towanaは、もともとR&B的な歌が好きでした。
それでも、fhánaで歌う自分の声には合わないと思っていたといいます。
その思い込みがほどけたのが、2023年の「Spiral」です。
デビュー曲を歌い直すと、初めて録音した頃とは違う楽しさが声に残った。
同じ曲に、異なる声の表情が残っていく。
歌い手としての変化は、そうした制作の場面から見えてきます。
2013〜16年、90秒で届く歌を覚える
towanaがfhánaに関わり始めたのは2012年。
最初はゲストとしての参加で、そのまま一緒に活動を続けるとは思っていませんでした。
2013年、「有頂天家族」のエンディング主題歌「ケセラセラ」でメジャーデビューします。
アニメ主題歌では、短い時間で聴く人の印象に残すことが求められました。
本人は、90秒の中で届くよう、ときには表現を派手にする必要があり、歌い方が変わったと説明しています。
初めは佐藤純一の注文に迷うこともありましたが、曲を重ねるうちに、どこで何を求められているかがわかるようになりました。
自分の好きなように歌うところから、作品の中で声が果たす役割を考えるところへ進んだのです。
さらに大きかったのが、初のワンマンライブと、その後のツアーでした。
初アルバムを作るときは、時間に追われて必死だったというtowana。
その歌を待つ人たちを目の前にすることで、fhánaとしてどう歌いたいのかが少しずつ見えてきます。
2016年の2作目『What a Wonderful World Line』を制作する頃には、自分でも表現の幅が広がったと感じていました。
2017年、デビュー曲を歌い直した声に残ったもの
「青空のラプソディ」は、歌を続ける自信を支えた曲でもありました。
思うように歌えない時期があり、喉のポリープの手術も受けました。
その後、この曲が多くの人へ届いた。
towanaは後年、そのことを歌い続けてよいのだと感じられた出来事として振り返っています。
同じ2017年の「ケセラセラ 先斗町Ver.」では、デビュー曲を別の歌い方で録音しました。
楽器と一緒に歌い、よい部分を継ぎ合わせず、一つのテイクを使った録音です。
間奏のフェイクは、楽しさから自然に出たもので、本人は完成するまで採用されたことを知りませんでした。
佐藤は、デビュー当時にはできなかった録音だと振り返っています。
曲を覚えて正確に届ける段階から、バンドと歌うその場の楽しさまで作品に残せる段階へ。
同じ曲の再録だからこそ、その違いがはっきりしています。

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一方、「青空のラプソディ」と同じシングルの「現在地」では、あえて歌い慣れた感じを抑えました。
towanaが目指したのは、衝動を持って歌うバンドのボーカルのような表現です。
技巧を足していくばかりでなく、身につけたものを減らす選択もできるようになっていました。
2018年、作詞が録音前の歌い込みになった
『World Atlas』に収録された「ユーレカ」は、初めて自分で歌詞を書いた曲です。
言葉と旋律がなじむよう、何度も歌いながら作ったため、録音の前に十分歌い込めていました。
ライブで歌い続けてから表情が育つことはあっても、録音の時点から思いどおりに歌えたのは新鮮だったといいます。
作詞は、語りたい内容を増やすだけでなく、歌を自分のものにする時間も変えたのです。
本人は「ユーレカ」を、都会へ出てきた人物を思い浮かべて書きました。
以前から、ここには自分ならこういう言葉を置きたい、と考えることがあったそうです。
決められた言葉の表現を探す役割に、自分で言葉を選ぶ役割が加わりました。
ただし、それで自分の声への迷いがすべて消えたわけではありません。
2019年にも、好きな歌手をまねて楽しく歌ってきた分、自分の曲ではどう歌えばよいのか迷うと話していました。
一方、周りからは声を個性として受け止めてもらえている。
その反応を通して、自分はこれでよいのかもしれないと思えるようになっていきます。
2020〜22年、会えない時間を、自分の言葉にする
コロナ禍では、歌手でいられなくなるかもしれないという不安も抱きました。
そのとき、自分の言葉を絞り出したのが「Pathos」の歌詞です。
オンラインでの公演を続けながら、聴く人と会えない時間が長くなるほど、その存在を大きく感じていました。
2022年1月、久しぶりの有観客公演で、待っていてくれた人たちと再会します。
本人は、その喜びも歌に出ていると話しています。
どんな声を求められるかだけでなく、誰へ歌えることが嬉しいのか。
歌の表情を支える実感が、ここでも増えていました。
『Cipher』の「Air」には、その公演後の思いが作詞に反映されています。
明るい曲だから明るく歌う、というだけでなく、人と再び同じ場所に集まれた経験が背景にある曲です。
自分で選んだ言葉と、実際に会った人の顔がつながることは、その後の生活に近い歌へ向かう流れにも重なります。

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2022〜23年、自分の名前と、自分から選んだ歌い方
2022年には、Towana名義のソロ曲「ベール」を発表します。
ドラマ『理想ノカレシ』に合わせ、恋愛を主題に歌詞を書いた曲です。
本人は、自分の名前で曲を出すことで責任の感じ方が変わり、録音にも自然と強いこだわりが出たと話しています。
fhánaの声として曲を担ってきた歌手が、一人の名前を前に出す。
その違いは、歌に向き合う気持ちにも及んでいました。
翌年の「Spiral」では、作詞しながら何度も歌ううちに生まれた節回しを、録音で自分から提案しました。
その歌い方が採用されました。
ハスキーな声でなければ合わないと思っていたR&Bを、今の自分の声で歌ってよかった。
新しくなったのは声質そのものより、使ってよいと感じられる表現の範囲でした。
2024〜25年、大きな物語から、暮らしのそばへ
2024年の『The Look of Life』について、towanaは歌詞の視点が生活へ近づいたと説明しています。
自分で書いた「風になって」では、明るい曲に少し切ない言葉を置き、軽やかさを大切にしました。
遠くから世界を見渡すような歌から、自分が暮らす一日の中にも触れる歌へ。
声を通して届ける距離感も変わっていきます。
2025年1月13日のツアー最終公演では、「風になって」に続けて、ワルツの「waltz for lily」を歌いました。
前者では軽快なリズムに乗せてのびのびと、後者ではゆったりした演奏に優しく声を重ねる構成です。
元気よく前へ進む声と、近くで寄り添う声が、一つのライブの終盤につながっていました。
10周年のベスト盤を聴いたtowanaは、曲順の中で時代が行き来するたびに、歌の表情が変わることを楽しんでいました。
初期の歌を否定して、ひとつの完成形へ置き換える歩みではありません。
その時々に選んだ歌い方が、今もそれぞれの曲に残っています。
息を含ませる声、リズムの跳ね方、語りから歌へ移る表現は、towanaの歌い方で曲ごとに掘り下げています。







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