高橋李依は、ソロでは声色を変えてはいけないのだろうか、と考えていました。
役に合わせて歌ってきた声優が、自分の名前で歌う。
そこには別の難しさがありました。
二枚目のEPでは、声を一つに揃えない選択へ進みます。
そこへ至るまでには、役を歌う経験と、自分から曲を作る経験の両方がありました。
イヤホンズで、役の声から三人の声へ

画像出典:画像掲載元
2015年、アニメ『それが声優!』から生まれたイヤホンズは、高野麻里佳、高橋李依、長久友紀によるユニットです。
初めは作品と役に結びついた歌を歌い、放送が終わった後も三人で活動を続けました。
歌う対象は、次第に彼女たち自身の考えや表現へ広がります。
2020年の『Theory of evolution』では、「背中のWING」や「耳の中へ」を新しく録り直しました。
高橋は、舞台で歌い続けてきた曲を、改めてアーティストとして届けられることに意味を感じています。
キャラクターの歌い方を出発点にした曲を、共に過ごした時間を持つ三人が歌い直す試みでした。
新曲「記憶」の録音では、高橋が最初に歌います。
後に録る二人へ気を遣って自分の表現を狭めるより、まず思い切ってやりたいことを入れる。
二人ならその声を受け止めてくれるという信頼が、歌い方の自由につながっていました。
翌2021年の「それが声優!2021」では、原作者で作詞家のあさのますみが、一人ずつ話を聞いて歌詞を書き直しています。
2015年のアニメ主題歌と同じ題材を使いながら、今度は声優として働く三人の思いを歌う。
名義だけでなく、声に乗せる言葉の当事者も変わっていたのです。
高木さんの歌で見つけた、力を抜ける距離
その一方、キャラクターとして歌う仕事も続いていました。
2018年の『からかい上手の高木さん』では、既存のJ-POPを高木さんの声でカバーします。
原曲は、その人物のために書かれた歌ではありません。
そこで高橋は、高木さんが友達とカラオケに行き、西片も同じ場所にいる、という場面を思い描きました。
歌手として見事に歌い上げることを、そのまま目標にはしません。
中学生の高木さんが何気なく歌う恋の歌に、聴く側がドキッとする。
その距離を見つけると、肩の力が抜けたといいます。
元気さやささやきの程度は、曲の印象を壊さないよう、フレーズごとに音楽チームと調整しました。
2020年、役の感情を守りながら歌を変える
『LISTENERS リスナーズ』のミュウでは、毎回異なるエンディング曲に取り組みました。
高橋が出発点にしたのは、ミュウ自身が音を楽しんでいる感覚です。
ロックの色が強すぎたテイクを別の方向へ振るなど、その都度試しながら、感情を優先して歌っていました。
この時期の歌を論じた音楽ライターのナカニシキュウは、多様なジャンルへ対応しても、ミュウが自分なりに歌い方を工夫している範囲に収めている、と捉えています。
声を変えられることと、何でも自由に変えることは違う。
役の歌では、変化しても同じ人物が歌っていると感じられることが大切でした。
『透明な付箋』では、自分の感情が歌の出発点になる
2021年6月、ソロの1st EP『透明な付箋』を発表します。
高橋は、自分を見つめ直したい、歌がうまくなりたいという思いを挙げていました。
作品では、忘れたくない出来事や心に引っかかった感情をディレクターへ伝え、作詞家が歌詞へ形にしています。
好んだのは、速いテンポと、ピアノやベースがよく動く音楽です。
すでにある役の性格から曲の声を探すだけでなく、自分が好きな音と、自分の中に残った思いを組み合わせる制作が始まりました。
仕事で感じた悔しさも、次の歌に残そうと考えられるようになったといいます。
必ず明るい結末へ導かなくても、感情を歌にできる。
行き場のなかった気持ちに、表現する場所ができたのです。
「不健康社会」には、共感したという声と、疲れているときに聴いて怖くなったという手紙が届きました。
同じ歌でも、聴く人の状態によって受け取られ方は変わる。
その反応も、歌うことを考える経験になりました。
役を演じる歌と、役に励まされた自分の歌
2022年の「共感されなくてもいいじゃない」は、高橋がアイリーンを演じた『悪役令嬢なのでラスボスを飼ってみました』の主題歌です。
ただし、アイリーン本人が歌うキャラクターソングではありません。
彼女の生き方に力をもらった高橋自身が歌う、という距離を選びました。
高音から始まる曲で、録音時にはキーを下げることも考えています。
それでも、作品の明るさに合うと判断して元のキーに挑みました。
難しさを避けるために好きな曲調を変えるのではなく、その曲を歌う理由を確かめて取り組んだのです。
役から受け取った感情を、自分の歌へ持ち込む。
声優の経験がソロの歌に生きた一曲でした。
『青を生きる』では、声を揃えることをやめた
2023年の2nd EP『青を生きる』では、「高橋李依らしい声」を探す意識が薄れ、自分はこう歌いたいという感覚が前へ出てきます。
本人は、「共感されなくてもいいじゃない」と「最つよワタシイズム」でも声が違うと説明しました。
曲ごとに変わる声を、あえて統一しなくなったのです。
二曲目の「最つよワタシイズム」で肯定した今の楽しさは、続く「反省会」で揺らぎます。
高橋は、明るい歌も、反省してしまう人の一面なのだと話しています。
曲の感情が違うことは、歌手としてまとまりがないことではない。
同じ人の中にある気分の幅を、一枚の中へ置いていました。
「BABURU」では、それまで多かった速い曲から離れ、落ち着ける曲を求めました。
ただ、大人びた気だるさへ寄せればよいわけではありません。
斜に構えすぎない感情の出し方を何度も録り、浮かぶように解放された感覚へ近づけています。
「アオハルインクルージョン」の歌については、二枚目だから試せた表現があると振り返っています。
録音の経験に加え、自分で思いを手紙にして作家へ渡し、曲が生まれたことも大きかった。
出来上がった曲を歌うだけでなく、その感情を作るところから関わることで、別の歌い方も試したくなったのです。
2026年も、高さや声色を曲ごとに選ぶ

画像出典:画像掲載元
2026年7月の3rd EP『黄身加熱中』にも、曲に合わせた選択があります。
「Re:You」はキーを下げると描きたい世界が変わるため、高い設定を保ちました。
一方の「ココロアダプタ」ではキーを下げ、地に足のついたロックの感覚を求めています。
高く歌うこと自体を、全曲共通の正解にはしていません。
役の歌をやめて自分の歌へ移った、という一本道ではありません。
2025年のイヤホンズ十周年にも、高橋は初期曲と歌い直した版を選び、作品から生まれたユニットの歩みを届けています。
声優であることを、活動の強みとして受け止め続けていました。
曲ごとの声の選択は、高橋李依の歌い方で、裏声や語り、音のつなぎ方から見ていきます。

こちらの記事もおすすめ

高橋李依が役や曲に合わせて声を選ぶ理由を具体例から読み解きます。

10年前の自分に近いニュアンスで歌うか、今の自分から…

ところが内田真礼は、その正解にこだわりすぎたことで、かえって表…



コメント