イ・スヒョンの歌声の変遷|兄の歌を上手に歌う人から、自分の言葉で歌う人へ

2020年「ALIEN」発表時のイ・スヒョン イ・スヒョン
2020年「ALIEN」発表時のイ・スヒョン

2026年、イ・スヒョンは、AKMUの新曲を本録音したとき、最初の一節で歌詞が自分のものになったと感じたそうです。
以前は、兄のイ・チャンヒョクが書いた言葉を、発表から何年もたって理解することがありました。

早くから歌のうまさを認められた人にも、声にできることと、自分の気持ちとして歌えることの間には距離があった。
スヒョンの変遷をたどると、明るい少女の声が大人の声になった、というだけでは見えない歩みがあります。
兄の挑戦を引き受け、自分に合う曲を求め直し、歌の中で何を感じているのかを確かめてきた歩みです。

2014年、自分たちらしさを保って始まったAKMU

スヒョンは、兄とのデュオ、AKMUとして2014年にデビューしました。

デビュー直後、二人が所属先について語っていたのは、型にはめる訓練より、自分たちが楽しめることを任せてもらえる環境でした。
スヒョンも、そうした自由さを好意的に受け止めています。
これは、その後まったく練習しなかったという意味ではありません。
すでにある二人の持ち味を、出発点で別のものに作り替えなかったという話です。

初期の曲に親しんだ人が、後年の曲にも同じ人の声を見つけられる。
その連続性を踏まえたうえで、何が変わったのかを見る必要があります。

「DINOSAUR」で、アコースティックな二人の外へ

2017年の「DINOSAUR」は、AKMUが初めて本格的にEDMへ踏み出した曲です。
チャンヒョクは、アコースティックな音楽だけをするという見方を越え、新しいことを試したいと説明していました。

曲のもとになったのは、兄が幼いころに見た、恐竜に追われる夢でした。
はっきり姿をつかめない恐怖を、ダンスミュージックで表す。
明るい兄妹という印象から外れた題材と音の組み合わせです。

自由な制作も、何となく歌って終わりというものではありません。
2017年の取材で二人は、所属先を選んだ理由として、9時間作業しても納得できなければ、もう一度取り組ませてもらえる環境を挙げています。
自分たちで判断し、やり直せることが大切だったのです。

2017年のMV

2019年『SAILING』――兄が持ち帰った大人の歌を、自分の歌にする

兄の兵役を挟んだ2019年の『SAILING』では、作品の重心が変わります。
それまでは、チャンヒョクが作りたい音楽と、妹に合う明るい音楽との間で調整していた。
このアルバムでは、兄が海上で過ごした経験から生まれた、より成熟した世界を前に出しました。

スヒョンは、初めは兄の色が強いと感じながら、取り組むうちに、自分のアルバムだと思えるようになったと話しています。
歌う自分も、その世界の当事者になる。
この変化は、歌声の高さだけを比べても分かりません。

一方、自分だけの作品については、簡単に答えが出ませんでした。
ソロの企画は、方向が定まらず何度も仕切り直しています。
何を歌えるかに加え、自分は何を伝える人なのかを探していた時期です。

『SAILING』収録曲のMV(2019年)

『SAILING』期のAKMU
『SAILING』期のAKMU。
画像出典:画像掲載元

歌い終えた安堵から、一節ごとを味わう喜びへ

路上ライブ番組『Begin Again』での経験も、歌う感覚を変えました。
スヒョンは以前、うまく歌い終えた後に喜びを感じていたと振り返っています。
ところが番組の第3シーズンでは、歌っている最中の一節一節や、周囲の景色を味わう感覚を得たといいます。

失敗せず最後まで歌えたことと、今歌っている言葉を自分が感じていること。
どちらも大切ですが、歌う人に起きていることは違います。
歌唱を完成させることへ向いていた意識に、その場を生きる感覚が加わったのです。

2020年のソロ曲「ALIEN」では、また別の挑戦を選びます。
当初はアコースティックな曲を考えていましたが、兄の提案を受けてダンスポップへ。
スヒョン自身も、ソロ制作では自分が多くの選択をすることになったと説明しています。
AKMUの外へ出ることは、歌う量が増えるだけでなく、作品の方向に責任を持つことでもありました。

共演を広げた後、2023年には好きだった明るさを求め直す

2021年の『NEXT EPISODE』では、IUやCrushらとの共演に取り組みました。
二人の歌へゲストを加えるだけでなく、相手の個性を想像しながら曲を作る企画です。
スヒョンは、兄の歌の比重が増え、曲によって歌い手の組み合わせも変わったことを、新しい面として挙げています。

その後、2023年の「Love Lee」でスヒョンが求めたのは、初期の「Give Love」のように、自分が楽しく歌える音楽でした。
新しい表現への挑戦が続く中で、歌うことを難しく感じていたのです。
兄も、妹なら何でも表現できると思い、自分の実験へ連れ出しすぎた面を振り返りました。

「Love Lee」では、歌をどう捉えればよいかが分かり、無理なく歌える感覚があったといいます。
初期の明るさへ戻る選択は、挑戦の取り消しではなく、自分が歌う喜びを取り戻すための選択でした。

2024年の10周年公演では、スヒョンは、さまざまな歌手から声を求められる歌い手になりたいという願いも語っています。
自分らしい曲を持つことと、他の人の音楽に入れること。
どちらか一方に閉じるつもりはなかったのです。

2024年、10周年公演のAKMU。イ・スヒョンは右
2024年、10周年公演のAKMU。
イ・スヒョンは右。
画像出典:画像掲載元

2026年、録音する前に歌詞が自分へ追いついた

2026年4月のアルバム『FLOWERING』に収められたのが、「기쁨, 슬픔, 아름다운 마음」です。
喜び、悲しみ、美しい心を題名にした曲です。

スヒョンは、デモの段階では歌詞を十分につかめず、発表するころには理解していたいと思っていました。
そこから本録音までには、およそ2年の時間がありました。
その間の経験を経て、歌い出したときに、自分の歌として表せると感じたのです。

初期の自然さを守りながら、新しい曲に挑み、ときには好きな歌へ戻る。
その繰り返しの先に、歌詞と自分の感情が、録音する時点で重なる瞬間がありました。
スヒョンの変遷は、兄の曲を見事に歌える人が、その言葉をいつ、どのように自分のものにするかを探してきた過程でもあります。
曲ごとの声の置き方は、イ・スヒョンの歌い方で詳しく扱っています。

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