RIKUの歌声の歩みは、力強い声を手に入れて終わる物語ではありません。
安定して歌うことから、曲の気分を表し、自分の思いを重ねることへ。
さらに、得意な明るさとは違う声の使い方にも挑んできました。
NiziUとしての出発から2026年の初ソロステージまでをたどると、持ち味を残しながら選択肢を増やしてきた過程が見えてきます。
2020年|正確さの先に、歌の楽しさを探した出発点
RIKUは、オーディション企画『Nizi Project』から生まれたNiziUの一員です。
グループは2020年6月に「Make you happy」を発表し、12月の「Step and a step」で正式にデビューしました。
オーディション中のRIKUには、真面目に課題へ取り組む一方で、曲の自由な雰囲気を表す難しさもありました。
J.Y. Parkの「Who’s your mama?」では、本人の実直さとは異なる、遊び心のある表現が求められます。
仲間から励まされながら向き合った結果、安定した歌声にリズムの躍動や感情表現が加わり、Parkからも成長を評価されました。
この段階での課題は、単純に大きな声を出すことではありません。
練習した動きや音を外さない意識と、その曲を楽しんで表すことを、どう両立するか。
後の歌唱を考えるうえでも、大切な出発点です。
デビュー時にRIKUが話していた応募の動機は、自分のパフォーマンスで誰かを元気にしたいというものでした。
オーディションを経て、何でも決めつけずに挑もうと考えられるようになったともいいます。
声を伸ばす技術とともに、試すことへの姿勢も育っていました。

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2021年|「9 colors」で、バラードの中にも自分の見せ場を持つ
最初のアルバム『U』では、ミディアムバラードも歌うことになりました。
RIKU自身、こうした曲を待っていた一人です。
「9 colors」ではアドリブを担当し、伸びのある高音を披露。
メンバーやファンからの反応も、これまでと違う一面を見せたいという思いに応えるものになりました。
勢いのある曲から、旋律をじっくり聴かせる曲へ。
RIKUの伸びやかさには、曲調をまたいで生かせる場所がありました。
2023年|歌を完成させる必死さから、誰へ届けるかを考える余裕へ
2023年12月、デビューから3年を振り返ったRIKUは、初めは一曲を仕上げるだけで必死だったと話しています。
そこから、曲を楽しみ、表情も含めて作品のイメージを伝えられるようになった。
本人が感じた変化は、ステージの大きさだけでなく、表現に向けられる余裕の違いでした。
その年の7月、代々木第一体育館の公演では、「Paradise」の歌い方にも具体的な思いを語りました。
大切な存在へ呼びかける自分のパートに、目の前のファン、WithUへの気持ちを重ねていたのです。
歌詞の中の相手と客席が結びつくことで、感情を込めやすくなったと説明しています。
言葉の相手を思い描くことが、本人の歌への入り方を変えていました。
「Paradise」オリジナルMV。
一方、同年の韓国デビューでは、新しい難しさも待っていました。
RIKUは後に、細かな発音を直すため、同じ部分を何度も録音した経験を振り返っています。
経験を積めば、どの曲もすぐ歌えるようになるわけではない。
活動する言語が変われば、言葉を音にするところから取り組み直す必要がありました。
2024年|「点描の唄」で、ほかの歌手と声を重ねる
2024年4月13日の『The Performance』では、RIKU、MIIHI、NINAが、大森元貴と「点描の唄」を歌いました。
大森と視線を交わしながら歌をつなぎ、四人の声が重なる共演です。
普段の9人でのパフォーマンスとは、声の組み合わせが変わりました。
大森は、リハーサルで緊張していた三人が、曲を大切にしてくれたことを喜んでいます。
グループの代表曲を歌う経験に、相手の作品へ入り、声を合わせる経験も加わった。
後の「AlwayS」を迎える前にも、歌そのもので交わる場があったのです。
2024〜2025年|「AlwayS」の最後に、うまさだけではない自分を込める
2024年12月にMVが公開された「AlwayS」は、翌年の『AWAKE』にも収録されました。
「AlwayS」は、Mrs. GREEN APPLEの大森元貴が手がけた曲です。
RIKUは歌詞と音源を受け取って涙し、とりわけ最後の部分を歌いたいと思っていました。
実際にそのパートを任されたことは、本人にも大きな喜びでした。
大森からは、NiziUのために書いた曲だから、自分たちのために歌ってよいという思いも伝えられました。
RIKUが目指したのは、上手に歌うことに加えて、自分自身を出すこと。
誰かの歌をきれいに再現するだけでなく、自分たちの時間を引き受けて歌ったのです。
同じ年の韓国曲「LOVE LINE」では、実際に声を出して歌う練習を、前の「HEARTRIS」以上に重ねました。
体になじむまで繰り返したことで、ステージでの歌唱も楽になったとRIKUは話しています。
思いを込めることと、舞台で歌える状態を作ること。
その両方を準備する段階へ進んでいました。

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2026年|「Too Bad」で、得意な声の出し方を組み替える
2026年4月の「Too Bad」は、RIKUにとって、慣れ親しんだ明るく元気な歌とは違う挑戦でした。
かっこよさに、洗練された雰囲気も必要になる。
声にエッジを加え、裏声や強い歌い方をどう組み合わせるか、そのバランスに苦戦したと明かしています。
ディレクターの歌を参考に、曲に合う表現を探しました。
得意な強さを残しながら、別の声へ切り替える。
歌うための選択が、より細かくなっています。
同じ頃、MAYAはRIKUの歌の「がなり」に、以前にも増した迫力を感じると話しています。
RIKUの成長は、繊細さを加えて力強さを薄める方向だけではありません。
強い表現そのものにも磨きをかけ、必要なときには前へ出せるようにしているのです。
初ソロ「NO FEAR」|表現が増えても、明るさは手放さない
2026年6月のドーム公演では、メンバーそれぞれが初めてのソロステージに挑みました。
RIKUの曲は「NO FEAR」。
6月14日の東京ドーム最終公演でも、一人で歌を届ける姿を見せています。
本人がソロ曲に求めたのは、聴く人の心を支えられる、明るく前向きな歌でした。
歌うことを中心に据え、メロディを気に入って選んだと振り返っています。
新しい声色を覚えたからといって、それまでの自分を隠す必要はない。
一人で立つ場面では、むしろ自分の持ち味を選び直しました。
RIKUの変遷にあるのは、まっすぐな声を、もっと多くの場面で使えるようにする工夫です。
感情を託す相手を見つけ、言葉の発音に向き合い、強さと軽さの配分を変える。
その試行を経ても、聴く人を元気にしたいという方向は残っています。
声の個性を捨てずに、その個性だけでは表せなかった曲へ進んできた歌手なのです。
現在の曲ごとの声の使い分けは、RIKU(NiziU)の歌い方で詳しく扱っています。

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