チャド・クルーガー(Nickelback)の歌声の変遷|あのざらついた声で、何を歌うか

チャド・クルーガー。2012年の取材を2022年に再掲した記事の掲載写真。撮影:Joby Sessions / Future シンガー
チャド・クルーガー。2012年の取材を2022年に再掲した記事の掲載写真。撮影:Joby Sessions / Future

チャド・クルーガーの歌声には、曲が変わってもすぐに分かるざらつきがあります。
けれど、その声が担ってきたものは同じではありません。
関係の行き詰まりを歌う声から、思い出を呼び戻す声へ。
さらに、手術を経て再び強い声を出せるか確かめる時期もありました。
ニッケルバックの歩みを歌唱からたどると、声色を一新することより、持ち味を残したまま表現の行き先を増やしてきたことが見えてきます。

2001年、クラブの外へ届いた歌

初期から客席と歌う力がありました。
「Leader of Men」のクラブ公演を、契約を担当した人物は会場全体が歌う光景とともに振り返っています。
2001年の「How You Remind Me」が、その広がりを決定的にしました。
チャドにとっても、クラブから世界のアリーナへと活動の規模が変わった曲です。

この曲では、終盤に伴奏を止め、歌の一節を際立たせる工夫が加わりました。
声の周囲に空間を作ることが、曲の山場を生んだのです。

2002年にはサライヴァのジョージー・スコットと「Hero」を歌い、映画『スパイダーマン』にも歌声を届けています。
ニッケルバックの代表曲を歌う声であると同時に、別のシンガーと組んで一曲を担う声でもありました。

2003〜2008年、厚い録音と身近な記憶へ

2003年の『The Long Road』では、自分たちの録音環境で音を重ねる余地が広がりました。
「Someday」は特に時間をかけた曲です。
チャドは、すべてを全力で鳴らすと強弱がなくなると説明しました。
声を包む音の厚みも、曲の動きを失わないように考えられていました。

2005年の「Photograph」では、写真を眺める言葉から、育った場所や学校の記憶へと歌が広がります。
本人の回想では、アコースティックギターの響きを繰り返すうちに言葉が出てきて、そこから思い出の場面がつながっていった曲でした。
初めから人生全体を語ろうと構えたのではなく、目の前の小さな記憶が、歌う内容を導いたのです。

「How You Remind Me」と「Photograph」を並べると、声のざらつきだけを年代の目印にはできません。
相手との関係を突き付ける歌と、昔の自分や友人を振り返る歌では、同じ強い声が向かう先が違います。
チャドらしさが残っているからこそ、その違いが単なる別ジャンルへの転向ではなく、一人の歌い手の表情の広がりとしてつながります。

2008年の『Dark Horse』を共同制作したマット・ラングは、伴奏と歌の関係にも新しい視点を持ち込みました。
ベースのマイク・クルーガーは、ドラムに沿うだけでなく、歌の旋律へもっと関わる演奏を求められたと振り返っています。
これはチャドの声域が変わったという話ではなく、歌を中心にしたアンサンブルが細かく練られた出来事です。

2012〜2014年、声の押し出し方と曲の幅を見直す

2012年には、本人が少し柔らかく響かせようとしていると話しています。
長い休みの後には声の感じが違い、以前はツアーへ向けて歌い慣らす時間も必要だったといいます。
あの荒い声のまま、何も変えずに歌っていたわけではありません。

右がチャド・クルーガー、左がライアン・ピーク。2012年の取材掲載写真。撮影:Nina G. Gilhooley
右がチャド・クルーガー、左がライアン・ピーク。2012年の取材掲載写真。撮影:Nina G. Gilhooley。
画像出典:画像掲載元

2014年の『No Fixed Address』では、重い曲と旋律を前に出す曲の間に、さらに異なる表情を加えています。
チャドはアルバムやライブを映画のように考え、攻撃的な場面とメロディックな場面、その高まりを作りたいと説明しました。
どちらか一方だけを続けると、自分が退屈してしまう。
歌う曲を増やす理由は、流行への対応だけではなく、本人が音楽を続ける楽しさにもありました。

「She Keeps Me Up」にはファンキーなリズムと女性の声が入り、「Got Me Runnin’ Round」にはFlo Ridaのラップが加わります。
チャドの声が占める場所の周囲に、それまでと違う声や音が並び始めました。
本人は「Photograph」や「Rockstar」も、発表当初は意外な曲と受け取られたと振り返っています。
後から定番に聞こえる表現も、初めは試みだったのです。

2015〜2017年、歌えることを確かめ、重さへ戻る

2015年には声帯の嚢胞を取り除く手術を受け、ツアーを中断しました。
後の取材で本人が語ったのは、既にチケットを持って待っている人へ、公演に行けないと伝えるつらさです。
歌手としての不安に加えて、舞台で約束を果たせない時間でもありました。

復帰に向けては、まず指導を受けながら十分に声を温めて歌い、独特の歪んだ響きはまだ強く出していなかったといいます。
術後三〜四か月ほどして、その響きを試すと以前の感覚が戻り、メンバーへ知らせました。
一時は高く歌えたものの、後には元の高さへ戻ったといいます。
手術で恒久的に音域が広がった、とする話ではありません。

この経験の中心にあるのは、以前とは別の歌手になることより、自分の持ち味を再び使えるかという問いです。
2012年には既に柔らかく歌おうとしていたため、以後のすべての変化を手術の結果と結び付けることもできません。
声そのものの状態と、どんな歌を選ぶかは、分けて考える必要があります。

2017年の『Feed the Machine』では、バンドが前作より攻撃的な作品を望みました。
一方で、大きく盛り上がるラブバラードは今回の流れに合わず、収録を見送ったといいます。
歌唱の能力ではなく、作品の方向として重さを選んでいました。

実際、同作の「Song On Fire」には、失った愛を追いかける個人的な感情が残っています。
本人は、自分の経験から始まった曲に、メンバーもそれぞれの経験を通じてつながれたと説明しました。
攻撃性を強める時期にも、傷ついた人物の感情を歌う場所はなくなっていません。

2022年、苦しみを歌った声で、よい記憶を歌う

2022年の『Get Rollin’』は、締め切りに追われず制作できたアルバムでした。
「Those Days」についてチャドは、年齢を重ねて若いころを思い返す意味が増し、つらいことは十分歌ってきたので、今はよいことも歌いたいと話しています。
昔へ戻る歌でありながら、その選択には現在の自分が表れていました。

同じ作品に「San Quentin」の激しさもあるため、この時期を単純な円熟や穏やかさだけで捉えることはできません。
本人たちは、以前にも「This Means War」のような重い曲があったと指摘しています。
荒さを初めて獲得したのでも、荒さを手放したのでもなく、複数の表情を今の作品に並べ直していたのです。

2022年11月20日、フォックスウッズ公演で歌うチャド・クルーガー。撮影:Jody Wilk
2022年11月20日、フォックスウッズ公演で歌うチャド・クルーガー。撮影:Jody Wilk。
画像出典:画像掲載元

2023年にはカントリー歌手ブラントリー・ギルバートとのツアーも実現します。
チャド自身、「Rockstar」はカントリーに近い曲だと捉えていました。
一方、かつて十八か月もステージとパーティーを続けたような日程は、もう選ばないとも話しています。
曲の幅だけでなく、歌い続ける生活の組み立ても変わっていました。

2025〜2026年、共演先にも持ち味を広げる

ザ・ロッタリー・ウィナーズの2025年作『KOKO』には、チャド参加の「Ragdoll」が収録されています。
制作を振り返ったトーマス・ライランスによると、送った曲をチャドが気に入り、ミュンヘンの楽屋で一緒に録音しました。
自分のバンドを率いる声が、別の書き手の歌を一緒に形にする声にもなっています。

2026年のドン・ブロコ「Nightmare Tripping」にも参加しました。
共演側は、制作中からチャドとライアン・ピークがサビを歌う姿を想像していたといいます。

ニッケルバックも、2026年には「Rattle the Cage」「Leave Me Behind」「Make Me Love You」を発表しました。
新作『Everything Under the Sun』は同年十月三十日発売予定で、この記事の執筆時点では発売前です。
強いロックと感情を前に出す曲を行き来する姿勢は、先行曲の選び方にも続いています。

チャドの変遷は、荒い声が年齢とともに丸くなった、という一本の線には収まりません。
声を戻そうとした時間があり、強さを選び直した作品があり、その声でよい記憶を歌いたくなった時期がある。
変わらない声の印象の内側で、何を伝え、誰と歌い、どう続けるかが動いてきました。
その積み重ねが、ニッケルバックの定番曲を、同じ感情の繰り返しに終わらせていないのです。

声の使い方と曲ごとの工夫は、チャド・クルーガーの歌い方で詳しく扱っています。

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