イ・ハイの歌は、低く落ち着いた声の印象だけでは語りきれません。
幼い頃には気にしていた声が、ソウルとの出会いで強みになり、やがて誰かを慰める歌にもつながっていきました。
その変化をよく表すのが「BREATHE」です。
本人は、歌唱法を変えたのではなく、歌への向き合い方が変わったと説明しています。
太い声が、自分の居場所を見つけた
子供の頃のイ・ハイにとって、太く落ち着いた声は、初めから自信の源だったわけではありません。
細く女性らしい声のバラードが人気を集めるなか、自分の声では歌手になるのが難しいのではないかと考えていたといいます。
そこへ、自分の声と合う音楽として入ってきたのがソウルでした。
姉の勧めもあり、2012年の「K-POPスター」に出場。
同年に「1,2,3,4」でデビューし、翌年には『FIRST LOVE』を発表しました。
当時の「IT’S OVER」評では、ハスキーな声と滑らかにつなぐ歌い回しが、スウィングする伴奏に合う点を評価されました。
ただ、繰り返すフレーズの単調さや、個性が完成するまでの伸びしろを指摘する見方もありました。
声が人の耳を引くことと、一曲の中で表情を変えていくことは、別の課題だったのです。
「ROSE」で、まだ知らない感情を歌う
初期の曲をひとまとめにすることもできません。
本人は「1,2,3,4」「IT’S OVER」を、自分が得意なソウルやブルースにつながる曲と捉え、一方の「ROSE」は、普段から好んで聴くR&Bやハウスの要素を持つ曲だと話していました。
声の持ち味を示す曲に加え、自分が好きな音楽へ踏み込む曲が、最初のアルバムの中に並んでいたのです。
ただし、歌詞の感情まで初めから経験していたわけではありません。
「ROSE」の、愛しているのに傷つくという関係を理解するため、彼女は『星の王子さま』のバラを思い浮かべて歌ったといいます。
大人びた音色と、歌う本人の人生経験には隔たりがあった。
その距離を想像力で埋めることも、当時の歌の作業でした。

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「BREATHE」では、慰めたい気持ちを中心に置く
2016年の『SEOULITE』で、その歌の出発点が変わります。
「BREATHE」で本人が求めたのは、聴き手の慰めになる曲でした。
JONGHYUNが作った曲を、制作を担うTABLOを通して受け取り、歌声が以前と違うと受け止められても、意図的な歌唱法の変更ではなく、気持ちの向け方の違いだと説明しています。
個性を強く見せるだけでなく、歌が相手のそばにどう届くかが、表現の中心に入ったのです。
録音時にはJONGHYUNが直接そばで指示したのではなく、TABLOから送られた歌に意見を返す形で関わりました。
作り手の曲と、歌い手が届けたい気持ちを、制作のやり取りで結びつけたのです。
歌の印象にも、その選択は表れます。
「BREATHE」は、鍵盤と弦を中心とする伴奏の上で、抑えたヴァースから大きく広がるサビへ進む曲です。
細かな飾りを重ねるより、まっすぐな旋律と強弱の差が、歌声を前へ出しています。
同年の『SEOULITE』後半部に入った「MY STAR」では、ホーンやベースの強い動きに合う、明るく張りのある歌が前面に出ます。
穏やかな歌へ全面的に切り替えたのではなく、温かさを伝える歌と、リズムに乗って弾む歌の両方を持つようになった。
この二つを並べると、2016年の変化を、声が単に柔らかくなったという一方向の話にせずに捉えられます。
「BREATHE」は、2018年の日本デビュー時には日本語でも歌われました。
本人は、言語が違っても歌に込めた思いは同じで、歌詞の意味や感情を少しでも伝えたいと話しています。
日本で新しい歌手として紹介される場面でも、声のインパクトだけでなく、曲の中の思いを届けることを大事にしていたのです。
『24℃』で、歌詞の意味に実感が追いつく
2019年の『24℃』では、声の印象よりも、その声に託す感情の変化がはっきりします。
イ・ハイは、それまで十分に理解できずに歌っていた恋愛の言葉が、経験を重ねることで分かるようになったと語りました。
以前より落ち着いて歌に向き合えるという本人の説明は、初期の「ROSE」で物語を頼りにした姿ともつながります。
自ら作った「20MIN」は、その変化を示す一曲です。
恋愛の中で生じた感情を、自分の経験から歌にする。
借りた物語で気持ちを想像していた時期から、自分の言葉を持ち込める時期へ進んだのです。
持ち前の大人びた声に、本人の実感が追いついてきたと見ると、このアルバムの意味が分かりやすくなります。
『4 ONLY』で、一つの声を違う感情へ振り分ける
2020年には「HOLO」を発表。
その後の本人の説明では、制作や発表の過程に自分がより深く関わるようになり、舞台でも自分らしくいられる感覚が増したといいます。
以前を、他人の服を着ているようだったと振り返る言葉からは、歌だけを渡されるのではなく、曲をどう見せるかまで自分の表現にしていく意識が伝わります。
2021年の『4 ONLY』では、愛情を一つの気分でまとめず、喜びや不安、怒りや切なさなど、揺れる感情を曲ごとに扱いました。
同じアルバムに入っているから同じ声で押し通すのではなく、違う感情を置くために、違う音楽の居場所を用意した作品です。
「Intentions」「Waterride」では、ハスキーな中低音をリズムのある音作りに置き、「Bye」ではシンセポップの流れへ歌をなじませる。
一方、「Darling」は鍵盤の大きな響きと力のある歌を組み合わせています。
初期から目立っていた音色を保ちながら、その声が働く場面を増やしたことが、この時期の広がりです。

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「My Beloved」から、自分のR&Bを選ぶ現在へ
2023年の「Alley」、2024年の「My Beloved」について、本人は、自分を表す曲だった「HOLO」「Red Lipstick」と区別して、より多くの人が共感できる歌を歌いたいと思ったと説明しています。
「My Beloved」は、作者が母を思って書いた曲から、聴き手がそれぞれの大切な人を重ねられる方向へ広げられました。
自分の気持ちを歌う力が育った先で、今度は他の人の気持ちが入る余地を作っているのです。
2026年のダブルシングル『2 EASY 2 BE HON2ST』では、DOK2が作るビートに自らのメロディーと声を重ね、作詞にも参加しています。
「HON2ST」は、相手との関係で大事にしたいことを、飾り立てずに言葉にする曲です。
この二曲でR&Bに向かったことも、昔の型へ戻ったというより、今の自分が歌いたいことを、自分で選べるようになった歩みの続きとして捉えられます。
変わったのは、声を向ける先だった
イ・ハイの変遷には、声の個性を見つける段階、歌詞を自分の経験で受け止める段階、そして聴き手の気持ちが入る歌を選ぶ段階があります。
歌唱の変化を、年齢とともに声が太くなったという説明だけで追うと、こうした選択が見えなくなります。
声の具体的な使い方は、イ・ハイの歌い方で掘り下げています。
低い音色、リズムへの乗り方、穏やかな歌と強い歌の違いを合わせて見ると、同じ声が多くの表情を持つ理由にも近づけます。

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