浦田直也の歌を、伸びやかな高音で覚えている人は多いでしょう。
けれど、その声をどう使うかについて、本人は何度も考え直してきました。
高い音が出せるようになること。
自分を立派に見せようとせず歌うこと。
この二つは、いつも同じ速さで進むわけではありません。
ソロ作品をたどると、歌えることが増えた先で、何を聴かせたいのかを探した歩みが見えてきます。
ダンスに夢中だった青年が、歌へ戻ってくる
浦田は、ダンスを自分の武器にしようとした時期がありました。
出来なかったステップが出来るようになる。
その成長は実感しやすく、一時は踊ることに熱中します。
それでも19歳の頃に物足りなさを覚え、自分にはやはり歌がいちばん大切なのだと考えるようになりました。
ソロの出発点となったのは、2009年1月の『TURN OVER』です。
続く2010年の「Dream ON」では、浜崎あゆみと共演しました。
『TURN OVER』は今井了介率いる制作陣が手がけ、SPHEREやFull Of Harmonyらも参加した作品でした。
リード曲「Baby Bang! feat. SPHERE」では、ファルセットを曲全体に用いる歌唱が打ち出されています。
一曲を通してどんな声を聴かせるか。
初期のソロには、グループで担うパートとは異なる、音色の個性を示す試みがありました。
浜崎との共演を振り返った浦田は、一人で活動すると、より力を注げると説明しています。
掛け合いで競うような発想を出し、その場のアドリブも生かした。
浜崎から学んだのは、自分をどう表現するかを妥協せず考える姿勢でした。
AAAの結成当初については、ライバルだった仲間と競い合いながら、互いの成長も願う関係だったと振り返っています。
自分が足を引っ張りたくないという意識があり、個人の力とグループ全体の力の両方を考えていました。
グループの一員として声を渡していく経験に、自分で歌全体を引き受ける経験が加わります。
ただ、ソロになれば最初から自由に歌えた、というほど単純な道のりではありませんでした。
2012〜2013年、踊らない舞台とカバーが問い直したもの
2012年1月29日の初ソロワンマンでは、ダンスを前面に出さず、生バンドと歌で公演を組み立てました。
自分の曲に加え、好きな歌手の曲も歌っています。
派手な演出を重ねる場面から、一人の歌手として声を聴いてもらう場面へ。
ソロの活動に、こうした舞台が出来たのです。
2013年のカバー集『UNCHANGED』では、その先に難しさが待っていました。
初作では勢いを押し出していた浦田も、この頃は落ち着いた曲調やアレンジを自然に選ぶようになります。
ところが、好きで何度も聴いた「僕が一番欲しかったもの」で、歌をきれいに聴かせようとするほど、内容が上滑りしてしまうと感じました。
そこで手放そうとしたのが、上手に歌っていると見せたい気持ちです。
そのとき自分が感じたことへ、素直に向き合って歌う。
他人の名曲を歌う経験は、音程やキーの難しさ以上に、自分と歌詞との距離を考える機会になりました。

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2017年、生バンドが引き出した声
『unlock』では、浦田自身の言葉と生バンドが制作の中心になります。
自分で書いた歌詞なら、その人物を外から演じるための準備が要らない。
バンドの音に触れると、歌も変わりました。
「虚像」と「真実」では、一曲を大きな流れのまま歌う録音を選んでいます。
細かく区切ると、歌の力が落ちてしまうと感じたためでした。
きれいな断片を集めるより、その曲に入ってから歌い終えるまでの気持ちを残す。
録音の方法からも歌を考えました。
2018年、同じ高音に強さと柔らかさを選べるようになる
『unbreakable』の時期、浦田は初期のソロ作品と現在の声を比較しています。
以前は高い音で声が細くなり、出すこと自体に苦労した。
それが、同じ高さでも強く出すか、柔らかく出すかを選べるようになったと振り返りました。
同じ音に、いくつかの表情を持たせられる。
これは本人の実感として語られた、具体的な変化です。
聴き手との関係も変わります。
『unlock』で自分の内面を開いた後、『unbreakable』では、受け取ってくれた人への思いを歌にしていきました。
自分を知ってほしいという段階から、相手がいてこそ歌えるという感覚へ。
声の使い方が広がることと、歌う理由が外へ向かうことが、この時期には重なっています。
録音では「Checkmate」を歌った後の流れを生かし、歌入れを一日で進めたといいます。
予定どおりに小分けするより、そのときの気持ちが続くことを大事にした選択でした。
活動休止後、仮歌で取り戻した歌への思い
2019年の活動自粛・休止と、年末のAAA脱退を経て、浦田は2021年に活動再開を報告します。
その文章では、自らの行為への反省とともに、歌をやめることも考えたと明かしました。
再び歌へ向かうきっかけになったのは、自分の名で発表する曲ではありません。
ほかの歌手に用意された曲の、仮歌を入れる仕事でした。
さまざまな曲を歌い、歌が好きだという気持ちと、いつか自分の歌を歌いたいという思いを確かめていった。
ここで確認できるのは、声そのものが急に変わったという話ではなく、歌うこととの関係を結び直した経験です。
2021年11月には『UNTITLED』を発表。
「いつもの、バイバイ」「until we meet again」などを含む作品で、ソロ活動を進めています。
歌い直す曲と、目の前の人へ渡す曲
2023年には「PRIDE」「駅」「シングルベッド」などのカバーを順に発表しました。
それらを収めた2024年の『UNCHANGED 2』には、「君に逢えないから」の2023年版も入っています。
新しく出会う他人の曲と、以前の自分が歌った曲。
両方を現在の声で扱う作品になりました。
初期版と後の録音を比べるときには、声が太くなったかだけで評価を終えたくありません。
言葉を届ける速さや、気持ちを置く場所はどう違うか。
歌い直す曲は、過去の自分と現在の自分を、同じ作品の中で考える入口にもなります。

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2025年12月の静岡県立こども病院での公演では、「LOVE SONG」「愛」「All My Love To You」を歌いました。
大きな会場だけでなく、近くにいる聴き手へ歌を届ける活動も続いています。
初期には難しかった高音に、強さも柔らかさも選べるようになった。
その一方で、上手に見せることへの迷い、バンドとの録音、仮歌の経験が、歌う理由を問い直してきました。
浦田直也の歩みは、出来ることを増やしながら、その力を誰のために、どう使うかを探す過程として読むことができます。
高音や言葉の置き方を曲ごとに考えるときは、浦田直也の歌い方もあわせてご覧ください。







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