kyoの歌い方|強く響く声に、なぜ抑えたサビと低音の色気が共存するのか

2024年のツアー取材に掲載されたkyo kyo(D'ERLANGER)
2024年のツアー取材に掲載されたkyo

kyoの歌声には、強烈な演奏の中でも埋もれない存在感があります。
けれど、D’ERLANGERの曲をどれも同じ勢いで押し切っているわけではありません。
声の明暗、サビに込める力、言葉を置く密度。
そうした選択によって、荒々しさと親密な色気の距離が変わります。

その歌い方を考えるうえで手掛かりになるのは、声の出し方と、出した声を曲のどこへ置くかの関係です。
本人が録音で試したことや、舞台での具体例をたどってみましょう。

サビを抑えると、声の強さはどう変わるか

「die fast and Quiet…」では、サビで声を押し出し切らず、少し抑えた歌い方が選ばれています。
本人が以前の自分との違いとして挙げている部分です。
サビだから最大の力を使うという決め方をせず、声を置く位置や色をCIPHERと探る。
その結果、余裕を含んだ表現になりました。
ここでの抑制は、単に小さく歌うことではなく、勢いに任せず表情を選ぶことにつながっています。

声の明るさと暗さも、言葉の響きを変える要素です。
同じ言葉を別のトーンで歌い分けるという本人の説明からは、音程が合っているだけでは完成しないことが分かります。
どの色の声でその言葉を置くかまでが、歌の表現なのです。

声を響かせる方向は、曲の景色から決まる

kyoの声は、ロック歌手の中でも言葉が明瞭で、低音には艶があると評されています。
荒く放つ声と、低い響きの色気が同居するからこそ、抑えた場面にも存在感が残る。
その両方を使えることが、曲ごとの表情を支えています。

録音でCIPHERが示すのは、けだるさや熱量といった感触です。
細かな発声用語を並べるというより、曲を作った人と、その声を出す人が、目指す雰囲気を共有していきます。
kyoの歌いやすい空気も理解した相手だからこそ、声の表情を引き出せるのです。

「Beast in Me」の制作では、曲がまだ仕上がり切っていない段階から、kyoの中に言葉が浮かびました。
メロディや演奏を受け取って歌を作る人にとって、声は後から貼り付ける飾りではありません。
音が持つ湿度や勢いを受けて、どんな言葉を、どんな感触で歌うかが決まっていきます。
歌と楽器が別々に主張するより、同じ景色に向かうことで濃さが生まれるのです。

荒く歌う場面にも、バンドとの呼吸がある

2015年11月の大阪公演では、「柘榴」でリズム隊の激しさに応じ、kyoのシャウトも強まっていく姿が捉えられています。
その一方で、「Singe et Insecte」や「LULLABY」では、観客と一緒に歌えるポップな面も現れました。
ひとつの公演の中に、激しく応酬する歌と、フロアへ開かれた歌があるのです。
荒い声だけを切り取ると見えにくい、演奏や観客との関係があります。

本人は、舞台での表現をあらかじめ細かく用意するより、他の3人の空気をその場で受け取ることを大切にしています。
演奏が向かう先に身を任せるため、歌と身振りも、その瞬間の音に結びつきます。
毎回同じ強さで叫ぶというより、バンドの動きに声で反応する歌い方なのです。

2015年11月3日、大阪CLUB QUATTRO公演のkyo(撮影:Takeshi “GUTS” Nakatani)
2015年11月3日、大阪CLUB QUATTRO公演のkyo(撮影:Takeshi “GUTS” Nakatani)。
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早口の歌は、言葉を詰め込めば完成するわけではない

「Cherry」は、ライブで歌っていた早口の部分が、録音ではうまく収まらず、歌詞を短くしていった曲です。
kyoは、ライブではTetsuが歌に寄り添ってくれていたのだろうと振り返っています。
勢いで歌えることと、録音で言葉がはまることには違いがある。
言葉を減らす判断も、リズムの中で声を生かすための選択です。

新しい曲を歌うときも、最初からすべてが自然にできるわけではありません。
kyoにとって録音は、難しいメロディや表現を身体になじませる工程でもあります。
回数を重ねた先に、意識しなくても曲へ入っていける感覚が生まれています。

感情を込めることと、声に力を入れることは違う

「Be with Your Love」では、求める感情に合う声のトーンを見つけるのに時間がかかったとkyoは話しています。
一方、「Love Like Blood」で重視したのは、物語を説明することより、内側の圧力を解き放つことでした。
深く思いを込める曲と、衝動を放つ曲では、声が担う役割が違います。
同じ言葉でも、歌うときの感情によって優しくも怒りを帯びたものにもなる、という本人の考えが、この使い分けにつながっています。

20代前半に受けたレッスンも、ビブラートのかけ方などより、曲をどう思い描き、感情をどう伝えるかに重きを置くものでした。
音程や声量を整えた先に、どんな人物の、どんな気持ちとして声を届けるか。
その問いが、歌い方の土台にもあります。

だから、感情が強い曲ほど大きな声にする、という一本の基準では捉えきれません。
抑えることで残る感情も、荒く放つことで初めて届く感情もある。
その曲に合う声を探すところに、kyoの歌の難しさがあります。

新しく使える声と、長く守ってきた歌の世界

近年には、裏声で重ねるハーモニーなど、以前より使える声の質感が増えたと本人は語っています。
『Evermore』では、感情を生々しく放つ「Kiss My Blood」と、思い描いた景色を歌で表す「深愛」「Wandering Star」を挙げています。
声の選択肢が広がっても、それをどの曲でどう生かすかが大切なのです。

『Evermore』を作ったCIPHERにも、一曲一曲を以前より大切に残したいという思いがありました。
身近な音楽家との別れや、kyoの病を経た時間が、その背景にあります。
歌い手が受け取るメロディにも、作り手が重ねてきた時間がある。
音程をなぞるだけで終わらせられない理由は、こうしたバンドの関係にも見えてきます。

ただし、個人の体験をそのまま歌の内容にするわけではありません。
kyoは、病気の頃に書き留めた文章が、新曲には合わないこともあったと話しています。
まずD’ERLANGERの歌としてどうあるべきかを考える。
その姿勢が、激しい経験を経ても、バンドの歌の世界を保っています。

観客の声まで含めて、歌が動き出す

D’ERLANGERのライブでは、観客の歓声も演奏する側へ返っていきます。
Tetsuは、声を出せなかった時期を経験したことで、ファンも声を上げられることの大切さを知っていると話しています。
歌い手だけが会場を満たすのではなく、返ってくる声も、その場の熱を作っているのです。

kyoの歌を特徴づけるのは、強い声そのものと、その強さを使い切らない選択の両方です。
言葉の色を変え、詰まり過ぎる部分は削り、演奏が激しくなれば声でも応える。
発声を一つの型に固定するより、曲と場面に合わせて声の表情を選んでいく歌い手として捉えると、その魅力が見えてきます。
若い頃からの変化は、kyo(D'ERLANGER)の歌唱変遷でたどっています。

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