ジェラルド・ウェイの歌い方|小さな声、裏声、叫びを、曲の中でどう生かすのか

2014年『Hesitant Alien』の取材に掲載されたジェラルド・ウェイ(画像:WMG) シンガー
2014年『Hesitant Alien』の取材に掲載されたジェラルド・ウェイ(画像:WMG)

ジェラルド・ウェイの歌い方は、声を荒らす強さだけでは説明できません。
小さく歌い始めてから声を開く。
高い声や裏声を、曲の中で試す。
録音では一曲の流れを保ち、作品によっては声をギターの中へ混ぜる。
目立つ声を出すことと、その曲の中で声をどう働かせるかは、同じではありません。
具体的な歌唱と録音の選択から、切迫した歌声が生まれる仕組みを見ていきます。

「Helena」は、小さな声から始まる

「Helena」の冒頭では、声を抑えた歌から、バンドが加わる強い歌へと振れ幅が生まれます。
初めから声量を押し出し続けるのではなく、静かな入り口が、その後の切迫感を際立たせています。

強い歌声という印象を作るのは、強い音そのものだけではありません。
直前にどんな声を置いたかで、同じように張った声の意味も変わります。
この曲を歌い方の例として考えるなら、盛り上がった後だけを切り取らず、そこへ入る前の声との関係が大切です。
感情が初めから同じ強さで続くのではなく、歌が進むにつれて表へ出てくる構成になっています。

高い声と裏声は、別の曲で試す余地ができた

ソロ作『Hesitant Alien』について、ジェラルドは高低の声を試したことと、ファルセットを使いたかったことを明かしています。
それまでと違う歌い方は、最初から容易だったわけではなく、考え方と実際の歌唱の両方で難しさがあったそうです。

ファルセットは、裏声の一種を指す言葉です。
ジェラルドの場合、この選択を、強い地声が出せない時の代用品としてだけ捉える必要はありません。
自分が使ってみたい声を置ける音楽に出会い、歌いながら扱い方を探しています。
高い音をすべて同じ勢いで押すという見方から離れると、ソロで試した声の意味が見えてきます。

具体的な曲では、「Millions」に部分的なファルセットの使い方が表れています。
また、「No Shows」はギターを中心に厚いハーモニーを重ね、「Brother」はピアノと重なる歌声で別の表情を作る曲です。
同じソロ作品でも、軽い声の切り替え、声を重ねた厚み、伴奏との距離がそれぞれ違う。
裏声を使ったかどうかだけで終わらず、その声が一曲のどんな質感につながるのかまで考えられる組み合わせです。

さらに、このアルバムでは声がギターによく混ざるように仕上げられています。
ジェラルドは、歌がもっと前へ出てほしいという反応も理解しつつ、それが意図した音だったと説明しました。
声の輪郭を前面に立てる作品とは、目指す聴こえ方が違うのです。

本人によれば、制作途中には、完成盤よりさらに濁った音の段階もありました。
声の聴き取りやすさだけを最優先にしたのではなく、歪みを含む楽器の響きと、どこまで一緒にするかを探っていたことが分かります。

一曲を通して歌う流れを、録音にも残す

『Danger Days』の録音で、録音技師のダグ・マッキーンが伝えているのは、長く歌い続けるジェラルドの姿です。
歌唱は多くても四テイクほどで、部分的な録り直しは少なく、重なる歌詞の処理などに使われました。
本人は、できる限り曲を最初から最後まで歌いたがったといいます。
気持ちの勢いや言葉のつながりを、一度の歌唱の中で運ぶ方法でした。

一部分ずつ録る方法にも、一曲を通して録る方法にも、それぞれの役割があります。
ここで注目したいのは、どちらが優れているかではなく、本人が歌をどの長さの流れとして捉えたかです。
次の言葉へ向かう勢いを含めて歌えば、一語の表情も前後の歌唱に支えられます。
ジェラルドの切迫感を、声のざらつきという一つの音色だけで説明しないための手掛かりです。

「Zero Zero」では、完成盤にもほぼそのままデモの歌唱が残りました。
『Hesitant Alien』のリード歌唱の多くは、デモ段階で録られたものです。
出来上がった伴奏へ改めて歌を置く方法だけでなく、最初に生まれた歌を生かし、作品を仕上げる方法も選んでいました。

「Mama」では、返事をする相手まで声の設計に入る

『The Black Parade』では、ジェラルドはPatientという人物を身近に感じさせる歌を目指しました。
劇的な表現を、遠くから眺める人物の説明で終わらせず、その人物自身の言葉として届かせる考え方です。

「Mama」の客演に求めたのは、母親を思わせ、困難をくぐり抜けてきた人の存在感と、演劇に根を持つ声でした。
そのために思い浮かべたのが、ライザ・ミネリです。
自分の歌へ誰が答えるかを選ぶことが、場面を作る一部になっています。

同じアルバムの「Cancer」では、別の出発点が伝えられています。
プロデューサーのロブ・カヴァロの回想では、ジェラルドが歌い、ピアノの和音を伝えながら、短時間で曲ができました。
言葉と旋律を歌として差し出し、伴奏がそれを受け止める形で生まれた曲です。

その「Cancer」の歌を録る前には、カーペンターズで知られる「Superstar」をウォームアップとして歌ったことも、後に明かされています。
いつも激しい曲だけで声を準備していたと想像すると、こうした選曲は意外に感じられます。
歌に入るための準備にも、別の曲を歌うという具体的な手順がありました。

人物を演じるという共通点があっても、すべてを同じ濃さの声色で飾る必要はありません。
相手の声が返ってくる場面と、一人の言葉を伴奏が支える場面では、歌の関係が違います。
歌詞の設定を知ったうえで、誰へ向けて言葉を出しているのかまで考えると、劇的な歌唱を単なる誇張として片づけずに捉えられます。

2025年9月、フェンウェイ・パークの舞台に立つジェラルド・ウェイ(右、撮影:Josh Reynolds)
2025年9月、フェンウェイ・パークの舞台に立つジェラルド・ウェイ(右、撮影:Josh Reynolds)。
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「Rōnin」の叫びは、旋律を歌う声との役割が違う

マット・ヒーフィーのプロジェクト、Ibarakiの「Rōnin」は、静かな始まりから重い演奏へ移り、ジェラルドのブラックメタル風の叫びが現れる曲です。
一曲の中には旋律的な場面やアコースティックな部分もあり、激しい声が全体を同じ色で塗る構成ではありません。
ここでは、My Chemical Romanceの代表曲で親しまれた歌手が、別の曲の中で極端な声の役割を担っています。

ヒーフィーは、ジェラルドがこうした叫びをするのを以前には聴いていなかったと語りました。
共同制作する相手にとっても、新しい面が現れた歌唱だったわけです。

高い声、裏声、強く張る声、叫びを、一つの尺度で順番に並べる必要はありません。
どの曲の、どんな場面を成立させるために使われたかが違うからです。
ジェラルドらしさは、常に同じ音色を保つことより、言葉や人物が切実に感じられる声を選ぶことにあります。
小さく始める「Helena」から、声を楽器に混ぜたソロ、異なる音楽へ踏み込んだ「Rōnin」まで。
その選択を追うことで、強烈な歌声の印象の内側にある、曲ごとの組み立てが見えてきます。

歌う立場と声の使い道が変わってきた歩みは、ジェラルド・ウェイの歌唱変遷でたどっています。

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