上坂すみれの歌声の変遷|声色を変える楽しさから、まっすぐ歌う自信へ

2024年、ベストアルバム『SUMIRE CATALOG』の取材に掲載された上坂すみれ シンガー
2024年、ベストアルバム『SUMIRE CATALOG』の取材に掲載された上坂すみれ

上坂すみれは、一曲の中で声色を大きく変える歌を、デビューした頃から歌ってきました。
それでも、10周年を迎えた彼女にとって新しい挑戦になったのは、台詞や掛け声を挟まず、まっすぐに思いを届ける歌でした。
奇抜な曲から普通の曲へ移った、というだけではありません。
教わった表現についていくところから、何を強め、何を抑えるかを選べるようになるまで。
その歩みを、録音で起きた具体的な出来事からたどります。

歌い方を教わりながら、一曲の中で何度も変身した

2013年の歌手デビュー当時、上坂はまだ大学生で、声優としても活動を始めたばかりでした。
プロデューサーの須藤孝太郎も、制作の最初から明確な型を持っていたわけではありません。
互いに面白そうなことへ飛び込み、作品を作りながら方向を探していたと振り返っています。
後に多彩さが持ち味となる歌も、完成された万能の歌手を出発点にしていたわけではないのです。

デビュー曲「七つの海よりキミの海」では、曲の展開に応じて歌い方を変えるため、実際にレクチャーを受けています。
昭和歌謡を思わせる節回し、デスメタル風の声、その場で加わる合いの手。
仮の録音と本番を重ね、異なる表現を一曲へ収めました。
本人が当時悩んでいたのは、その高いテンションをライブで最後まで保つことでもありました。
声の種類を増やすことと、一曲を歌い切ることを、同時に学ぶ出発だったわけです。

2013年、デビューシングルの取材に掲載された上坂すみれ
2013年、デビューシングルの取材に掲載された上坂すみれ。
画像出典:画像掲載元

初披露の場では、客席の反応が彼女を助けました。
初めて聴く曲に観客が応え、赤い光で迎えてくれたため、緊張しがちな本人も気持ちよく歌えたといいます。
めまぐるしく変わる曲は、録音だけで完成するものではありませんでした。
歌い手が客席に支えられ、その反応によって次の声を出していく経験も、デビュー期から始まっています。

2016年の「20世紀の逆襲」の頃には、リハーサルで気力が続かなくても、本番では力が湧くと話すようになっていました。
曲に合わせて生まれるファンの掛け声は、歌う張り合いになり、自分を認める理由にもなったといいます。
これは声の高さが変わったという話ではありません。
人前に立つことへの不安の中に、観客と歌を作る自信が育ってきたという変化です。

2018年、声の個性をあえて目立たせない

2018年の「POP TEAM EPIC」で上坂が意識したのは、言葉を音楽に乗せながら、声を過度に目立たせないことでした。
そのために選んだのが、感情を大きく表に出さない歌い方です。
ただし、言葉まで曖昧にはしません。
発音を明確にし、語尾が弱く消えないことや、カタカナの響きにも注意したと語っています。
大きく声色を変えるだけでなく、個性を抑えた声を、はっきり届く形にする。
歌の選択肢は、派手さとは別の方向にも広がっていました。

2018年、「POP TEAM EPIC」の取材に掲載された上坂すみれ
2018年、「POP TEAM EPIC」の取材に掲載された上坂すみれ。
画像出典:画像掲載元

2020年、昔の録音を手がかりに声を作る楽しさ

「ネオ東京唱歌」では、志磨遼平と、古い唱歌やSP盤を手がかりにニュアンスを探っています。
志磨が示した参考の音をもとに、歌い出しの雰囲気を試し、その場でコーラスも加えていく録音でした。
一方的に正解を受け取るだけでなく、共通の音楽のイメージを使って声を作る時間になったのです。
声優ならではの声の扱いを志磨が評価したことも、上坂にとって楽しい経験として残っています。

本人にとって、こうした古い録音の感触へ近づく歌は、それまでのアイドル風のテクノ歌謡とは違う新しさがありました。
志磨からは戦前の上海歌謡のような参考資料も渡され、歌い出しが大切にされています。
単に懐かしい曲を歌うのでなく、どんな時代の、どんな声の雰囲気を借りるのか。
好みの音楽が、録音で共有できる具体的な手がかりになっていきました。

自分を歌う戸惑いと、言葉を主張しない新しい声

2021年の「ドロップス」は、自分自身を歌詞の主語にする試みでした。
普段は曲に合わせて人物を作ることが多かったのに、この曲では、街で見たものや自分の気持ちを歌詞へ入れています。
それでも本人は、自然な自分を書いたつもりが、自然な自分という別の姿が生まれたようだと感じていました。
演じる声を持つ人にとって、飾らない自分を歌うことも、初めから簡単だったわけではありません。

2023年の「polar night」では、さらに静かな表現へ踏み込みます。
ツミキからの指示は、囁くような歌い方でした。
上坂が思い描いたのは、雨の街を歩く人の独り言のような情景です。
客席へ呼びかけ、返事を求める歌とは、声を向ける先から違います。
この曲を本人が新鮮なものとして受け止めたのは、曲調が落ち着いているからだけではなく、声の距離や言葉の届け方も変わったからだと考えられます。

同じ年の「ハッピーエンドプリンセス」では、声優として積み重ねた経験を、台詞やパートごとの歌い分けに生かす楽しさを語っています。
演じるキャラクターになりきる仕事と、自分の曲をライブの空気まで思い描いて歌う仕事には、違いがありました。
囁く歌へ進んだからといって、賑やかな表現を捨てたのではありません。
大きく演じる歌と静かな独白を、同じ時期の作品で選び分けるようになっています。

10周年に訪れた、まっすぐ歌うという難しさ

2024年の「ディア・パンタレイ」は、上坂にとって、力のある王道のアニメ主題歌へ挑む機会でした。
本人は、10年前なら自信がなく、扱い切れなかっただろうと振り返っています。
さまざまなキャラクターの歌も経験してきたことが、ここで支えになりました。
自分の個性を押し出すより、作品の世界を伝える語り手になる。
声色の引き出しが増えた先に、そうした役割を担う自信も育っていたのです。

それでも、まっすぐ歌い切る難しさは感じていました。
力強く歌えば済むわけではなく、願いや美しさも届けたい。
声の強さだけに頼らず、言葉の意味を届けることが、新たな課題になっていたのです。

同じシングルの「愛々々宣言」では、デビュー当時にも録音を指揮した伊藤賢治と再び組みました。
昔は何も分からず、申し訳ない気持ちで歌っていたのに、今回は録音を楽しめた。
本人が感じたその差は、声の変化を考えるうえでも大切です。
同じ制作者の言葉を受け取るとき、自分の歌で応える余裕が生まれていました。

昔の自分を、上達ぶりで塗り替えない

同年のベスト盤「SUMIRE CATALOG」では、初めて録音した曲「ソライロ」を、アコースティックの編曲で歌い直しています。
ここで彼女が望んだのは、昔より上手になったことを誇示する歌ではありませんでした。
かつて演じた小鳥遊空という少女に、もう一度会うような気持ちで臨んでいます。
新曲「ファーストピリオド.」でも、大げさに飾らず、思いを素直に歌うことを大切にしました。
技を増やした後だからこそ、技を見せること以外の目的を選べるようになったと読めます。

活動を始めた頃、上坂は声優と歌手を別の仕事だと思っていました。
やがて、どちらも声で人の心を動かすものだと感じるようになります。
多くの役やキャラクターソングに触れた経験から、自分の曲でも、歌っている人物を思い描き、芝居をするように歌うことを楽しめるようになったのです。
知らないことに追われていた時期と、声で表現する仕事を楽しめるようになった時期。
その違いは、彼女自身が実感する10年の変化でした。

上坂すみれの歩みは、派手な声から静かな声へ一本に移るものではありません。
大きく切り替える声も、抑える声も、過去へ向き合う素直な声も、曲のために選べるようになってきました。
「ソライロ」を歌い直すときに、上達の証明を目的にしなかったことは、その成熟をよく表しています。
個々の録音で、言葉の明瞭さや声の強さをどう使い分けるのかは、上坂すみれの歌い方で詳しく扱っています。

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