自分だけの声を守りたい。
けれど、その声の新しい表情も知りたい。
KAMIJOの歩みには、この二つの思いがあります。
LAREINE、Versailles、ソロと場を移しても、美しい旋律への愛着は続き、その中で歌い方は何度も選び直されてきました。
LAREINEで、自分にしかない声を守ろうとした
KAMIJOはLAREINEのボーカリストとして活動し、1999年に「fiançailles」でメジャーデビューしました。
母が電子オルガン、祖母がピアノを教える家庭で育った彼にとって、歌と楽器の旋律は身近なものでした。
後にオーケストラとロックを結びつける音楽へ向かいますが、その出発点には、音楽に囲まれた生活があります。
LAREINE時代の自分について、KAMIJOは、ほかにいない声だという誇りが強かったと振り返っています。
自分の声を変えたくなかった当時から、後のソロでは意識も変わっていきます。
2007年に始まったVersaillesでは、ツインギターを擁するメタルの中へ歌を置きました。
出発点となる「The Revenant Choir」にも、その方向が表れています。
ただ、結成当時のKAMIJOは、LAREINEから作りたい世界は変わっていないと話していました。
新しいバンドで、以前から追っていた夢の続きを始める。
重い演奏へ移ることと、美しい音楽を作りたい気持ちを保つことは、彼の中でつながっていたのです。
ソロで、声に登場人物の心を重ねる
2013年、ソロデビューを迎えるKAMIJOが掲げていたのは、もっと優雅に、もっと力強く歌いたいという目標でした。
そのために、なりたい歌手へ近づく発声のトレーニングを続けることが大切だと話しています。
独特な声を持っていることと、望むように歌えることは同じではない。
ソロの出発点にも、声を磨き続ける意思がありました。
2014年の『Symphony of The Vampire』では、全七楽章の物語を歌いました。
本人によれば、人物と物語が明確になっていたため、歌の録音は普段より進めやすく、一度で決まるテイクも多かったといいます。
準備に時間をかけたのは、歌い手が生きる世界のほうでした。
誰がどんな状況で歌うのかが定まると、声に込めるものも定まる。
役を理解して歌へ入る方法が、ソロの表現を支えています。
2015年の再録盤『Royal Blood ~Revival Best~』では、過去の曲を今の自分で歌い直しました。
「God Palace」は2010年発表の原曲と、2015年の再録とで、本人の心境も違います。
初代ベーシストJasmine Youを失った頃の録音を経て、再録では前向きな気持ちで歌えた。
同じ旋律にも、年月を過ごした人の内面が映り込むのです。

画像出典:画像掲載元
一方で、何でも新しく録り直せばよいとは考えていませんでした。
「fiançailles」は、当時の録音で既に完成しているとして、再録盤の対象にしていません。
今の歌で魅力を増せる曲と、あの時の歌で残したい曲を分ける。
歌唱力が上がったという本人の実感があっても、それだけで昔の声を塗り替えないところに、過去の表現への敬意があります。
歌を届ける相手の想像も、変わっていました。
2015年の再録では、自分をまだ知らない人を思い浮かべて歌えたといいます。
それまで築いたファンとの信頼があったから、その先へも目を向けられた。
曲を知っている人の記憶に応えるだけでなく、初めて出会う人にも届く歌にする。
昔の作品を歌う行為に、新しい出会いへの期待が加わっていたのです。
2017年には、LAREINEの「憂いの花が綴る愛」を再録しています。
このときは、あえて昔の録音を聴き返さず、記憶の中で育った曲を表現しようとしました。
歌ってみると、傷ついた主人公と現在の自分との間に距離も感じたといいます。
若い頃の切なさと、今の自分との距離も含めて歌い直したのです。
英語詞が、旋律の動かし方を変えた
2018年の『Sang』では、言葉の選び方から歌い回しを広げています。
「Theme of Sang」を日本語の仮歌で試したところ、本人の中でしっくりこなかった。
そこで英語に替えると、旋律を保ちながら一つの音符に言葉を収めやすくなり、歌に欲しかったノリが生まれました。
翻訳者と一緒に、意味だけでなく歌い回しまで考えたといいます。
英語を飾りとして添えるのではなく、旋律の上で言葉がどう動くかを確かめる作業でした。
この経験が、本人にとって新たな技術の獲得にもなっています。
2019年の「TEMPLE -Blood sucking for praying-」でも、先に日本語で歌ってから、曲のリズムと旋律に合う英語へ組み替えました。
一方で、最も伝えたい一節は日本語で残しています。
どの言語が歌いやすいかだけでなく、どこで意味を直接届けるかも選ぶ。
響きと伝わり方を、一緒に考えていたのです。
録り直す声と、そのまま残す声
2022年の『OSCAR』では、「Behind The Mask」を力強く歌い直しています。
本人は2021年のシングル録音を、コロナ禍で気持ちが弱っていた時期の歌と捉えていました。
一方、2019年の「Eye of Providence」は、本人にとって新鮮だったファルセットに愛着があり、当時の歌をほぼ残しています。
新しい録音で統一するより、曲ごとにふさわしい声を選ぶ。
再録と保存の両方が、その時点での歌の判断でした。
2024年、歌の選択肢をもう一度広げる
2024年春、KAMIJOは、最近になって歌い方を大きく変えたと語っています。
新しいことを試す姿勢を、活動の前提として話していた時期です。
長く続けてきた歌でも、まだ変えられるところがある。
既に完成した歌手像を保つだけでは満足していないことが、この発言から伝わってきます。
その年の「美しい日々の欠片」では、歌声合成ソフトを仮歌に使い、複数の声やキーを試していました。
そこから歌唱の癖や技術に気づいたといいます。
制作の道具にも、歌を学ぶ入口がありました。
さらに『VIOLET DAWN』では、声優としての表現にも踏み出しました。
声で演じる手段が増えた喜びと同時に、プロの声優を間近に見て、自分の未熟さも感じたといいます。
歌手としての経験だけでは届かないものもある。
別の専門性に触れて学び直す姿勢は、この時期の挑戦にも表れています。

画像出典:画像掲載元
ロサンゼルスでも、自分の声を探し続ける
2025年の渡米を控えたKAMIJOが望んだのは、活動環境を変え、新しい刺激を受けることでした。
長く歌ううちに、同じことの繰り返しになる感覚があったといいます。
ただ、米国へ行くから音楽を米国風に変えるという話ではありません。
日本語を中心に歌い、自分の歌謡曲的な旋律感覚を、むしろ強く出したいとも話していました。
変えるのは、自分を閉じ込めてしまう環境や習慣。
その先で育てたいのは、これまでの音楽から続く自分の声だったのでしょう。
移住後の2026年3月にも、発声の探究は続いています。
この時点では特定の一人に師事する形ではなく、複数のトレーナーとセッションをし、自分の声を引き出してくれる相手を探している段階でした。
英語でも、響きが気に入った単語を安易に使わず、意味と自分の美意識が合うかを考えています。
新しい土地で学びながら、どんな声と言葉を自分の歌に迎えるのかを見極める。
完成を宣言するより、探し続けている現在が見えてきます。
変えたくなかった声を、今では何度も選び直している。
それでも、美しい旋律で人の心に触れたいという願いは続いています。
KAMIJOの変化は、昔の声を捨てることより、同じ歌に新しい心を通わせることとして捉えられます。
具体的な母音の変化や高音の使い方は、KAMIJO(Versailles)の歌い方で詳しく取り上げています。

こちらの記事もおすすめ

KAMIJOの発声と旋律のつなぎ方を、具体的な作品から考えます。

苑本人の発言から、摩天楼オペラの曲で声を選び直してきた過程をたどります。

一度目は、MALICE MIZER時代の…



コメント