ホージアの出発点には、自分で録り、自分の声を重ねる時間がありました。
「Take Me to Church」の歌声にも、その試行の一部が残っています。
その後に広がったのは、歌唱の迫力だけではありません。
憧れの歌手と声を交わし、スタジオで声を出しながら旋律を探し、アイルランド語の響きから新しい歌い回しを見つける。
他者や言葉との出会いが、自分の歌も動かしていきます。
自分の声を見つける前に、他の声と歌っていた
ソロ歌手として知られる以前、ホージアは合唱団アヌーナやトリニティ・オーケストラなどで歌っていました。
アヌーナのマイケル・マクグリンからは、歌の技術だけでなく作曲についても学んでいます。
2013年当時、本人はオーケストラで歌うことを、大きなものの一部になる経験として話していました。
一人で歌を引き受ける活動とは、そこで求められる役割が違っていたのです。
合唱への思いは、ソロで成功した後にも残りました。
ホージアは、声が重なる音を昔から好み、合唱や大勢で歌う音楽の中にいることが大きな学びになったと振り返っています。
後の曲にたびたび現れる声の厚みは、強い主旋律を一本置けば完成する、という発想だけから生まれたものではありません。
一方、自分の曲を作る過程では、他の制作者と形にしても、自分の音楽だと感じられない時期がありました。
本人が後に語ったのは、自分で録音ソフトを使い、納得できる音を探すことで、その隔たりを埋めていった経験です。
合唱の中に声を置くことと、自分の声を中心に曲の世界を決めること。
初期の活動には、その両方がありました。
2013〜2014年、残すべき歌声はすでに録れていた
「Take Me to Church」を手がけたロブ・カーワンには、当初、歌を録り直す仕事が持ち込まれました。
ところが彼は、既存の歌唱に価値を見いだします。
完成へ向けて周囲の楽器を整えながら、ヴァースには自宅で録った声を残し、コーラスでは新しい歌唱や重ね録りを加えました。
出発点の歌を消して作り直すのではなく、残す部分と更新する部分を選んだ録音だったのです。
ここで見落としたくないのが、初期からあった柔らかな歌です。
デビュー前の「Like Real People Do」は、優しく声を重ねた子守歌のような曲として紹介されていました。
強く訴える曲と静かな曲を行き来する幅は、後年になって初めて加わったものではありません。
「Cherry Wine」では、廃ホテルの屋上で、マイク一本とパソコンによる録音が行われました。
もとは写真撮影に伴う機会で、その場で捉えた演奏が作品に生かされています。
ホージアの初期の歌には、声を積み重ねて世界を作る方法と、一度の演奏をそのまま受け止める方法が同居していました。
2018〜2019年、重ねた声から、応答する声へ

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最初のアルバムに伴う長いツアーを終えた後、ホージアはすぐに次作を急ぎませんでした。
疲れ切っていたと語り、故郷ウィックローの田舎で時間を取り直しています。
同時に、長く舞台に立った経験は、次に作る曲への願いも変えました。
『Wasteland, Baby!』の制作では、ライブで演奏することが楽しい曲を書きたいという思いがあったのです。
2018年の「Nina Cried Power」で迎えたのは、メイヴィス・ステイプルズでした。
幼い頃からニーナ・シモンの声の重みにひかれ、そうした歌手たちの仕事への感謝を曲に込めたホージアにとって、メイヴィスは名前を添えるだけのゲストではありません。
彼女の参加を、制作の早い段階から望んでいました。
実際の録音では、二人が別の部屋にいながら、ヘッドホン越しに相手を受けて歌いました。
ホージアは、メイヴィスの声から力をもらい、互いに応じながらコーラスを試した過程を語っています。
さらに、自分一人の多重録音では得られない音色を求めて、女性たちの合唱も加えました。
声の層を作る関心が、他の人の声に反応して歌う喜びへと広がった場面です。
マーカス・ドラヴスとの制作では、編曲や曲の狙いについて話すことが増えました。
積極的に指示を出す相手との時間から、一人では引き出せなかったものが生まれたといいます。
自分の音を探した初期に対し、他者の判断を受け入れて作品を広げる段階に入っていました。
2019年のアルバム全体には、危機への不安と、人に残る温かさの両方が置かれました。
ホージアは、どちらか一方だけで作品を閉じたくなかったと説明しています。
最後の「Wasteland, Baby!」で大切にされたのは、すべてが失われるかもしれない世界にも、誰かと分かち合える温かさがあることでした。
力強く呼びかける曲を持つ歌手が、アルバムの終わりには別の親密さを残そうとしたのです。
2023年、自分の知らなかった歌い方に出会う
『Unreal Unearth』へ向かう時期、ホージアは一人で作る方法の限界にも向き合いました。
ダニエル・タネンバウムらとの制作では、スタジオで音を出し、浮かんだ旋律をその場で試す作業が始まります。
普段と違う楽器に触れることで、慣れた手順では出てこない発想も生まれました。
歌の形を先に一人で固めてから持ち込む以外の道が開いたのです。
本人はこのアルバムについて、曲ごとに異なる場所や声を持つ作品だと説明しています。
ダンテの『神曲』地獄篇は構成の手掛かりになりましたが、各曲をその説明に従わせたわけではありません。
「Francesca」では、罰せられた恋を悔いる筋書きよりも、それでも愛を選ぶ人物への共感が中心になりました。
大きな物語の中にいても、一曲ごとの人間の感情から歌を立ち上げる考え方です。
新しい響きは、共同制作者だけから来たわけではありません。
「De Selby (Part 1)」ではアイルランド語を歌に取り込み、ホージア自身も、柔らかな子音や母音が英語とは違う歌い回しを促すことに気づきました。
流暢に話せる言語として使ったのではなく、助言を受け、合唱側にも発音を伝えながら形にしています。
身近な文化の中にあった言葉が、歌手としての新しい選択肢になりました。
舞台の声も、ヒットの受け取られ方も広がっていく

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2023年のツアーでは、楽器を持ち替える演奏者たちが歌にも参加しました。
音響を担当するスティーヴン・パティソンは、録音済みのトラックに頼らず、舞台上で音楽を成立させる編成を説明しています。
初期から続く合唱への関心は、大きな会場でも、人がその場で歌う仕組みとして生かされていたのです。
2024年に大きく広がった「Too Sweet」も、突然それまでと別の歌手になった証拠として見ると、経緯を見失います。
この曲は『Unreal Unearth』の制作から生まれながら、本編では見送られていました。
ホージアの説明では、「Eat Your Young」と同じ大食の主題に関わり、アルバム内では役割が重なっていたのです。
後から届いたヒットは、すでに持っていた表現の一面が、多くの人に見つかった出来事でもありました。
声の重なりを愛してきたホージアは、録音でも舞台でも、自分と違う声が入る余地を広げてきました。
メイヴィスとの応答は、その変化をよく表しています。
その人が歌ったから、自分の次の歌が変わる。
そんな瞬間を曲の中へ迎え入れてきた歩みです。
曲ごとの声の使い分けは、ホージアの歌い方で掘り下げています。

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と…



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