ジェラルド・ウェイの歌声の変遷|自分の声を知った初期から、人物を演じ、別の声を試すまで

2025年9月、フェンウェイ・パークで歌うジェラルド・ウェイ(撮影:Josh Reynolds) シンガー
2025年9月、フェンウェイ・パークで歌うジェラルド・ウェイ(撮影:Josh Reynolds)

ジェラルド・ウェイの歌声は、作品が変わるたびに、誰として歌うのかも変わってきました。
録音された自分の声を初めて発見した初期。
『The Black Parade』の登場人物を引き受けた時期。
ソロで高い声や低い声を試し、さらに別のバンドの曲で激しい叫びを担った時期。
その歩みをたどると、荒々しい声が次第に整った、という一本の線には収まりません。
変化の中心にあるのは、完成した歌手像を守ることより、その曲を歌うための自分を探す姿勢です。

2002年、自分の声を初めて知る録音

ジェラルドは、My Chemical Romanceの最初のアルバムを振り返り、録音ブースで初めて自分の歌声とバンドの音を知った感覚を語っています。
後の代表曲で知られる声も、本人にとっては、最初から完成形が見えていたわけではありませんでした。

2002年の『I Brought You My Bullets, You Brought Me Your Love』は、短い制作期間で録音されました。
制作に先立つ「Vampires Will Never Hurt You」の歌唱は、そのままアルバムに使われています。
ジェラルドは後に、磨き上げる前の状態が残ったこの作品を大切に思うと話しました。
完成後の本人が評価したのは、整っていない部分を含め、その時にしか残せなかった姿だったのです。

2004年、感情が届く曲の形を見つける

『Three Cheers for Sweet Revenge』では、プロデューサーのハワード・ベンソンと組みました。
ベンソンは持ち込まれた録音の末尾にあった言葉へ着目し、そこを中心に曲を書くよう促したと振り返っています。
それが「I’m Not Okay (I Promise)」につながりました。
激しい思いを抱えていることと、その思いが相手へ届く曲にすることの間に、制作側とのやり取りがあったわけです。

ベンソンは「Helena」についても、当時すべての背景を把握していたわけではないのに、ジェラルドの歌いぶりから伝わるものがあったと回想しています。
細かな説明を先に渡さなくても、歌う人物の切実さが届く。
この時期の声を考えるうえで、制作に立ち会った人のその受け止め方は、大きな手掛かりになります。

2006年、登場人物を身近に感じさせる声へ

『The Black Parade』で、歌う立場はさらに複雑になります。
中心にいるのは、死に向き合うPatientという人物です。
ジェラルドはこの作品の歌唱について、その人物をもっと身近に感じられるようにしたかったと説明しました。
アルバムには複数の登場人物がいますが、歌の中心となる視点はPatientにあります。
ここで重視されたのは、その人物の言葉を、どう身近に感じさせるかという課題でした。

「Mama」にはライザ・ミネリが参加しました。
ジェラルドが求めたのは、自分の声へ返事をする相手です。

この変化を、単に大げさな歌い方になったと捉えると、肝心な点が抜け落ちます。
歌う本人の興奮を伝える場面と、物語の人物に近づいてもらう場面では、声が担う役割が違います。
衣装や舞台の規模が大きくなっただけでなく、声の向こうに誰がいるのかを設計するようになったことが、この作品の転機です。

2010年、歌を完成させてから録る順序が変わる

『Danger Days: The True Lives of the Fabulous Killjoys』では、制作の進め方も変わりました。
ロブ・カヴァロが語る『The Black Parade』は、スタジオに入る前に多くの曲が書かれていた作品です。
一方、『Danger Days』では、スタジオで音を組み立てながら曲を作りました。
新しい旋律や言葉が生まれた時に録音を始め、制作中の発想を曲の一部へ変えていく方法です。

録音技師のダグ・マッキーンも、ジェラルドが歌詞を書いて間もなく歌を録る様子を伝えています。
この時期の歌は、あらかじめ出来上がった役を再現するだけでなく、音楽が形になる現場で生まれていました。

ジェラルド自身、以前の自分たちの姿を大切に語り続けるだけでは成長できないと考えていました。
大きな成功を収めた『The Black Parade』も、次の作品を縛る理想像にはしなかったのです。

2014年、ソロで高低と裏声の使い道を広げる

2014年のソロ作『Hesitant Alien』では、バンド以前から好んでいた英国の音楽などが前に出ました。
ソロのためにMy Chemical Romanceを終わらせた、という順序ではないと、本人は説明しています。
かつて聴いていた音楽を、自分の名義で作り直す機会になったのでした。

2014年『Hesitant Alien』の取材に掲載されたジェラルド・ウェイ(画像:WMG)
2014年『Hesitant Alien』の取材に掲載されたジェラルド・ウェイ(画像:WMG)。
画像出典:画像掲載元

ジェラルドは、大きく盛り上がるサビを書くことにはすでに慣れており、その習慣から離れる方が難しかったと話しています。
以前の自分を思わせるほどサビが大きい、という理由でアルバムに入れなかった曲もありました。
ソロの変化は、バンドの規模を小さくすることではなく、歌で盛り上げる得意な方法を、あえて選び直すところにあったのです。

このアルバムについてジェラルドは、高い声と低い声を以前より試せる音楽だったと話しています。
以前から使ってみたかったファルセットも、その一つでした。
最初は歌い方を思い描くことも実際に歌うことも難しかったものの、ライブを重ねる中で楽に感じられるようになったと振り返っています。

作品の方向が変わったことで、声を試す余地ができ、その歌を繰り返すことで扱いやすくなる。
ここには、先に万能な技術を完成させてから曲へ当てはめるのとは違う成長の順序があります。
本人が語ったのは、音域の数値の更新ではなく、新しい音楽の中で高低を使う経験でした。

一方、「Zero Zero」には、2012年のデモで録った歌が一語を除いて残されています。
新しい表現を探すアルバムでも、すべてを後から歌い直したわけではありません。
制作を進めた後にも、最初の歌唱を完成盤へ残す選択がありました。

2022年以降、叫びにも、再演する人物にも新しい居場所ができる

2022年に発表されたIbarakiの「Rōnin」では、ブラックメタルの叫びを担いました。
マット・ヒーフィーとの交流は以前からあり、極端なメタルのギター奏法について話したことが、参加を頼む機会になったといいます。
ヒーフィーは、それまでジェラルドがこの様式で叫ぶのを聴いたことがありませんでした。
よく知る歌手にも、まだ作品に現れていない声の使い道がある。
この共演は、その可能性を具体的な録音にした例です。

My Chemical Romanceが2022年に発表した「The Foundations of Decay」でも、声の置き方は話題になりました。
歪みを伴う歌声が伴奏の奥へ置かれ、言葉を明瞭に前へ出した従来の印象との違いが受け止められています。
これは録音全体の仕上げも含む違いで、声の能力がそのまま変化したことを示すものではありません。
ソロを経た後のバンドでも、同じ声を同じ位置へ戻すだけの再開にはならなかったのです。

2025年の『The Black Parade』再演では、昔の作品を新しい舞台設定へ置き直しました。
9月のフェンウェイ・パーク公演では、架空の独裁者のもとで演奏するバンドとして登場し、ジェラルドは誇張した口調も交えて人物を演じています。
休憩後には衣装と役柄を離れ、観客へ気さくに話しかけながら別の曲を歌いました。
同じ夜の中で、演じる歌手と普段の話し方へ戻る歌手を行き来したのです。

2025年9月、フェンウェイ・パークの舞台に立つジェラルド・ウェイ(右、撮影:Josh Reynolds)
2025年9月、フェンウェイ・パークの舞台に立つジェラルド・ウェイ(右、撮影:Josh Reynolds)。
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ジェラルドの変遷を結ぶのは、ひとつの完成した声へ近づくことではありません。
初期の歌を残す判断、物語の人物として歌う判断、ソロで使う高さを広げる判断が、それぞれの作品にあります。
叫びも裏声も、昔の自分へ戻る印ではなく、新しい曲に参加するための選択になり得る。
その声が今度は誰の言葉を担っているのか。
そこに耳を向けると、作品ごとに姿を変えてきた歩みが、歌い手自身の探究としてつながってきます。

曲や場面ごとの声の選び方は、ジェラルド・ウェイの歌い方で掘り下げています。

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