二葉百合子の歌は、節回しの華やかさと、台詞で人物の思いを伝える力が結びついています。
「岸壁の母」の母親を演じる声も、長い物語を語る声も、その土台として本人が大切にしてきたのは、おなかからしっかり声を出すことでした。
声を整える準備、稽古で変わるこぶし、登場人物の心をつかむ教えから、二葉の歌い方を見ていきます。
「岸壁の母」―『二葉百合子全曲集~岸壁の母~』(2022年発売)収録音源
歌も台詞も、おなかからしっかり声を出す
2025年の取材で語ったのは、喉の先からふわっと声を出すだけでは、聴く人に響かないという考えです。
二葉は歌、語り、浪曲の節を挙げ、それらに共通する発声の土台を説明しています。
「岸壁の母」には、旋律を歌う部分と、母の言葉を語る台詞があります。
歌から言葉へ移っても、客席へ伝える声の支えを失わないことを重んじているのです。
この意識は、父から受けた指導にもつながっています。
2014年のインタビューでは、結婚して独立し、テレビやラジオに出るようになった後も、父から声の出し方を注意されたと振り返りました。
仕事として歌えるようになっても、おなかから声が出ているかを問い直されていたのです。
本人の言う「おなかから」という言葉には、長い修業の中で受け継いだ、声の充実を確かめる感覚があります。
その教えは、弟子入りした坂本冬美の体験にも表れています。
坂本が2019年に語ったところでは、初めて二葉のもとを訪ねた際、浪曲の発声で声を出してみるよう促され、先生に続いて歌いました。
歌い方に迷っていた坂本を、まず一緒に声を出すところへ導いたのです。
二葉にとって発声は、細かな節の形を覚える前にも立ち返れる、歌の出発点だったと考えられます。
その日の声を確かめてから舞台へ出る
二葉の発声への意識は、本番前の準備にも表れています。
74歳のときの取材では、楽屋でおなかに力を入れて発声練習し、自分で納得してから出ると話していました。
頭の中で歌を覚えているだけではなく、その日の声を実際に出し、客席へ届けられる感覚を確かめていたのです。
2014年にテレビの歌番組へ出演した際も、オファーを受けてから毎日声を出して練習したと明かしています。
本人が気にしていたのは、声が十分に起きてこないことでした。
慣れた持ち歌であっても、舞台で使う声の状態を確かめ直す。
長年の経験を、その日の準備につなげていたことがわかります。
同じ年の別の取材では、弟子たちとの稽古を真剣勝負と表現しています。
教える側の二葉も、弟子の意気込みに負けないように大きな声で稽古すると話していました。
弟子の歌を聴いて助言することと、自分も歌って示すことが結びついているのです。
声を使う機会が、後進を育てる場にも、本人が歌と向き合う場にもなっていました。
録音どおりに固定しない、こぶしの表情
弟子たちは、稽古で二葉の歌を録音し、自宅で何度も聴いて覚え、次の稽古で披露します。
ところが、覚えた録音と先生の歌い方が少し違うことがあります。
二葉によれば、喉の調子がよいと、こぶしが自然にもう一回まわることがあるためです。
その違いを直して前回へ揃えるより、それぞれの個性で歌ってほしいと話しています。
ここには、節回しを教えるときの面白さがあります。
録音は覚えるための大切な手がかりですが、ある日に歌った形が、その後も守るべき唯一の形になるわけではありません。
声の調子によって生まれる動きも、歌の表情として受け止めているのです。
こぶしの回数だけを数えると、二葉が大切にする、その場で声を生かす感覚が見えにくくなります。

画像出典:写真掲載元
三味線と語る関東節も、音楽を加える歌謡節も教える二葉は、弟子が自分の個性を加えて歌うことを喜んでいます。
同じ先生に学んでも、歌い手の持つ声や表情まで一つに揃える必要はないのでしょう。
しっかり声を出す基礎を持ち、言葉と節を覚え、その人の歌へ育てていく。
二葉の稽古には、その両方を受け入れる幅があります。
「岸壁の母」の母親から、「梅川忠兵衛」の父親へ
物語を歌うには、声や節回しに加えて、誰の気持ちを伝えるのかという理解も必要です。
幼い頃の稽古を振り返った二葉は、父から物語の筋を示され、大人の気持ちになって演じるよう求められたと話しています。
当時の本人には、その意味をつかむこと自体が難しかったそうです。
声をまねることと、登場人物として言葉を発することには、隔たりがあったのです。
「岸壁の母」では、息子を待つ母の言葉が、歌の中に入ってきます。
台詞に移るところは、旋律に乗せてきた思いを、人物自身の言葉で受け取る場面ともいえます。
声の迫力に加えて、その人が何を待ち、何を願っているのかを感じ取ると、歌と語りのつながりが見えてきます。
二葉が担う役は、母親だけではありません。
2026年の番組紹介では、坂本冬美との「梅川忠兵衛」で、忠兵衛の父を演じる二葉の台詞と節回しが取り上げられました。
「岸壁の母」の印象から入った人にとっては、別の人物を受け持つ歌謡浪曲も、二葉の表現の幅を知る手がかりになります。
作品ごとに役を確かめることで、声の強さと、人物を描く語りの両方に目を向けられます。
上手さを誇るより、人物の思いを届ける
坂本冬美は2022年の文章で、二葉から受けた教えを振り返っています。
一曲歌うときも二十曲歌うときも同じ気持ちで、誠心誠意歌うこと。
上手さを見せつけようとして歌っても、よい歌には聞こえないという教えでした。
声や節回しを誇るより、聴いた人へ歌そのものを渡す姿勢が伝わってきます。
坂本は、二葉の声にある張り、圧、艶にも触れています。
身近で学ぶ歌い手が受け取っていたのは、大きさだけでは捉えきれない声の魅力でした。
よく通る力と、耳を引きつける質感の両方が、師の歌声の印象を形づくっていたのでしょう。
また、二葉の教えを通じて、少し学んだだけで芸をわかった気にならず、深く進めば新たな発見があるのだと坂本は受け止めています。
完成した形を一度覚えて終えるのでなく、歌うたびに学び直す。
同じ曲を長く歌い続ける姿勢にもつながる教えです。
「岸壁の母」を託すときも、二葉は坂本に、上手く歌うことより心で歌うことを求めています。
坂本が、戦争の経験もなく母の気持ちを表せるのかとためらった際にかけた言葉でした。
同じ経験を持たない歌い手が受け継ぐとき、まず大切にするのは何か。
二葉は、技術の再現だけでは届かない部分を、弟子に伝えていたのです。
力強い発声、自由に動くこぶし、人物の心を表す台詞は、聴き手へ物語を届けるために結びついています。
その日の声を整える準備も、歌への姿勢を問い直す稽古も、同じ目的へ向かっています。
「岸壁の母」に込める思いが、別れのつらさから感謝へどう変わったかは、二葉百合子の歌唱変遷でたどっています。







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