2017年、松本梨香は「めざせポケモンマスター」を20周年版として新たに録音しました。歌い慣れた曲のはずなのに、そこで気づいたことがあったといいます。子どもたちの背中を押してきたこの歌は、自分自身への応援歌でもあったのです。1997年の録音では、歌詞を表現するだけで精いっぱいだったと振り返っています。
松本は、その間に「元気なサトシ」の歌とは違う声も選んでいました。2009年のカバーアルバムでは、普段の勢いをあえて前へ出さず、いまの自分に合う歌を自然体で歌っています。けれど、ポケモンの歌から離れたわけでもありません。同じ人が同じ曲を歌い続けながら、何を変え、何を残してきたのでしょうか。
1997年、急いで録った歌を子どもたちと育てる
テレビアニメ『ポケットモンスター』が始まった1997年、松本は主人公サトシの声を担当し、最初のオープニング「めざせポケモンマスター」も歌いました。2017年の取材で明かしたところでは、歌が決まってから録音まで約一週間。歌詞を理解して臨んだものの、当時は表現することで精いっぱいだったそうです。
一方で、後から語った歌への姿勢は一貫しています。2012年、松本はポケモンの歌を録るとき、子どもが一緒に歌えるよう言葉をはっきり届けることを大切にしていると話しました。目の前に子どもたちがいる姿を思い描いて歌うというのです。
「めざせポケモンマスター」は、録音した年だけに閉じた歌ではありませんでした。松本は各地のイベントで歌い、子どもの頃に聴いた人が親になっても、親子で歌える曲として受け渡してきました。大きな声で場を盛り上げることと、相手が言葉を受け取れるように歌うこと。その両方が、最初の歌を長く歌い続ける土台になりました。

言葉を明瞭に届ける歌い方そのものは、松本梨香の歌い方の記事で扱っています。歌い続けるなかで、松本は聴き手を誘う別の方法も選びました。
2009年、元気な声を前に出さない『まんまる』
2009年、松本はアニメソングのカバーミニアルバム『まんまる』を出します。選曲で考えたのは、かつて好きだった曲を並べることだけではありません。その年齢になった自分が歌って、いま伝えたいことに説得力がある曲を選んだと話しています。
歌い方も、本人がはっきり説明しています。普段の元気な感じよりも、芯の強さを残した自然体の歌。全体をアコースティックな編曲にしたのも、家でくつろぐ親子が口ずさみやすいように、という考えからでした。
ここには、1997年から続く「一緒に歌ってほしい」という願いがあります。ただし、場所が変われば、誘い方も変わる。会場で掛け声が返る歌だけでなく、家の中で母親が知っている歌を口ずさみ、子どもがそれを覚える。松本は『銀河鉄道999』を例に、そんな親子の光景を語っています。
アルバムの最後に収めた自作曲「まんまる」では、幼い日に母親と出かけた思い出を歌詞にしました。サトシの冒険とは別に、歌う本人の暮らしと家族の記憶を声にする。松本はここで、元気な役柄の歌と違う伝え方を選びました。

2017年、「なってやる」は自分にも向いた
2017年公開の映画『劇場版ポケットモンスター キミにきめた!』で、松本は「めざせポケモンマスター -20th Anniversary-」を新たに録音します。最初に歌ってから20年。本人は、無理に初心へ戻ろうとしたわけではなく、歌い続けてきた曲なので自然に向き合えたと話しています。
それでも、歌詞の受け止め方は変わりました。以前から子どもたちへの応援歌として歌っていた曲が、録音中には自分自身を励ます言葉にも感じられたそうです。ポケモンマスターに「なってやる」という思いを、以前より強く、かみしめるように歌ったと振り返りました。
1997年の録音が間違っていて、2017年に正しく歌えるようになった、という話ではありません。歌い始めた人が各地で子どもと歌い、『まんまる』では自分の暮らしを歌い、同じ歌へ戻った。20年分の経験を持つ歌手には、同じ歌詞の向き先が一つ増えていたのです。
2023年、仲間と歌う曲として残す
2023年、サトシとピカチュウを中心としたテレビシリーズの区切りに、「めざせポケモンマスター -with my friends-」が歌われました。「THE FIRST TAKE」ではバンドにエレキバイオリンとコーラスを加えた編成です。1997年の録音や2017年の再録と、同じ条件で声だけを比べる映像ではありません。
松本は収録中、さまざまな思いがよみがえり、最後には楽しかったと感じたと語っています。また、この曲を歌うときは子どもたちのリーダーでいるつもりで、みんなを励ます一方、自分も励まされると話しました。2017年に気づいた「自分への応援歌」という意味が、今度は仲間と歌う場にもつながっています。
2025年の取材では、海外の会場で聴き手が日本語のまま大合唱してくれるとも語りました。サトシの物語に区切りがついても、曲と歌手の現在までがそこで終わったわけではありません。
松本梨香の変遷は、元気な声が大人の落ち着いた声に変わった、という一本線ではありません。1997年は急な録音で精いっぱいだった歌を子どもたちと歌い続け、2009年には家で口ずさめる自然体を選び、2017年には同じ歌を自分への応援として受け取り直した。変わらなかった「一緒に歌いたい」という願いが、年を重ねるごとに違う声の使い道を見つけてきたのです。

こちらの記事もおすすめ







コメント