ジョン・レノンの歌には、整えすぎない声が持つ強さがあります。
けれど、その生々しさを、ただ感情のままに歌った結果だと考えると、見落としてしまうものもあります。
息をどこで聞かせるか。
いつもの声で歌うか、裏声にするか。
マイクへどれくらい近づき、周囲の演奏とどう呼吸を合わせるか。
彼の歌には、そうした具体的な選択がありました。
「Girl」――音程のない息にも、歌の役割がある
「Girl」で耳に残る吸い込む息は、歌うための準備であると同時に、聴き手へ届ける音でもあります。
ジョンは、この呼吸の音を聞かせたがっていました。
ポール・マッカートニーも、制作時にジョンがその希望を伝えていたことを振り返っています。
さらにポールは1965年の時点で、息が打楽器のように聞こえるよう、録音側に高域を強めてもらったと説明していました。
吸った息の音と、録音で強調された響き。
その両方で、あの印象が作られています。
ここでは、音を長く伸ばすために呼吸を隠す、という発想だけでは足りません。
声が止まったところにも、その人の身体が残っている。
メロディーを歌っていない瞬間まで表現になるから、歌手がすぐそばにいるような感触につながります。
シンガーソングライターのジャクソン・ブラウンは、この曲の歌い出しの高く硬質な声と、コーラスで相手の女性へ直接語りかけるようになる感触に注目しています。
息だけでなく、声の向かう先も変わる。
一曲の中で、聴き手に物語を話す距離と、その人へ呼びかける距離が動くところにも、親密さがあります。
「Working Class Hero」――強い内容を、軽く歌う
歌詞が切実なら、最初から力を込めるべきなのでしょうか。
「Working Class Hero」の録音に残されたやり取りは、その考えを少し揺さぶります。
ヨーコは、ジョンがマイクから少し離れているときの声を評価し、軽く歌っていく方向を勧めていました。
ジョンの側には、目を閉じると、いつの間にかマイクのすぐ近くに来てしまう感覚があったようです。
本人がそう答えているところに、歌う動きと、録音される声との関係が見えます。
声を出す動きも、録音の一部なのです。
ヨーコの提案には、終わりで感情が高まるのは構わない、という含みもありました。
軽く歌うことは、内容を薄くすることではないのです。
最初から感情を使い切らず、言葉を運ぶ声と、感情があふれる声に違いを作る。
強く出しすぎないことで伝わる表現もあるのです。

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「One Day (At A Time)」――裏声を、曲全体の表情にする
ジョンの声を荒く力強いものとして覚えている人には、「One Day (At A Time)」のファルセットは意外かもしれません。
ここでの裏声は、高い音に届かせるために一瞬だけ使うものではなく、リード・ボーカルの質感を決める選択です。
ジョンは、全体を裏声にするアイデアがヨーコから出たと話しています。
裏声を使わないガイド・ボーカルも残っているので、二つの歌い方が制作の過程にあったことがわかります。
発声を変えると、同じ曲でも、声が背負う重さや人物の印象を変えられる。
この曲は、そのことを考えやすい例です。
題材は、一日ずつ生きること。
相手と過ごす時間を歌う曲に、強い輪郭の声を押し出す以外の方法が選ばれています。
裏声を使うことと、弱々しく歌うことは同じではありません。
曲全体の質感を変える声なのです。
重なって聞こえる声を、発声だけで説明しない
ジョンの歌声には、一人で歌っているのに、少し重なって広がるような印象を持つものがあります。
その響きをすべて、特別な喉の使い方に結びつけることはできません。
ビートルズ時代の彼は、同じ歌を重ねて録音するダブルトラッキングの効果を好む一方、もう一度、音程やタイミングを合わせて歌う作業を好んではいませんでした。
そこで生まれたのが、ケン・タウンゼントによるADTです。
録音済みの声を使い、わずかに異なるタイミングの音を重ねることで、もう一人いるような響きを作る。
歌い方に加え、こうした録音上の工夫も、ジョンの声の印象を作っています。
「Tomorrow Never Knows」では、レスリー・スピーカーを通した声も使われます。
回転するスピーカーの効果で変わった響きを、そのまま生身の発声の特徴だと受け取ると、曲の理解もずれてしまいます。
響きには、歌唱と録音の両方が関わっています。
演奏しながら歌うことで、言葉の出方を守る
一方でジョンは、音を作り込む方法だけを求めていたわけではありません。
1970年には、伴奏を先に作って後から歌を入れるより、自分で演奏しながら歌うほうを好むと話しています。
あとから歌だけを乗せると、かえって抑制される感覚があるというのです。
楽器の響きが残っているうちに次の言葉が出てくる。
歌に合わせて、その場の演奏も動く。
そうした一体感を大切にする考え方です。
完成された伴奏に歌を正しく当てはめることと、その瞬間の歌に合わせて音楽を作ることでは、歌い手の感覚も違ってきます。
「Jealous Guy」の録音では、クラウス・フォアマンが、リハーサルから聞こえていたジョンの歌に演奏者たちが反応していたと振り返っています。
言葉を聞くからこそ、音を詰め込まずに空けられる場所がある。
歌が何を伝えようとしているかを、周囲も聞いているのです。

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エルトン・ジョンが苦労した、独特の言葉の乗せ方
ジョンの個性は、声の質だけでなく、フレーズの運び方にもあります。
『Walls and Bridges』で共演したエルトン・ジョンは、それを身近に経験した人です。
「Whatever Gets You Thru the Night」では、二人が一本のマイクを囲んでハーモニーを歌いました。
ところが、同じアルバムの「Surprise, Surprise (Sweet Bird of Paradox)」では、ジョンの独特な言葉の乗せ方に合わせるのに、エルトンが三時間以上も苦労したと伝えられています。
歌える音域が合うことと、相手のフレーズにぴたりと寄り添えることは別なのです。
ジョンの歌を捉えるには、どんな声で鳴らすかに加えて、言葉をどう時間の中に置くかも大切になります。
同じ歌手との共演でも、曲によって難しさが違う。
その具体例が、声色だけでは説明しきれない、彼の歌の癖を教えてくれます。
息をあえて聞かせることも、軽く歌うことも、裏声で曲を包むこともある。
必要なら、録音で声を重ね、共演者と歌を合わせる。
ジョン・レノンの生々しさは、何も考えずに出した声というより、曲に必要なものを残していく選択から生まれています。
強い声の印象だけで覚えていた歌を、もう少し近くから見たくなる歌手です。
こうした選択が時期によってどう変わったのかは、ジョン・レノンの歌唱変遷でもたどっています。

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