2026年のアルバム『uku』で、藤原さくらは上白石萌音と歌う曲を作りました。
藤原は低い音域を歌い、上白石に一オクターブ高い音域を任せています。
自分の作品では一人で歌を完結させたいと思っていた人にとって、これも新しい選択でした。
高校時代の藤原は、高いキーの曲を無理に歌い、自分の声の持ち味を知らなかったといいます。
そこから「Soup」で役の言葉を歌い、さまざまな曲調に挑み、昔の曲を歌い直し、いったん歌唱活動を休みました。
声が一直線に高く、強くなった話ではありません。
同じ声をどんな曲に、誰と、どう置くかを変えてきた道のりです。
2015年のデビューまで――高いキーを追うのをやめ、自分の声から歌を探す
藤原は小学5年生のときにギターを買ってもらい、高校に入ってからボーカルスクールへ通い始めました。
きっかけは、中学卒業の頃に見た同級生のタップダンスのライブです。
歌手になりたいと言うだけだった自分も行動しようと、福岡のスクールを探して体験レッスンに通いました。
当時の彼女は高い声の曲をうまく歌おうとして、自分の声に自信がありませんでした。
先生に勧められてキーの低い阿部真央の曲を歌うと、ブルージーで他にない声だと褒められます。
2015年の本人取材では、そこで初めて自分の声の特徴を知り、ノラ・ジョーンズなどの音楽へ関心が広がったと振り返っています。
メジャーデビュー作『à la carte』には「Walking on the clouds」が収録されました。
藤原はこのころ、好きな世界各地の音楽を自分の曲にも取り入れたいと話しています。
2015年の声は、後から直すべき未完成の声ではありません。
高い声へ近づくより、自分の声が生きる曲を探し始めた時期の歌です。
2016年――「Soup」で、自分とは別の人の言葉を歌う
ドラマ『ラヴソング』では、藤原はヒロインの佐野さくらを演じ、福山雅治が作詞・作曲した主題歌「Soup」を歌いました。
自分で書いた曲を自分として歌ってきた藤原が、役の人物として別の人が書いた言葉を歌う。
その変化は、声質を変えることとは違います。

撮影:永峰拓也/掲載元:CINRA
ドラマの楽曲を録る際には、語尾や音の入り方について福山から具体的な指示がありました。
藤原は、ドラマの前後で声が変わったと福山にも言われ、自分でも以前より声が出るようになったと感じていると話しています。
役の中で叫んだり怒鳴ったり、普段は出さない声を使ったことも影響したのかもしれない、と本人は考えていました。
「Soup」が代表曲になることに抵抗はない、と藤原は話しています。
一方で、作詞・作曲したのは福山であり、シンガーソングライターとしては、この曲を超える自分の歌も作りたい。
昔の自作曲、佐野さくらとしての曲、これからの自作曲のどれも聴いてもらいたい、と当時の取材で語りました。
ドラマで任された声は、彼女の歩みの終着点ではなく、次の作品へ向かうきっかけにもなったのです。

掲載元:ビクターエンタテインメント
2020年――違う曲調を、一つの声で引き受ける
2016年の経験を「Soup」だけで終わらせず、藤原は作品ごとに歌を置く場所を広げていきます。
2020年のアルバム『SUPERMARKET』には、Ovall、冨田恵一、VaVaら複数の作り手が参加しました。
フォークやジャズのイメージで知られた歌手が、ファンクやヒップホップなどを含む多様な曲調を一枚に収めます。
「Super good」もその中の一曲です。
後年、藤原は、作り手も曲調も違う曲をアルバムに収める際、まとまるかどうかをディレクターへ相談した経験を語っています。
そこで伝えられたのは、彼女の声で歌えば彼女の曲になる、という考えでした。
高い声や別の声色に合わせて作品を統一するのではなく、自分の声を軸に違う音楽へ入っていく。
2015年に教わった「声の持ち味」は、ここでは曲を選ぶための制限ではなく、曲の幅を広げる支えになっています。
2022年――昔の曲を、今の自分で歌い直す
2022年のEP『まばたき』には、過去の曲を弾き語りで録り直した音源が入っています。
当時は弾き語りツアーを回っており、初期の曲を聴きたいというファンの声も届いていました。
インディーズ時代の作品はまだサブスクリプション配信されていなかったため、今の演奏で聴いてもらう入口を作る意味もあったのです。
その一つが、2014年の自主制作アルバム『full bloom』に収めた「ラタムニカ」です。
若い日の曲を懐かしいまま保存するのでなく、弾き語りのツアーを続けている現在の藤原がもう一度歌う。
本人は、この形なら今の気持ちをよりシンプルに届けられると話しました。
同じEPに入った「わたしのLife」は、2022年にYaffleの作ったトラックから生まれた曲でした。
ギターで作った曲ではなかったからこそ、弾き語りで演奏すると面白く変化した、と藤原は話しています。
ツアーを回る間に育ったその形を、新しい録音にも残しました。
再録は、昔を振り返る企画だけでなく、今のステージで見つけた歌の形を記録するものでもあったのです。
「わたしのLife」――2022年3月のオリジナル版。
「わたしのLife」――同年11月のアコースティック版。
一方、「Just the way we are」は伴奏を作り替える再録ではありません。
2017年にアニメの映像に合わせて書いた曲を、元の音源に新しく歌を入れる形で、2022年のEPへ収めました。
本人は、この方法で自作曲を歌い直すのは初めてで、当時とは少し違う歌声で新たな色を加えられたと述べています。
編成を変えて曲を捉え直すことと、同じ伴奏へ今の声を置くこと。
一枚の中で、過去の歌に戻る二つの方法を試していました。
2024年――生演奏の輪の中で歌い、いったん休む
アルバム『wood mood』では、ドラマーの石若駿を中心とした演奏家たちと、生の楽器を同時に録ることを考えました。
藤原は、高校時代から親しんだジャズやワールドミュージックへ、あらためて向き合いたかったと話しています。
2015年に自分の声と一緒に見つけた音楽が、2024年には一緒に演奏する人たちとの作品になりました。
曲によっては、テンポの目安となるクリック音を使わずに録音しています。
デビュー作にも生楽器でセッションするように作った曲はありましたが、当時は望む音をうまく言葉で説明できなかったと藤原は振り返ります。
経験を重ねた今は、同じ好みを持つだけでなく、そのイメージを共演者へ伝え、作品にするところまで進めるようになったのです。
「my dear boy」では、クラリネットやフルートが加わり、最初のデモから大きく景色が広がったと話しています。
一人で考えた歌を完成形に固定せず、演奏家の音を迎えて育てる。
それが、このアルバムで自分の声を生かす方法でした。
ところが同年初夏、藤原は耳と発声の不調によって歌唱を伴う活動を休みます。
2025年の取材では、音程を外すことへの不安から人前で歌うのが怖くなった時期があったとも明かしました。
音楽を仕事として考える重さと、声を思うように使えない不安があったと、本人は当時を振り返っています。
2025年――「Angel」で、気負わずに歌を再開する
歌唱を少しずつ再開したのは2025年4月です。
同年6月の「Angel」で、藤原は『wood mood』をともに作った石若と再び組みました。
本人は、石若らが力まず音楽を楽しむ姿に触れ、自分の視界が開けたと振り返っています。
休む前と同じ声を取り戻したという単純な話ではなく、続けるために音楽との距離を見直した時期でした。
藤原は後の取材で、自分は必要以上に力を入れ、「こうしなければ」と考えすぎていたと話しています。
自分の努力だけでは変えられないこともあるなら、受け止め方を変えてみる。
そう考えるようになったことを、長く音楽を続けるための気づきとして語りました。
「Angel」での共演も、そうした向き合い方を実際の制作へ持ち込む機会になっています。
2026年――低い声を、誰かの声と重ねる
『uku』収録の「だって ずっと このまま? feat. 上白石萌音」で、藤原は自分が低い音域を歌い、上白石が一オクターブ上を歌う形を選びました。
藤原は、自分の作品でデュエットするのは初めての挑戦で、自分に足りないところを相手に補ってもらう感覚があったと語っています。
この作品では、歌以外にも他者へ委ねる場面がありました。
ギターやピアノなどで作った元曲を石若へ送り、望むリズムや雰囲気を伝えると、自分だけでは再現できない形になって返ってくる。
消してほしいと思ったデモのギターが、ほかの音と混ぜるとよいと判断され、そのまま使われることもあったそうです。
一人では不足や粗さに見えたものが、誰かと組み合わせることで曲の一部になるという経験です。
高いキーを無理して歌っていた高校生が、十年以上たって、高い音域を他の歌い手に託す。
それは高音を「失った」という意味ではありません。
一人で全部を引き受けなくても、一曲を作れるようになったという制作上の選択です。
低い声を直すべき欠点として見ていたころから、低い声を他の声と組み合わせて生かす現在へ。
声そのものを評価する言葉より、その声で何をするかが変わってきました。
「Soup」で普段の歌い癖をどう抑え、役の言葉に合わせたかは、藤原さくらの歌い方で詳しく扱っています。
ここでたどったのは、同じ声の役割が作品とともに変わってきた道のりです。
藤原は今も、自分の低い声を生かしながら、誰かの声が加わる余地を作っています。







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