ラッセル・アレン(Symphony X)の歌唱変遷|荒々しさを増した声が、静かな告白に届くまで

2026年の取材で公開されたラッセル・アレン/Secret Service Publicity シンガー
2026年の取材で公開されたラッセル・アレン/Secret Service Publicity

ラッセル・アレンの歌声をたどると、強くなるだけの成長とは違う道筋が見えてきます。
Symphony Xでは荒々しい表現を押し広げながら、別の作品では声を飾る効果を減らし、小さく語りかける歌にも向かった。
その間には、用意された曲を短期間で歌った新人時代も、自分の歌を録るために制作全体を学んだ時間もありました。
何を歌えるかを試すところから、誰に何を伝えるかへ。
作品ごとの選択を追うと、あの大きな声の見え方が変わります。

1995〜2002年、歌を入れる立場から、声で場面を作る立場へ

アレンがSymphony Xで初めて参加したアルバムは、1995年の『The Damnation Game』です。
前任のロッド・タイラーに代わって加入し、すでに動いていたバンドの制作に加わりました。

本人にとって、この録音は必ずしも満足な出発ではありませんでした。
後の回想では、音楽も歌詞もできているところへ入り、わずか三日間で歌を録ったと述べています。
スタジオで落ち着けず、自分と作品が十分につながっていない感覚が残ったのです。

対照的に、2002年の『The Odyssey』は、当時の本人が特に気に入っていた作品でした。
長大な表題曲では、ポール・ロジャースを思わせる歌い出しや、イエス風の歌の重なりなど、複数の表情を試せたと振り返っています。
曲が進むにつれて声の役割も変わる構成を、歌う楽しさとして捉えていました。

初参加盤で抱えた距離感と、『The Odyssey』で感じた楽しさ。
二つの回想からは、曲の中に自分の居場所を作ることの大切さが見えてきます。
その違いを踏まえると、『The Odyssey』で語った楽しさには、歌唱力の披露以上の意味があります。
いくつもの場面を、声の違いで生きることができたのです。

『Atomic Soul』発売期のインタビューに掲載されたラッセル・アレン
『Atomic Soul』発売期のインタビューに掲載されたラッセル・アレン。
画像出典:画像掲載元

2005年、自分の声を前に出す『Atomic Soul』

初ソロ作『Atomic Soul』では、バンドとは違う歌を作ること自体が挑戦になりました。
メタル以外を出す迷いを、アリエン・ルカッセンの励ましが後押ししました。

アレンは「Loosin' You」で、それまで録音でしていなかったことを試したと説明しています。
バンドでは出しにくかった、ブルースの側面を試す場になったのです。

声をどう聴かせるかは、録音の仕上げにも関わりました。
本人が望んだのは、残響で大きく飾り立てない、乾いた声に合う音作りです。
最初のミックスではドラムの音が大きすぎると感じ、スタジオの音響上の問題も重なったため、別のエンジニアへ仕上げを託しました。

バンドと同じ豪華さをそのまま持ち込めば、歌の狙いまで伝わるとは限らない。
声を前へ出すために、周囲の楽器の聞こえ方も考え直していたのです。
歌手として参加するだけでなく、自分の声が届く形まで作る経験になりました。

2007〜2011年、重い題材が歌の荒々しさを押し広げた

『Paradise Lost』では、重いリフを中心にする方向を、制作の初めから決めていました。
アレンも、悪や裏切りを扱う題材に応じて歌を重くしています。
ただし、最終的な歌唱は、本人が想像していた以上に重いものになった。
バンドの方針があり、その先で録音中の感情が歌を変えた、という二段階がありました。

これは、文学作品の登場人物を順番に演じた結果だけではありません。
本人は当時、現実の人間関係で抱えた苛立ちも歌へ注いだと語っています。
物語の題材と、歌手自身が知っている感情とが重なることで、声に荒々しさが加わりました。

2011年の『Iconoclast』では、善悪を問う題材が、神話や歴史から、技術に依存する社会へ近づきます。
アレンは歌唱を重く激しいものと説明しながら、それも音楽が要求する表現だと捉えていました。
作品の世界に必要な強度を探していたのです。

表題曲「Iconoclast」では、機械への警戒を、大きく劇的な歌で表しています。
本人にとっても、社会の変化への不安は、遠い架空の出来事ではありませんでした。
題材が身近になるほど、激しさにも具体的な向かう先が生まれていきます。

同じ頃、本人は若い時期との違いを、憧れの歌手の雰囲気をまねることから、自分の感情を声に任せることへ移った、と説明していました。
怒り、裏切られた気持ち、喜びに、以前より入りやすくなったという実感です。
声の強さとともに、何を込めるかの判断も変わっていました。

2015年、さらに激しくすることが答えではなかった

次の『Underworld』で、アレンは前作の激しさを超えることを目的にしていませんでした。
技術に人間性を奪われる話と、愛する相手を救おうとする話では、必要な感情が違うからです。
本人が強調したのは、思いやりも含む、作品の内側にある違いでした。

実際、アルバムでは「Nevermore」などの強い曲の後に「Without You」が置かれ、その次に「Kiss of Fire」が続きます。
当時の批評でも、この起伏や「Swan Song」での情感豊かな歌が評価されていました。
荒い歌を捨てるのではなく、静かな表現と並べ、互いを際立たせる構成です。

制作の手応えにも変化がありました。
アレンによると、歌の作成を含め、自分の録音作業は八日間で終わっています。
Adrenaline Mobなどの仕事で、集中してアイデアを形にする力が育ったと捉えていました。
短期間で終えたことは、加入直後に落ち着けず録った経験とは、意味が違っていたのです。

同じ2015年には、Adrenaline Mobでも、歌い直すことで別の表現を探しています。
『Dearly Departed』に入れた「All on the Line」のアコースティック版です。
この曲は、もともと娘や家族のことで悩んでいた時期に書いた、個人的な歌でした。

本人は、作り込みの多い録音とは違う形にしたくて、もう一度歌ったと説明しています。
同じ歌でも、声を置く環境を変えれば、届け直すことができる。
後に家族へ向けたソロ曲へ進む前から、自分の経験をどう歌に残すかを試していました。

All on the Line(2015年『Dearly Departed』収録・アコースティック再録)

2014年5月、米ハーシーで歌うラッセル・アレン/写真:Matt Bishop
2014年5月、米ハーシーで歌うラッセル・アレン/写真:Matt Bishop。
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2022〜2026年、強い声で相手に応え、小さな声で自分を語る

アネット・オルゾンとの『Army of Dreamers』では、全曲をデュエットにした構成を歓迎しています。

この変化には、共演相手の希望も関わっていました。
アネットによると、前作では曲もアレンの歌もできた後に参加したため、歌いやすいキーなどについて意見を出せなかったそうです。
今作では、自分の声に合う形と、二人で歌を分かち合う構成を提案できました。
一人が完成した歌へ加わるところから、互いの声を生かす作品へ進む。
アレンが感じた表現の広がりには、その制作上の変化もあったのです。

2026年には、娘へ向けたソロ曲「Love Her Like I Do (Ava's Song)」を発表します。
自閉スペクトラムの娘と歩む家族の経験を歌い、同じような立場の家族にも思いを届けようとした作品です。
神話の人物に自分を重ねるのとは違い、自分たちの生活そのものを歌の中心にしました。

本人は、話しかけるような柔らかな声で、自分の無防備な部分まで伝えようとしました。
若い頃のソロが、さまざまな歌を自分で作れるか試す場だったのに対し、今は個人的な経験を言葉にしたいと語っています。

本人は、壮大な歌唱にも感情を伝える力を認めています。
大切なのは、何を、誰に向けて歌うかになっていました。

加入直後には、すでにある曲に自分をつなぐ難しさがありました。
その後は、一曲で複数の表情を演じ、録音の仕上げを選び、怒りも寂しさも声へ入れていく。
そして、娘への曲では、聴き手のすぐ近くで語るような声を選びました。
アレンの歩みは、力を足し続けた歴史というより、力をどこへ向け、どこで控えるかを深めた歴史として読むことができます。
曲の中の具体的な切り替えは、ラッセル・アレン(Symphony X)の歌い方で掘り下げています。

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