早瀬ノエルの歌声の変遷|甘い歌への挑戦から、自分の言葉を届けるソロへ

2026年4月のソロ公演で歌う早瀬ノエル シンガー
2026年4月のソロ公演で歌う早瀬ノエル

FRUITS ZIPPERの最年少メンバー、早瀬ノエル。
かわいい曲を歌う姿と、ソロでロックを歌う姿の間には、どんな道のりがあったのでしょうか。
その変化をたどると、初めから自分に似合う歌い方が決まっていたわけではないことが分かります。
甘い歌にもラップにも手探りで挑み、録音した曲の歌い方もライブの中で動かしてきた人です。

自分で録っていた歌を、人前へ持ち出す

出発点にあったのは、動画サイトで出会ったボカロ曲でした。
「シャルル」や「ロキ」のカバーを入口に、友人からまふまふやそらるの歌を教わり、高校生のころには自分でも歌ってみた動画を作るようになります。
編集を誰かに頼むにも、お金や年齢の面で難しい。
機械に詳しい兄にも教わりながら、歌を録るだけでなく、動画に仕上げるところまで自分で進めました。

デビュー準備前は、コロナ禍でボイストレーニングに十分通えませんでした。
FRUITS ZIPPERの活動に向けたレッスンでは、一から学ぶ気持ちで指導についていったと振り返っています。
自宅で歌を録って作品にしてきた人が、今度はステージで歌うために教わる側にも回ったのです。

2022年のデビュー時の取材に掲載された早瀬ノエル
2022年のデビュー時の取材に掲載された早瀬ノエル。
画像出典:画像掲載元

2022年のデビュー後、本人が面白がっていたのは、アイドルならさまざまなことができるという感覚でした。
もともとは歌い手のライブに心を動かされ、ステージから客席の光を見てみたいと考えていた人です。
活動を始めてみると、かわいい衣装や歌だけでなく、かっこいい曲も歌える。
最初に思い描いていた音楽活動とは違っても、その幅を楽しんでいました。

2022年、力を込める歌もすでにあった

同年7月のお披露目リベンジ公演では、「We are Frontier」で早瀬がクールな歌唱を見せ、櫻井優衣、仲川瑠夏へと歌がつながっていきました。
甘さを前面に出す曲と、かっこよさで引っ張る曲。
デビュー直後から、グループの中には両方の居場所があったのです。
後年のソロ活動を、突然ロックに目覚めた出来事として捉えると、この初期の姿が見えにくくなります。

「RADIO GALAXY」では、曲の世界が明確だったので録音を楽しめたと話しています。
力強く歌う担当部分が好きで、ライブでも楽しみにしていました。
初期の録音を、すべて苦戦の時期としてまとめるのも違います。
曲に入り込めるときには、力を込めて届ける喜びをすでにつかんでいました。

2024年、かわいいソロと大人っぽいラップを試す

2024年の「末っ子パラドックス」は、最年少という立場を生かしたソロ曲です。
ロックの要素がありながら、歌詞には末っ子らしいかわいらしさがある。
本人にとって、その甘い方向は得意なものばかりではなく、挑戦するつもりで取り組んだ曲でした。
普段の印象をそのまま歌にするだけでなく、歌の中で別の自分を作ってみる段階に入ったといえます。

同じ年の仲川瑠夏とのユニット曲「Bye-Bye」では、主にラップを担うことも初めての経験でした。
本人は手探りだったといい、一緒に歌った仲川は、そのラップのかっこよさを高く評価しています。
役割を引き受けてみて、共演者や聴き手の反応から新しい強みが見えることもあるのです。

一方で、アイドルとして求められるかわいさに悩んだ時期もありました。
2025年には、好きな人の姿へ寄せようとして、自分の個性を消そうとしていたころを振り返っています。
髪型の変化とともに本来の明るさが戻ってきたという話は、声質の変化を説明するものではありません。
けれど、何を見せたらいいのか迷いながら表現を探していた背景は、甘いソロとラップの両方へ挑んだ姿を理解する手がかりになります。

2025年の取材に掲載された早瀬ノエル
2025年の取材に掲載された早瀬ノエル。
画像出典:画像掲載元

2025年、録音した歌をライブで育てる

「ぴゅあいんざわーるど」のラップでは、初期の録音に、レコーディングに慣れていなかったころの歌い方が残っていると明かしました。
ライブではその場の気分で表現を変えることもある。
録音に残った一度の歌い方が、その後も唯一の形になるわけではなかったのです。

同年には、音楽プロジェクトempty disc.の「プラトニックにね」に歌唱で参加しました。
ボカロPのあばらや、イラストレーターのぬごですが。との組み合わせで生まれた作品です。
理想の自分を見せたい気持ちと、隠しきれないずるさが揺れる曲を、一人のシンガーとして担う。
グループでの役割や年齢を題材にした歌から、別の作り手が描く人物の気持ちへと、表現の場が広がりました。

2026年、ソロの舞台で自分の言葉を歌う

2026年4月7日、初のソロワンマンライブ「Head above Clouds」を開催。
自ら作詞作曲した同名曲を、アコースティックギターとともに披露しました。
心ない言葉への葛藤から一晩で作った歌です。
用意された人物像を引き受けるだけでなく、自分の中で起きたことを自分の言葉で渡す番になりました。

その一週間後、ソロのデジタルシングル「メガフォン」を発表します。
自分への不安や押し込めた本音を抱えながら、先へ進もうとするロック曲です。
グループのメンバー盤で歌ったソロ曲や、外部プロジェクトへの参加を経て、個人名義で送り出す作品が形になりました。
ここでは、歌の表情を選ぶことと、何を歌にしたいかを決めることがつながっています。

そのとき目指していたのは、ひたすら元気づける歌ばかりではありません。
オリヴィア・ロドリゴの音楽に救われた早瀬は、落ち込んだ人のそばにいて、少しの時間を楽しくできる音楽も届けたいと考えるようになりました。
明るい姿を見せることと、明るくなれない気持ちを歌うこと。
どちらも自分の表現として引き受けられるようになったところに、このソロ活動の大きさがあります。

早瀬ノエルの歩みには、かわいい歌からかっこいい歌へ一直線に移った、というだけでは収まらない面白さがあります。
初期から好きだった力強さがあり、途中で挑んだ甘さがあり、ライブの中で変えてきたラップがある。
その経験を持って、自分の気持ちを作品にする場所まで進んできました。
増えてきたのは肩書きだけでなく、声に託せる自分の姿なのです。

曲ごとの声の選び方は、早瀬ノエルの歌い方で掘り下げています。

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