「Butter-Fly」の歌い手が、それまではゆっくりした曲ばかりを歌っていた。
和田光司が明かしたデビュー前の話には、少し意外なものがあります。
勢いよく進む曲に、力のこもったサビ。あの歌から和田を知った人ほど、速い曲を歌い慣れた人だと思うのではないでしょうか。
ところが、歌手を選んだ側は、曲と声の間にある違いを面白がっていました。
そして後年、和田のステージを作ったアニサマのプロデューサーは、その声を柔らかく、優しいものとして振り返っています。
和田光司の歌には、聴く人を奮い立たせながら、そばにいる人の励ましのように感じさせる魅力があります。
1999年の『デジモンアドベンチャー』の主題歌「Butter-Fly」は、その力強さと親しみやすさが出会った曲でした。
速い曲を初めて歌ったら、自分の声に驚いた
2010年のインタビューで和田は、デビュー前にはスローテンポの曲を好んでいたと話しています。
「Butter-Fly」のデモが入ったカセットを聴いたときには、この速さで歌えるのかと戸惑ったそうです。
実際に歌ってみると、自分にはこういう歌い方もできるのか、という発見がありました。
ディレクターが和田を選んだ理由も興味深いものです。
声質も含め、曲との間に違いがあるからこそ、人を引きつけられる。
ぴったり合いすぎる歌手では、気持ちよく聴けても、そのまま通り過ぎてしまうかもしれない。和田は、そう説明されたと振り返っています。
ディレクターは、歌手の個性と曲調が少し離れているほうが、耳に残る組み合わせになると考えていたのでしょう。
完成した「Butter-Fly」からは当然の組み合わせに思えても、和田にとっては、慣れ親しんだ歌の速さを離れてみる経験だったのです。

夢を歌う曲に、なぜ切なさがあるのか
「Butter-Fly」を作詞・作曲した千綿偉功にも、この歌の熱さを考える手がかりになる話があります。
もともとは、自分で歌うつもりで持っていた曲でした。
アニメに使える曲を求められて提出し、採用が決まったときには、歌い手は和田に決まっていたといいます。
千綿が歌詞に込めたのは、未来への明るい期待だけではありません。
音楽の仕事で思うようにいかない気持ちや、大人の言うきれいごとへの反発もありました。
夢を見たからといって、何でも実現するわけではない。それでも先へ進もうとする気持ちが、この曲にはあります。
歌詞に励ましと迷いがあることを知ると、歌声の受け止め方も変わってきます。
「Butter-Fly」を取り上げた個人の楽曲評でも、和田の歌声は、熱さの中に繊細さや哀愁があると受け止められています。
少しかすれた声を、曲を力強くするものとして聴くことも、切なさを感じさせるものとして聴くこともできる。
声のかすれが、この曲では勇ましさにも心細さにもつながって聞こえるのでしょう。
ここは、歌の聴こえ方が変わる面白いところです。
元気な曲として聴けば、一緒に前へ走り出したくなる。
うまくいかない気持ちを知ってから聴けば、その声に励まされる理由がもう一つ増える。
曲の勢いに乗せながら、心細さも感じさせる声だからこそ、聴く人の気分が変わっても戻ってこられるのだと思います。
伴奏がなくても、物語を支えられた
和田の声が担う役割は、『デジモンアドベンチャー』の最終回でも変わります。
冒険の始まりを告げてきた「Butter-Fly」が、今度は仲間との別れを描く場面で使われる。
そこで印象を残したのが、アカペラの歌声でした。
和田によると、最終回のために特別に録音したものではありません。
レコーディングの際に別の形でも残しておこうと録っていた歌が採用され、本人も放送を見るまで使い方を知らなかったそうです。
速い伴奏が背中を押してくれるオープニングと、声だけで言葉が届くアカペラ。
同じ歌でも、周りの音と物語の場面が変わると、歌声に求められるものが変わります。
前者では出発の高揚感を、後者では別れを惜しむ気持ちを、視聴者が歌に重ねることになるからです。
和田の歌声は、冒険の始まりと終わりの両方に似合っていました。
「Butter-Fly」の熱さは、速いリズムや大きなサビだけで出来上がっているわけではない。
伴奏がなくなったところでも、あの声に心を動かされる場面が残っているのです。
大きな会場で響いた、優しい「Butter-Fly」
その声の魅力を、大勢の人が同じ場所で確かめた公演もあります。
2014年8月29日、さいたまスーパーアリーナで開かれた『Animelo Summer Live 2014 -ONENESS-』です。
和田は、療養による休止から活動を再開した後、このステージで「Butter-Fly」を歌いました。
アニサマの統括プロデューサー・齋藤光二は、後年この歌を振り返り、和田の歌声に柔らかさや人柄を感じる優しさがあったと語っています。
大きな会場を沸かせた歌の魅力として、声の優しさが挙げられている。そのことが、和田らしさをよく伝えています。
当日の客席にいた人の記録には、歌手から促されなくても、自然に大合唱が生まれたという感想も残っています。
報道の公演評にも、ステージと客席が一緒に歌った場面が記されています。
和田の歌を聴きながら、自分も声を加えたくなった人がいたのです。
もちろん、子どもの頃から親しんだ曲を、本人が目の前で歌っている喜びも大きかったでしょう。
そこへ和田の柔らかな声が加わると、懐かしさだけでなく、今ここで歌を聴けるうれしさも生まれる。
優しい声に励まされて、聴いている側の気持ちが強く動くこともあります。
この公演で生まれた合唱は、そんな歌と客席の関係を思わせます。

新しい映画でも、あの声を聴きたかった
2020年の映画『デジモンアドベンチャー LAST EVOLUTION 絆』でも、オープニングには「Butter-Fly」が選ばれました。
和田は2016年に亡くなっているため、この作品のための新しい歌を本人に頼むことはできません。
制作側が選んだのは、以前に録音されたオリジナル版を使うことでした。
プロデューサーの木下陽介は、この映画では別の人の歌に置き換えることがしっくりこなかったと説明しています。
かつての作品に親しんだ人を迎えるためには、知っているメロディーだけでなく、和田の声が必要だったのでしょう。
「Butter-Fly」を最初に歌ったとき、和田自身は、自分の新しい歌い方に驚いていました。
その声がやがて、冒険に出るときにも、仲間と別れるときにも、大人になって作品に戻るときにも聴きたい声になった。
和田光司の歌の力強さは、聴く人を圧倒する声量だけでは説明できません。
迷いを抱えた歌詞を歌い、そっと励ますような柔らかさを残しながら、聴く人まで歌い出したくさせる。
この人と一緒に前を向きたい。そう感じさせる親しみやすさが、「Butter-Fly」の熱さを支えているのだと思います。
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