さかいゆうの歌い方|きれいな声で歌えるのに、何度も歌い直す理由

ソファに座るさかいゆう さかいゆう
2022年のインタビュー掲載写真/ヴォーカル・マガジン・ウェブ

さかいゆうの透き通った声には、最初のひと声で耳を引く華やかさがあります。
その持ち味があっても、2022年のカバー「SPARKLE」は、部分的な録り直しを含めて何百テイクにもなりました。

声がきれいに出ることと、その曲に似合う歌になることは、別々に考える必要がある。
彼の録音や共演の話をたどると、澄んだ高音の奥にある、そんな歌い手の判断が見えてきます。
情感を足さないことも、普段の自分らしい声から離れることも、そのための選択です。

透き通った声にも、厚みの選択がある

同じ音程でも、細く軽やかな声と、厚みのある声では印象が変わります。
さかいは、声の低い成分を控える歌い方を「ローカット」と呼び、歌詞に合わせて使っています。
低い音程を避けるという意味ではなく、声の響き方の話です。

昔の「Room」では低い成分を使わなさすぎた、と本人は感じるそうです。
それでも平井堅は、その歌い方を気に入っているといいます。
聴き手にとっての繊細さが、本人には、もっと別の声でも試したいと思わせる。
持ち味を生かせた録音にも、次の歌い方を考える余地が残っています。

あえて感情を込めない「いつもどこでも」

2015年のインタビューで話すさかいゆう
2015年のインタビューより。
撮影:田中一人/CINRA

声の厚みだけでなく、どこまで感情を表に出すかについても、さかいにははっきりした好みがあります。
彼が惹かれるのは、感情を過剰に説明せず、淡々と歌う表現です。
Radioheadのトム・ヨークについて語ったときにも、声に無理な表情をつけず、自然に聴こえるところを挙げていました。

淡々と歌うと、聴き手には何も伝わらないのではないか。
そう思うかもしれませんが、歌手が一つひとつの言葉に強い感情をつけなくても、歌詞や旋律には、もともと気持ちを伝える働きがあります。
歌い手がすべてを説明しようとせず、その言葉をそのまま聴かせる方法もあるわけです。

冨田ラボの「いつもどこでも feat. さかいゆう」では、まさにその方法を選びました。
本人は、この曲には思いを込めすぎないほうがよいと考え、文字に書かれたことをそのまま歌うつもりで臨んだと話しています。
自作曲を自分で仕上げるときとは立場も違い、ここでは冨田ラボの音楽に招かれた歌手です。

これは、歌う気持ちが薄かったという話ではありません。
言葉を強調したり、大きく感情をつけたりする前に、この曲ではどれほどの表情が必要なのかを考えた、ということです。
さかいが歌いすぎずにいることにも、その曲を理解したうえでの選択があります。

ヒップホップの曲で、むしろ優しく歌っていた

さかいの歌を一曲だけ聴いて、ほかの曲での声を想像すると、少し意外な組み合わせに出会うかもしれません。
2015年の『さかいゆうといっしょ』は、KREVAやRHYMESTER、秦基博らとの共演を集めたアルバムです。
過去の共演曲を年代順に並べたことで、本人も声の違いに気づきました。

ヒップホップ色の濃い前半では優しい声で歌い、ポップな曲が並ぶ後半では、かえって男らしい声になっていたというのです。
強いビートの曲には強い声、親しみやすいポップスには柔らかい声、という単純な対応にはなっていませんでした。

この話を、ジャンルごとの歌い分けの決まりとして受け取るのも違うでしょう。
曲だけでなく録音時期も異なる作品を、並べて初めて見つけた変化だからです。
ただ、さかいの声を「透明感のある声」という一種類のイメージだけで捉えると、こうした共演曲の面白さを見落としてしまいます。

さらに、一緒に演奏する人によって、リズムの感じ方も変わります。
さかいは、一人で全部の音を録ると演奏が揃いすぎる一方、複数の人が加わると、リズムの微妙な違いから心地よいノリが生まれると説明しています。
歌だけを抜き出して比べるより、周りの演奏と一緒に聴いてこそ、その違いも分かります。
声がよく響くことに加えて、一曲全体で気持ちよく聴けることを大切にする人なのです。

「いつものさかいゆう」では完成しなかった

冒頭の「SPARKLE」は、山下達郎の曲をorigami PRODUCTIONSのメンバーとカバーしたものです。
「薔薇とローズ」を歌うときの自分では足りないと感じ、録り直しが続きました。

どこが違うのかについて、本人は「ストーリー」を歌うときの声では、曲の終わりで伸ばす歌が出てこなかったとも説明しています。
一つのフレーズがうまく歌えても、その声で最後まで曲を形にできるとは限らない。
歌い出しの印象だけでなく、長く声を保つ場面まで含めて、曲に合う歌い方を探していたのでしょう。

さかいは、この判断を、歌う自分とプロデュースする自分のやり取りにたとえています。
歌い手としてはうまく歌えたと思っても、作品を仕上げる立場の自分が納得しない。
録音の回数が多いのは、同じ正解へ近づこうとしたからだけでなく、どの声なら面白い作品になるのか、聴き直して判断していたためでもあります。

別の曲で魅力的に響いた声を、そのまま当てはめても満足できなかったのです。
淡々と歌うことも、何度も歌い直すことも、声を目立たせる以上に、一曲に似合う表現を求める姿勢から理解できます。

ピアノの前では、声が楽器にもなる

鍵盤を弾きながら歌うさかいゆう
2026年3月1日、新宿MARZでの公演。
撮影:MAYUMI/音楽ナタリー

録音では細かく歌い直す一方、ライブのさかいは、その場で音楽を組み立てる自由さも持っています。
ピアノの弾き語りと聞くと、伴奏の上で美しい声をじっくり聴かせる姿を思い浮かべるかもしれません。
実際のステージでは、声の役目そのものが変わることがあります。

2010年の渋谷クラブクアトロ公演では、シャーデーの「Kiss of Life」を歌う際、口で作ったリズムを録音し、それを繰り返し流しながら音を重ねました。
自分の声や鍵盤を加え、一人で伴奏を組み立てながら歌う演奏です。
歌声は完成した伴奏に乗るだけでなく、曲を動かすリズムの一部にもなります。

2013年の弾き語り公演では、「Alfie」の間奏で声をトランペットのように使う場面もありました。
同じ口から、歌詞を伝える声と、楽器に代わる音が出てくる。
声の高さや美しさだけを追うのとは、また違った楽しみ方ができる場面です。

そうした自由さは、観客とのやり取りにも向かいます。
2026年3月の新宿MARZ公演では、「ストーリー」の歌詞を、その日のライブに合わせて言い替えていました。
録音の歌い方をなぞるだけで終わらず、今そこにいる人へ向けて歌を変えていくのです。

さかいゆうの歌い方を知る面白さは、美しい声を出せる人が、それだけで満足していないところにあります。
「いつもどこでも」では感情を足さず、「SPARKLE」では自分の得意な歌い方にも納得しなかった。
ライブでは、その声がリズムや楽器の音にまで変わります。
何度も歌い直すのは、もっと華やかに聴かせるためとは限らないのです。
声の美しさを味わいながら、この曲ではどんな歌い方を選んだのかも聴いてみると、彼の一曲一曲がいっそう違って聴こえてきます。

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