。
画像出典:画像掲載元

「わたし」――ファルセットを歌い出しの選択にする

「わたし」で特に興味深いのは、松村が歌い出しを少しファルセット寄りにしたと語っていることです。
高い音へ届かせる方法としてだけでなく、言葉をどう置き始めるかという選択として、裏声の質感が登場しています。

森本慎太郎も「わたし」の録音を振り返り、歌詞ごとのニュアンスについて細かな指示があったと振り返っています。
一曲の感情を大まかに決めて歌うだけでなく、一つひとつの言葉に違う表情を与える制作だったわけです。

声の入口を柔らかくすると、聴き手は言葉が置かれる瞬間にも意識を向けやすくなります。
その後に続くフレーズを、入口と同じ質感で保つのか、別の強さへ運ぶのかという聴き方もできます。
ただし本人の説明は、歌い出しをファルセット寄りにしたという範囲です。
曲全体を裏声で歌っている、あるいは特定の筋肉をこう使っていると、話を広げる根拠にはなりません。

ここには、低音の歌手という印象だけでは捉えきれない松村の選択があります。
まず厚さで存在を示すのではなく、柔らかい入口を作ることもできる。
その使い分けに注目すると、低音と裏声が別々の特技として並ぶより、同じ歌の表情を作る手段としてつながってきます。

「ガラス花」――高音そのものより、低音との幅を聴く

「ガラス花」を提供したアイナ・ジ・エンドは、完成した歌唱の中でも、2番のBメロの歌い回しと、2番のサビの後の高音を印象的な箇所として挙げました。
提供者が驚いたのも、音の高さだけでなく、その箇所で表れる声の印象でした。

この曲を追うときは、高音だけを取り出すより、そこへ来るまでの声との関係が大事になります。
低いところから高いところへ移る曲では、声の印象の差も、一曲の流れを作る材料になるからです。
最も高い音だけを基準にすると、その手前の言葉や、別の音域で作っていた表情を聞き落としやすくなります。

また、アイナ自身もコーラスに参加したと明かしています。
松村の主旋律と別の歌い手の声を区別すると、音の重なりも楽しめます。

「憧憬のアーチ」――声を一人にしたときの強さ

「憧憬のアーチ」は、声と伴奏の関係から見ると面白い曲です。
音の景色が変わっていく中で、突然アカペラになる場面があります。
伴奏が鳴っているときとは違い、声の動きそのものが前に出る場面です。

こうした箇所の強さは、音量だけでは説明できません。
周囲に鳴る音が減れば、言葉の始まりや一息のフレーズが持つ存在感も変わります。
ハーモニーの中の低音、柔らかく置く歌い出し、伴奏から離れて立つ声。
松村の歌は、そのときに声が担う仕事を考えることで、違いが見えやすくなります。

「憧憬のアーチ」MV短縮版(2025年)。

松村の歌い方に近づく入口は、まず低い声を作ろうとすることだけではないでしょう。
声を重ねる場面か、一人で旋律を届ける場面かを見分け、言葉の入口や伸ばす母音に耳を向ける。
曲の中の役割から聴くと、低音の魅力を残したまま、柔らかさや強さを選べる歌手としての姿が見えてきます。

こうした選択が作品ごとにどう広がってきたかは、松村北斗の歌唱変遷でたどっています。

シンガー人気投票。投票ページはこちら

こちらの記事もおすすめ

コメント

タイトルとURLをコピーしました