和田アキ子の歌い方|「古い日記」の一声と「あの鐘」の長い声はどう違う?

笑顔の和田アキ子 シンガー
和田アキ子。2023年のインタビュー掲載写真。撮影:林直幸/Real Sound

和田アキ子の「ハッ!」を、最初から計算された決めぜりふだと思っていた人もいるかもしれません。
ところが本人は、「古い日記」の録音中、スティーヴィー・ワンダーをまねて冗談で入れたと話しています。
いくつも入れた掛け声のうち、完成した曲に残ったのは一部でした。

たった一声で人を振り向かせる歌手が、「あの鐘を鳴らすのはあなた」では、言葉を長く伸ばして聴かせます。
どちらにも力はありますが、力を置く場所と長さは違います。
和田の歌い方を、声の大きさだけでなく、一曲の中で声をいつ出し、いつ引くかから見ていきます。

「古い日記」――掛け声は、歌を弾ませる一瞬だった

1974年の「古い日記」は、歌詞を進める声の間に、短い「ハッ!」が飛び込んできます。
長く保つ音ではなく、一瞬で演奏に加わる声です。
掛け声の後で再び歌詞に戻るからこそ、その短さが生きます。

本人によれば、録音のときはもっとたくさんの掛け声を入れました。
その場の遊びを全部残すのではなく、曲に合う数だけが完成版に残ったのです。
一声の印象が強くても、歌全体を掛け声で埋め尽くしているわけではありません。
声を短く切る場所と、言葉を歌う場所が交互にあるから、あの一声が目立ちます。

この話をした対談で、和田は録音が長くなるとメロディを変えてしまう癖があるとも明かしています。
「ハッ!」も、譜面に決められた形をなぞるだけでは生まれなかった、歌い手の遊び心の一つでした。
その場で試す自由さと、録音に残す部分を選ぶ判断の両方が、一声の印象を作っています。

この曲に合わせて声を出すなら、掛け声の響きだけでなく、その前後の歌詞までひと続きに捉えると面白くなります。
歌が進んでいるところへ短い声が入り、すぐ次の言葉へ戻る。
切り出された物まねだけでは見えにくい、曲の中での役割です。

「あの鐘を鳴らすのはあなた」――言葉を長く持って届ける

1972年の「あの鐘を鳴らすのはあなた」では、短い掛け声で流れを変える代わりに、サビの言葉を長く歌います。
落ち着いた節を経て、声を伸ばすところへ進む曲です。
初めから最後まで大きく歌うのではなく、静かな部分があるから、その後の呼びかけが広がります。

「古い日記」では声を切った瞬間がリズムの印になります。
「あの鐘」では、言葉をすぐに終わらせない時間が聴きどころになります。
同じ和田アキ子の力強さでも、勢いを一瞬で足す歌と、声を保って言葉を運ぶ歌では、働き方が違うのです。

ブルーノート東京で笑顔を見せる和田アキ子
和田アキ子。
2014年のインタビュー掲載写真。
撮影:Hiroyuki Matsukage/Blue Note Tokyo

和田はこの曲の〈あなた〉が誰かを作詞家の阿久悠に尋ねたことがありました。
その答えを知った後、歌い慣れた曲をどう見直し、2025年の新曲へつなげたのかは、和田アキ子の歌声の変遷の記事でたどれます。
ここで注目したいのは、一曲の中で静かな声から長い呼びかけへ進む作り方です。

「笑って許して」――客席が声を返す場所を作る

「笑って許して」は、ライブで聴き手も歌に加わる曲です。
和田が題名の言葉を歌うと、客席から「アッコー!」と返ってくるのが定番だと、本人は話しています。
2016年のブルーノート東京公演でも、その呼び声が起きたと会場の記録に残っています。

「古い日記」の掛け声は和田自身が歌の中へ入れた一瞬です。
「笑って許して」では、和田の歌に対して客席が声を入れます。
自分の声を出す時間だけでなく、相手が返す時間も、この曲の舞台での歌い方に含まれているのです。

「THE MUSIC」――伸びやかな歌にラップを重ねる

別の歌い手が入ることで、和田の声の役割が明確になる曲もあります。
『WADASOUL』の「THE MUSIC」は、制作途中でラップを加える案が出て、和田がVERBALへ参加を頼んだ曲です。
2015年のブルーノート東京公演では、二人の共演が実現しました。

会場の記録によると、和田には直前までVERBALの訪問が知らされておらず、その場でのセッションになったといいます。
朗々と歌う和田に、彼女の活動をたたえる即興のラップが加わった、と公演評は伝えています。
同じ舞台でも、一方は旋律を長く運び、もう一方は言葉のリズムで動きを作る。

和田の歌がリズミカルであることと、ラップと同じように細かく言葉を詰めることは同じではありません。
伸びやかな歌声を保ったまま、異なる歌い手と組むことでも曲を弾ませられます。
「笑って許して」の客席との応答とは違う形で、相手の声が入る面白さを見せた例です。

「愛の讃歌」――強い声の前に、抑える時間を作る

これらの曲に加えて、和田は歌う曲に合わせて力の配分を変えています。
2016年のブルーノート東京公演では、代表曲や洋楽と並べて「愛の讃歌」を歌いました。
会場の公演評が注目したのは、声をただ大きく出すことではなく、緩急をつけたドラマティックな歌でした。

客席が近い舞台で、激しい曲には手拍子や声援が起こり、バラードでは聴衆が静かに耳を傾けたと、その公演評は伝えています。
和田は同じショーの中で、場を弾ませる曲も、言葉をじっくり聴かせる曲も歌いました。
「古い日記」の一声だけで歌手を決めつけると、こうした静かな時間を使う面白さが見えなくなります。

同じ2016年の公演で最初に歌った「This Masquerade」にも、曲の捉え方が表れています。
バラードとして聴かれることの多い曲を、ベースの動きが目立つファンキーな編曲で取り上げました。
しっとり歌うイメージの曲でも、土台のリズムが変わると、声を受け止める演奏の表情が変わります。

アレサ・フランクリンの「Chain of Fools」「Rock Steady」では、女性コーラスや管楽器も一緒に盛り上がったと記録されています。
和田一人の声量で押し通すのではなく、複数の声と楽器が一つの流れを作る舞台です。
強い声を聴くときも、その周りで何が鳴り、どこで声が前に出るのかまで追うと、曲ごとの歌の置き方がつかめます。

手を広げて歌う和田アキ子
2025年のコラボレーション映像収録で歌う和田アキ子。
撮影:林直幸/Real Sound

短く切る声と、長く残す声をどう使い分けるか

「ハッ!」のように一瞬だけ入る声は、歌のリズムを鋭くします。
「あの鐘」の長い音は、そこへ届くまでの落ち着いた節を含めて働きます。
「笑って許して」では、客席の返事を受ける時間も生まれます。
「愛の讃歌」では、会場の公演評が緩急そのものを聴きどころにしました。

和田アキ子の歌は、どの曲でも強い声を出して終わりません。
短い一声を残すのか、言葉を伸ばすのか、客席の声を待つのか、途中で声を落ち着かせるのか。
その置き方の違いを追うと、誰の声かすぐに分かる歌手が、曲ごとに違う聴きどころを作っていることが分かります。

2026年11月のシンガー人気投票。投票期間は11月1日〜11月30日。11月の投票はこちら。

こちらの記事もおすすめ

コメント

タイトルとURLをコピーしました