周深の歌唱変遷|「大鱼」の透明感から、声を変えて物語を生きる歌へ

周深(2016年の取材記事に掲載された『中国好声音』の写真) シンガー
周深(2016年の取材記事に掲載された『中国好声音』の写真)

周深(ジョウ・シェン/Zhou Shen)の歌声を思い浮かべると、まず「大鱼」の澄んだ響きが浮かぶかもしれません。
けれども、その印象のまま後年の歌に触れると、人物ごとに声を変える楽しさや、ロックの激しさに驚かされます。
彼は、自分の声に似合う歌を大切にしながら、似合わないと思った歌にも挑んできました。
その歩みは、透明な声が別の声へ置き換わった歴史というより、一つの音色に決めつけられていた人が、歌える人物や感情を増やしていく過程として見るとよく分かります。

自分に合う声の学び方を探した

ウクライナでの留学中、周深は歯科の勉強から音楽へ進みました。
本当はポップスを学びたかったものの、進んだ学校で学べたのは美声、つまりクラシックの声楽でした。
当初は遠く感じていたオペラも、劇場で接すると、歌われている物語が生活に近いことに気づいたと振り返っています。

学び始めてすぐ、順調だったわけではありません。
最初の指導が声に合わず、歌えない時期もあったといいます。
そこで別の教師の授業に通い、その方法なら声を使う感覚が楽だと感じて、師事を願い出ました。
声楽の習得は、声を大きく強くするだけの道ではなく、自分に合う方法を探す道でもあったのです。

2014年の『中国好声音』を経て人前で歌う機会が増えても、声への先入観は残りました。
2016年に『蒙面唱将』へ参加した理由として、本人は、姿や名前を知らない人が歌そのものに関心を持つか確かめたかったと話しています。
この頃は、自分の声は曲を選ぶとも考えていました。
身近に語りかける李宗盛の歌は難しく、少し遠くの世界を感じさせる作品のほうが似合う、という自己認識だったのです。

周深(左)と那英(2016年の取材記事掲載写真)
周深(左)と那英(2016年の取材記事掲載写真)。
画像出典:画像掲載元

2016〜2017年、「大鱼」で学びと個性が結びつく

2016年の「大鱼」では、透明な声と声楽の経験が一つの作品に結びつきました。
制作に携わった尹約は、終盤にクラシックの発声による吟唱を加え、周深が自分自身と歌い交わす構成にしたと説明しています。
翌年の初アルバム『深的深』でも、童話を思わせる「玫瑰与小鹿」など、声の異なる長所を曲ごとに引き出そうとしていました。

同じアルバムの「浅浅」では、終盤にアリア「人知れぬ涙」の一節をイタリア語で歌っています。
ピアノは錢雷の即興演奏を生かし、ポップスの曲の中へクラシックの響きを招き入れる作りでした。

この時期の作品を、高い声を披露する歌としてまとめてしまうと、制作の面白さを見失います。
声の透明感を物語へ結びつけることと、学んできた声楽を曲の終盤で生かすこと。
その両方が組み合わさって、周深の名前と結びつく歌の世界が形になっていきました。

2018〜2019年、得意な印象の外へ出る

2018年の『声入人心』への参加には、久しく本格的に歌っていなかった声楽へ挑む不安もあったそうです。
「Memory」を歌いながら、目標として語ったのは、ポップスの要素を声楽へ溶け込ませることでした。
サラ・ブライトマンのように両者を結びつける歌に、自分との相性を感じていたのです。

「Memory」の人物が、仲間に受け入れてもらおうとする心情にも、周深は自分の経験を重ねていました。
声楽の技術を試す場面が、同時に、自分の切実な気持ちを歌う場面になっていたわけです。

「Memory」/『声入人心』(2018年)

2019年の『我们的歌』では、李克勤との共演が新しい学びをもたらします。
総監督の陳虹は、当初懸念された調性や唱法の違いが、実際には補い合う関係になったと説明しています。
「月半小夜曲」の準備では、李克勤が広東語の発音を直し、周深がメモを取って練習しています。
自分一人で曲を完成させるのとは違う、相手と言葉を合わせて歌を作る経験でした。

2020〜2021年、似合わないと思った曲にも声を合わせる

2020年の『歌手・当打之年』で歌った「达拉崩吧」は、その幅を鮮やかに示した一曲です。
もとは音声合成の歌手のために作られた作品で、周深は複数の登場人物を歌い分けました。
物語の進行に合わせて、歌う声そのものが次の役へ移っていく見せ場です。

「达拉崩吧」/『歌手・当打之年』(2020年)

2021年、本人は初期との違いを具体的に語っています。
最初は抒情的な仕事が多く、それが自分に向く歌だと思うようになった。
ところが、自分の音域や言葉の発し方に合わないと感じる依頼も引き受け、作品に合わせて調整することを覚えたというのです。
同年の「我们一起闯」では、複数の言語を使い、動きながら歌う課題にも取り組みました。

2021年の「光亮」にも、その柔軟さが表れています。
ドキュメンタリー『紫禁城』のための曲ですが、周深が受け取ったデモは予想とは違うものでした。
高揚する歌に京劇の語りや歌唱を交え、電子音や打楽器と伝統的な表現が共存する作品へ仕上げています。

初期には、声に合う曲を選ぶことが大切でした。
この時期には、曲に合わせて声の使い方を探すことも、自分の歌を作る方法になっています。
違うジャンルへ移るたびに以前の得意分野を手放す必要はなく、抒情歌の隣に、人物を演じる歌や躍動する歌が並ぶようになりました。

2024年、完璧な声の印象から踏み出した『反深代词』

2024年の『反深代词』では、声の選択と本人の心構えがさらに結びつきます。
「请我不改」は、錢雷から曲を受け取ったとき、別の人への曲ではないかと思ったほど、ロック色の強い作品でした。
そこに低く荒々しい歌を持ち込み、従来の優美さとは違う表情を見せています。
本人はこの年、整った響きの追求から、巡演での予期しない出来事も楽しむ方向へ変わったと語りました。

「请我不改」LIVE MV(2024年)

「请我不改」は、同年9月にアルバムの一曲として発表され、北京の鳥の巣公演でも披露されました。
同じアルバムには、人生をやり直す想像を描く「重启」、人の心を理解しようとする小さなロボットの視点を持つ「警报」もあります。
透明感を生かす曲だけでアルバムを組まず、異なる人物や感情へ声を向ける作品群になっていました。

周深(2024年の取材記事掲載、本人提供写真)
周深(2024年の取材記事掲載、本人提供写真)。
画像出典:画像掲載元

ここで起きた変化は、声が荒くなったという一方向の話ではありません。
作品に必要なら、きれいに整う声以外も使う。
そして、その声を選んだ自分を聴き手の前に出す。
初期から続けてきた挑戦が、アルバム全体の多様さとしてまとまった時期と捉えられます。

新しい曲へ進んでも、「大鱼」は終わった歌にならない

2025年のEP『小深情』について、本人は『反深代词』との視点の違いを説明しています。
自分の内側を探っていた前作に対して、今度は自分の外へ出て世界を見る作品になった、という変化です。
一方、巡演で何度も歌う「大鱼」には飽きていないとも話しています。
前奏が流れるたびに緊張し、その曲が自分に持つ意味を感じるそうです。

2026年には、広東語のオリジナル曲「月亮桥」でも新たな難しさに向き合いました。
装飾音や音の動きが言葉の意味を変えてしまうため、録音では細部を繰り返し確かめたといいます。

同年の「湾区升明月」では、許茹芸の「泪海」も歌っています。
古い歌を歌い直すことを、本人は、当時の自分を振り返り、今の世代の心情も伝える機会と考えていました。
新しい作品だけが現在の周深を表すのではなく、よく知られた曲へ今の思いを託す歌も、活動の一部になっています。

周深の変遷をたどると、経験を重ねて何でも簡単になった、という結末にはなりません。
声に合う曲を見つけた人が、曲へ声を合わせる方法を覚え、さらに新しい言葉や感情に出会っている。
「大鱼」の周深と、ロックを歌い、人物を演じる周深は、その長い試行錯誤の中でつながっています。

息を含む声、声楽の響き、役ごとの音色や言葉の扱いは、周深の歌い方で具体的に掘り下げています。

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