有村竜太朗の歌い方|繊細な声を支える、言葉と旋律の細かな選択

2025年、新しいソロ作品を語る有村竜太朗 シンガー
2025年、新しいソロ作品を語る有村竜太朗

有村竜太朗の歌には、近くでつぶやくような親密さと、バンドの音の中を漂う感触があります。
ただ、その印象だけでは、曲ごとの声の使い方まではわかりません。
高い旋律をどう捉えるか。
言葉をどこで区切り、どんな音として歌うか。
Plastic Treeとソロの具体例から、その繊細さを作る選択を見ていきましょう。

浮融/fuyuu(2016年・公式配信音源)

柔らかい声でも、前へ出る役割は変わる

有村の特徴として挙げられるのが、少し鼻にかかった繊細な音色です。
強いギターの音がある曲でも、声そのものの個性がバンドを印象づけます。
鼻にかかるというのは音色の特徴であり、それだけで歌っているときの身体の使い方が決まるわけではありません。

ソロの「浮融/fuyuu」では、激しく歪むギターに対して、歌声には儚い感触があります。
大きな音の中にある声が、楽器と同じ荒さになるとは限らない。
伴奏と声の質感が違うことで、歌の存在が際立つ組み合わせです。

その一方、Plastic Treeの「灯火」では、有村は自分らしさを強く歌に込めようとしました。
ピアノやアコースティックギターを用いた、普段とは違うアレンジの曲です。
さらりと歌えば誰が歌ってもよい曲になってしまうと感じ、声でバンドらしさを示そうとしたのです。
柔らかい音楽に合わせるときも、存在感まで薄めるとは限らないことがわかります。

高い音の難しさは、音程の高さだけでは決まらない

2015年の「スロウ」は、サビがかなり高い曲です。
有村も、言葉を当てはめてからその高さを実感しました。
それでも録音では、どう歌えばよいかをつかみやすかったため、キーには苦労しなかったと話しています。
高い場所を含む旋律でも、言葉と歌の運びが見えているかどうかで、本人が感じる難しさは変わるのです。

スロウ(2015年発表曲・公式MV)

対照的なのが、2020年の「十色定理」に収録された「あまのじゃく」です。
サビでは高い場所に声が漂い、それ以外は比較的低いという曲で、有村は歌を把握するまでに時間がかかったと振り返りました。
同じ高いサビでも、曲全体の中でどう歌うかをつかむ過程は異なっていました。

あまのじゃく(2020年・公式配信音源)

この二曲を並べると、有村の高音を単に「楽に出る声」と捉えるだけでは足りないとわかります。
高い一音へ届くことと、その前後を含めて一曲の歌にすることには、別の難しさがある。
本人の説明でも、焦点は最高音の数値より、曲の中で歌い方をつかめたかどうかに置かれています。

2018年、二作目のソロ作品を語る有村竜太朗
2018年、二作目のソロ作品を語る有村竜太朗。
画像出典:画像掲載元

つぶやく歌は、曲を書いた人の感覚に近づく

同じ「十色定理」の「月に願いを」では、佐藤ケンケンが作詞と作曲を担当しました。
有村は、作った本人の気持ちになって歌うことを意識しています。
Aメロのぼそぼそとした歌い方も、その曲に合うものとして佐藤と共有されていました。

2018年の「デストロイ」も、佐藤が作曲した例です。
題名から想像する激しさとは違い、求められたのは物語をそっと話すような歌でした。
佐藤は、その意図に沿って有村が仕上げたことを喜んでいます。
穏やかな声は、いつもの癖として置かれるだけではなく、曲が求める語り方として選ばれているのです。

逆に「scenario」の録音では、一人でブースにいながら、ライブ会場にいるように自然に歌えたと有村は話しました。
積み重ねた公演の経験から、その曲に何を求められているかがすぐにわかったというのです。
相手の感情へ近づく歌と、ステージでの感覚を呼び起こす歌。
同じ声でも、歌い始めるときに置く自分の立場は変わります。

歌詞を読む区切りと、歌う区切りを分ける

「いろつき」では、作曲した有村が、作詞を担う佐藤へ事前に希望を伝えています。
母音や子音を対応させたい場所、繰り返しや韻を置きたい場所がありました。
最終的な言葉は作詞者へ任せつつ、旋律にどのような響きを乗せるかという準備をしていたのです。

2024年の「シカバネーゼ」では、ナカヤマアキラの歌詞の区切りと、メロディーの区切りがずれる箇所がありました。
有村は、文章として読もうとするとかえって間違えるため、歌のリズムに合わせて捉え直すと説明しています。
制作の初期には、歌詞ができる前に「ラララ」で繰り返し歌い、歌う癖まで作っていました。
後から言葉が入っても、その音楽的な流れを手掛かりにできる状態だったのです。
繰り返し歌って作った流れと、作詞者独自の言葉の配置を、録音の前から擦り合わせていたことがわかります。

ここには、言葉を明瞭に読むことだけでは説明できない丁寧さがあります。
母音や子音の響きを揃えることもあれば、文章としては意外なところで区切ることもある。
大切なのは、声にしたときにその旋律の中でどう動くかです。
有村の少し不思議な言葉の残り方には、こうした準備と選択が関わっています。

シカバネーゼ(2024年・公式配信音源)

「Thirteenth Friday」では、意味がすぐ伝わる言葉より、呪文のような旋律になじむ英語を求めました。
はっきりした物語を語るだけでなく、言葉を響きとして音楽へ溶け込ませる選択もあるのです。

小さな声の表情を、伴奏との関係で届ける

2019年1月のソロ公演では、「恋ト幻」のアコースティック版を有村の弾き語りで始め、途中から仲間が加わりました。
まず一人の歌として差し出し、その後でバンドの音へ広げる流れです。
同じ曲の中でも、声を囲む音が変わることで、客席へ届く距離感が変わります。

2025年8月の新宿LOFT公演では、囁くような歌声まで鮮やかに届く状態がありました。
楽器同士の音の抜けや、会場へ出る音のバランスが、その表情を支えています。
小さな声の印象を考えるときには、有村の歌い方に加え、伴奏や音響との関係も欠かせません。

2025年8月15日、新宿LOFTで歌う有村竜太朗/写真:冨田味我
2025年8月15日、新宿LOFTで歌う有村竜太朗/写真:冨田味我。
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声を強めるだけが、歌を目立たせる方法ではない。
周りの音に余地があれば、つぶやきに近い表情にも耳が向きます。
有村の繊細さは、歌手だけが孤立して作るものではなく、周囲の音と組み合わさることで届き方を変えるのです。

「春光呪文」については、普段の自作曲ならサビで声を張りがちだが、この曲は違ったと本人が話しています。
張ることを当然とせず、曲の色に合わせて選ぶ。
控えめな声にも、歌をどう進めるかという判断があるのです。

漂う声と、客席へ放つ声を行き来する

2026年10月7日の東京キネマ倶楽部では、「≒engeki」で静けさと轟音の間を漂う歌唱を見せました。
続く「≒kagidokei」では、声はリズミカルに動き、曲中にはシャウトも入ります。
さらに「恋ト幻」では、甘くしっとりした歌へ。
一晩の中で、浮遊する感触、勢い、親密さが使い分けられていました。

どれか一つだけを有村の正解にすると、この幅は捉えにくくなります。
ぼそぼそと歌う曲では、その曲を書いた人の感情に寄り添う。
言葉の区切りが特殊な曲では、旋律の流れを身体になじませる。
熱のある演奏では、客席へ向かって声を放つ。
繊細な音色を保ちながら、曲ごとに声の役割を選び直すところに、有村竜太朗の歌の面白さがあります。

時期をまたぐ表現の変化は、有村竜太朗(Plastic Tree/ソロ)の歌唱変遷でたどっています。

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