田中れいなの歌唱には、自分らしい歌い方を残しながら、できる表現を増やしていく歩みがあります。
グループを卒業した頃には声の太さを課題に挙げ、バンドでは大きな楽器の音の中で歌う方法を探しました。
舞台では息の音や人物の気持ちを歌へ持ち込み、やがて曲ごとに違う声を選ぶことも楽しむようになります。
本人が語った録音や公演の経験から、歌唱の幅が広がった過程をたどります。
『別に、好きじゃないし』、2018年9月7日のソロ公演より。
2003〜2013年――歌への自信から、もっと知りたいという気持ちへ
田中が2003年に加入したグループは、モーニング娘。
2013年5月の卒業まで、約10年にわたって歌い続けました。
卒業後のasianbeatの取材では、20歳を過ぎてから歌がさらに好きになったと話しています。
きっかけは、持ち歌以外の曲を歌う番組「歌の楽園」でした。
それまでは自分の歌に満足していた部分もあったものの、共演する歌手の歌に圧倒されたそうです。
周囲に褒められても自分では納得できず、歌をもっと知りたいと思うようになりました。
この番組では、その回のテーマに沿って、過去のさまざまな曲を歌います。
長く歌い込んだ持ち歌とは違い、まだ自分のものになりきっていない歌を人前へ出す経験でもありました。
慣れた曲での自信が、どの曲にも通じるとは限らないと感じる場だったのです。
この時点で田中が挙げた課題の一つが、声の太さです。
デビュー当時より太くなったとは感じながらも、バンドの大きな音の中で歌うには、まだ足りないと考えていました。
一方で、昔の歌い方も残したいという気持ちがありました。
卒業公演で久しぶりに歌った「キラキラ冬のシャイニーG」を、以前のように歌えたことを喜んでいます。
昔の歌も歌えるようにしながら、新しくできることを増やしたいという思いがありました。
『キラキラ冬のシャイニーG』の2006年の原曲(公式音源)。
2013〜2014年――声の通り方と、その場の演奏への戸惑い
LoVendoЯで歌い始めた当初は、グループ時代と同じ感覚では声が通りませんでした。
2016年の音楽ナタリーの取材で、田中は楽器の音量に負け、声がすぐに枯れていたと振り返っています。
バンドの大きな音に慣れていないことも、思うように歌えない苛立ちにつながっていました。
聴こえる音量だけでなく、演奏のリズムにも向き合う必要がありました。
2014年のBEEASTの取材では、もともとの曲のリズムを覚えて歌う習慣があり、バンドのテンポが動くと気になったと説明しています。
そこで、覚えたリズムばかりを意識せず、目の前の演奏を聴いて歌うようにしていたそうです。
歌う相手が生のバンドになったことで、声を出すときの頼りにするものも変わっていました。
2014年――録音へライブの声を持ち込み、「少年」では揺れを抑える
バンドでは、歌う高さにも新しい経験がありました。
2014年のミニアルバム「イクジナシ」の表題曲は、岡田万里奈と高いパート、低いパートを入れ替わって歌う曲です。
それまで高いパートを担当することが多かった田中は、低音も高音も歌える楽しさを話しました。
高音担当という印象の先に、自分の別の歌い方を見せようとしていました。
実際、ブログで歌うパートが入れ替わることを尋ねると、高い声はすべて田中だと思ったという反応が多かったそうです。
本人が楽しんだ声の使い分けは、聴く側に定着したイメージを広げる試みでもありました。
録音では、ライブのような伸びや躍動感を出せない悩みもありました。
以前は仮歌を受け取った翌日が録音で、その後にライブで歌い込むと、最初の音源が物足りなく感じられることがあったといいます。
この作品では、ツアーで一年近く歌ってから録音する曲もありました。
歌い慣れた後の表現を音源へ残せることが、これまでとの大きな違いです。
「イクジナシ」の制作では、ツアーで歌ってきた感覚を思い出し、体を動かしながら録音したと説明しています。
2014年7月24日、中島卓偉と共演した『イクジナシ』の公式ライブ映像。
同じ作品の「少年」では、普段出るビブラートを抑え、声を置くように歌うことを目指しました。
勢いを持ち込む歌と、揺れを控える歌を、曲に応じて選んでいます。

画像出典:写真掲載元
2016〜2020年――声の変化を感じ、舞台の歌にも向き合う
歌い方の変化を感じたのは、バンドを続けて約2年が過ぎた頃です。
カラオケで以前のグループの曲を歌ったとき、声が太くなったと本人は感じました。
これは本人の実感ですが、卒業時に課題としていた声の太さを、別の曲へ戻ったときに確かめる経験になっています。
田中は2019年の取材で、「ふしぎ遊戯 -朱ノ章-」を経験した後には、ライブでどう歌いたいかが次々に浮かんだと話しました。
その後の舞台経験では、音の聞こえ方が変わっても対応する力を感じています。
慣れた音響スタッフに調整してもらえるライブと違い、舞台では、自分に合う聞こえ方にならない場面もありました。
客席に人が入ると伴奏や自分の声の聞こえ方が変わるため、息や喉の使い方を試しながら、落ち着いて歌えるようにしていったと説明しています。
「赤毛のアン」の公演を控えた取材では、以前は苦手だったゆっくりした歌にも感情を込められるようになり、静かな歌が好きになったと説明しています。
手がかりになったのは、歌声と一緒にマイクへ入る息の音でした。
ため息を交ぜたり、大きく吸ったりすることで、悲しみや何かを告げる気持ちまで伝えられる。
芝居の流れのまま歌い出すことを考えた結果、リズムに乗る楽しさとは別の歌の魅力も見つけていました。
ただ、経験を重ねた後にも、慣れていない歌の難しさはありました。
2020年に前年の「赤毛のアン」を振り返った取材では、歌い始めるタイミングやリズムに苦戦したと話しています。
仮歌がなく、伴奏と譜面をもとに、ピアノで音を確かめながら覚えました。
自分ならここで入ると思う場所に歌が来ないため、普段の感覚だけでは対応できなかったのです。
22曲を2日間の個人レッスンで教わり、共演者と合流する前に台詞も歌も覚えたそうです。
合流3日目には通し稽古に入る進行だったため、先に歌を身につけたことが、気持ちに沿って動く準備にもなりました。
覚えた歌い方を、どの作品にもそのまま当てはめられるわけではありません。
舞台で違う流れの歌に取り組むことで、田中は歌の受け取り方も広げていきました。
2021年――声量への評価を受け、積み重ねを実感する
2021年7月、舞台「信長の野望・大志」の劇中歌を録音した田中は、声量を褒められたことを本人のブログに書いています。
初演から共演してきた役者にも、歌い方が変わったかと尋ねられたそうです。
ミュージカルやソロライブなどで、歌い方や喉の開き方を考えてきた経験が生きたのかもしれない、と受け止めていました。
それでも、声量が増えれば歌のすべてがよくなるとは考えていません。
昔の映像を見て、以前のほうがうまく歌えていると感じることもあると話しています。
声の量を増やすことと、自分の個性を歌で出すことを、別の課題として見ていました。
同じ文章では、昔のほうが指示された歌い方をすぐに再現できたかもしれない、とも振り返っています。
一方、今は一つひとつの仕事に納得するまで取り組むようになったという実感がありました。
できることが増えた手応えと、慣れた自分の歌い方を変える難しさを、同時に見ていたのです。
2022年――曲ごとに違う人物として歌う「ラフ・アンド・ピース」
高橋愛、夏焼雅と作った「ラフ・アンド・ピース」では、声の使い分けが作品の楽しさへつながります。
ananの取材で田中は、グループ時代には自分のスイッチを入れると声を高くする癖があったものの、バンドを経て喉を調節できるようになったと話しました。
収録された8曲は、すべて違う人物として歌ったそうです。
「うどん!うどどん!うどどどどーん!」では少年のように、「わさびじゃないのよ鰹は」では気取った人物を思い描いています。
自分に出せる声を、一つのイメージへまとめず、曲の人物に応じて選ぶようになりました。
WEBザテレビジョンの取材でも、録音で舞台や声優のような表現をいろいろ試し、選ばれたテイクが使われたと説明しています。
歌える声が増えたことを、作品の中で楽しみながら見せた経験でした。
この二人との制作では、バンド時代のように仲間へ気を配る役割から離れ、自分の表現に集中できたとも話しています。
共演者の新しい表現から刺激を受け、自分も試してみる。
それまでに得た声の使い方を、気心の知れた相手との録音で自由に試せる場になりました。
『うどん!うどどん!うどどどどーん!』(2022年)のMV。
『わさびじゃないのよ鰹は』(2022年)のMV。

画像出典:写真掲載元
2024年――カバーで、普段と違う歌い方も楽しむ
2024年4月の単独公演では、Adoの「唱」も歌っています。
公演後のブログで田中は、曲の構成や声の使い分けをなぞるのが楽しく、普段と違う歌い方を聴いてもらえたことが嬉しかったと書きました。
持ち歌で培った表現の外へ出て、違う歌の組み立て方を試すことも、ライブの楽しさになっています。
この公演には、ソロで歌い直すための準備もありました。
LoVendoЯの曲は二人でハモっていたため、伴奏に必要なコーラスを改めて録音し、カバー曲も伴奏とコーラスを用意したと本人は説明しています。
以前の曲を選びながら、その日の舞台で歌える形へ作り直す。
新しい歌い方への挑戦と、過去のレパートリーを届け直す工夫が、一つの公演に並んでいました。
田中れいなは、自分の歌い方を残したいという気持ちを持ちながら、バンドで声の太さを、舞台で歌の感情を、作品ごとに声の人物像を探ってきました。
変わったのは声の強さだけではなく、歌に合わせて選べる表現の幅です。
発声や息、ビブラートの扱い方は、田中れいなの歌い方で詳しく見ています。







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