kyoの歌には、激しい演奏を突き抜ける強さと、低いところから漂う色気があります。
その声は、長く歌って自然に円熟しただけではありません。
バンドに負けまいとする気負いがほどけ、サビを抑えて歌う余裕が生まれ、近年には新しく使える声も増えてきました。
D’ERLANGERの若い頃と今をつなぐのは、何を歌うかだけでなく、演奏の中でどう声を響かせるかという変化です。
再結成、過去曲の再録、病からの復帰をたどると、その歩みが具体的に見えてきます。
ロック歌手への憧れと、初期の独特な歌声
子供の頃のkyoが憧れたのは、まずロックスターという存在でした。
KISSの姿に惹かれ、卒業アルバムにもロック歌手になる夢を記しています。
一方、親から音痴と言われたことで、歌には向かないと思った時期もありました。
高校の文化祭ではギターを担当し、歌も交代で受け持ったところ、友人から歌に専念するよう勧められます。
人前に立つシンガーへの憧れと、周囲からのひと言が、歌い手として進むきっかけになったのです。
kyoを含む現在の4人がそろったD’ERLANGERは、1989年に『LA VIE EN ROSE』を発表し、1990年には「DARLIN’」でメジャーへ進みます。
しかし同年のうちに解散。
初期の姿が鮮烈に記憶される一方で、この編成による最初の活動期間は短いものでした。
初期の歌声は、高いキーで歌いながら言葉が明瞭で、淡々とした独特の感触があると評されています。
滑らかに整った歌唱というより、声の癖とフロントマンの存在感が強く残るタイプだったのです。
再結成後については、重くなった演奏の中での声の響きや、荒い歌声と低音の艶の使い分けが評価されるようになります。
同じ人物の声でも、強さの現れ方は一つではありません。
17年ぶりの再結成は、歌手としての再出発でもあった
解散後のkyoは、DIE IN CRIES、ソロ、BUGと歌う場所を変えながら活動を続けました。
2007年のD’ERLANGER再結成を、17年間歌から離れた人の復帰と捉えると、その意味を取り違えてしまいます。
異なる活動を重ねた歌手が、かつての仲間の音にもう一度向き合う機会だったのです。
再結成時、Tetsuは、4人で音を出すと互いの反応が自然に分かったと振り返っています。
それぞれが音楽を続けていたため、演奏の勘が鈍っていたわけでもありません。
『LAZZARO』の新曲を携えて戻ったこのバンドでは、昔の曲を再現することと、今の自分たちの音を鳴らすことが、最初から並んでいました。
kyoの歌も、その新しい演奏との関係から育っていきます。
本人の内面にも変化がありました。
若い頃は、輝いて見える他の3人に負けないよう、必死で格好よくあろうとしていたそうです。
それが再結成後しばらくして、自分にも武器があり、伸び伸び歌えば対等に向き合えると思えるようになりました。
仲間を追いかける気持ちは残しながら、自分の歌を信じる余地が広がっていったのです。
録音を重ねることで、過去曲にも新曲にも余裕が生まれる
2013年の『#Sixx』では、短い制作期間の中で、音が整い切る前の生々しさを残す録音が行われました。
歌はその最後に加わるものです。
kyoは、他のメンバーの録音が速く進む緊張も感じながら、その瞬間を捉えられたと話しています。
出来上がりつつあるバンドの音に、声で応える緊張がありました。
2015年の『Spectacular Nite -狂おしい夜について-』では、ロサンゼルスで過去曲を録り直しています。
「DARLIN’」「LULLABY」などの再録は、昔の作品をまとめて作り替える企画として始まったものではありませんでした。
海外で4人が過ごし、録音した経験の後に、日本で新曲を作る流れが生まれます。
同じ曲を今のバンドで歌う時間と、新しい曲に向かう時間が、一枚のアルバムの制作でつながったのです。
再録した「Candy In The Shape Of You-2015-」について、kyoは、以前より照れが消えたように感じると説明しています。
初めて組む海外のエンジニアとの録音に集中し、バンドの音に導かれた結果でした。
昔の歌を技巧で飾り直すというより、その場の音に身を任せられるようになった変化です。

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2017年には、新曲を自分のものにする速さにも手応えを得ています。
難しいメロディや表現への挑戦は残っていても、一度録音を通すと、曲が身体に入るという感覚がありました。
再結成10周年の公演で初披露した「バライロノセカイ」にも、新曲らしいぎこちなさをあまり感じなかったそうです。
歌い慣れた曲が増えただけでなく、未知の曲を消化する力も、アルバムを作るたびに育っていたのです。
2019年、勢いから声の明暗へ
『roneve』では、声の細かな表情が一段と重要になります。
kyo自身、以前は勢いで進めていた部分にも、この作品では声の明るさや暗さを意識したと語っています。
同じ言葉でも、トーンによって別の色を出す。
その細かさゆえ、歌の録音はむしろ難しかったそうです。
選べる表現が増えたために、どの声を選ぶかという課題が深くなったのです。
「die fast and Quiet…」のサビでは、以前なら力を込めていたところを、少し抑えて歌っています。
CIPHERと向き合って声の色を探った結果、自分でも意外に思う歌い方になりました。
余裕を残すことで、別の表情が生まれたのです。
病から戻り、高い昔の曲を歌って得た自信
2021年、肺に腫瘍が見つかり、kyoは治療のためステージを離れます。
同年12月27日の日本武道館での復帰も、出演できると決まったのは前日でした。
まだ治療中で、実際に歌えるかどうかへの緊張は大きく、一人でカラオケへ行って確かめてもいます。
本人が支えとして振り返るのは、メンバーと観客、共演者の熱でした。
まず歌えることを確かめながら、バンドの中へ戻っていく復帰だったのです。
復帰後の序盤、アンコールで予定外に始まった「SADISTIC EMOTION」を、問題なく歌えたことが自信につながりました。
昔の曲はキーが高く、当初は選曲に配慮もあっただけに、実際の舞台で歌えた意味は大きかったのです。
2023年の『Rosy Moments 4D』では、過剰に表現を加えるより、メロディに素直に沿う歌を選んでいます。
復帰後には体力を戻すためのトレーニングも始め、それが習慣になりました。
2024年のkyoは、声の調子にも良い手応えがあると話しています。
ツアーの初日が満足できる出来でも、最後にはさらに先へ進んでいたい。
歌を支える身体への意識と、舞台を重ねて良くしていく姿勢が、並んでいます。

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『Evermore』で、さらに使える声が増えていく
2026年4月22日、D’ERLANGERは11枚目のアルバム『Evermore』を発表しました。
再結成から19年を迎えた時期の新作で、「Kiss My Blood」「深愛」「Wandering Star」などを収録しています。
初期の曲を守りながら歌い続けるだけでなく、新しいメロディに向かう時間も続いています。
この時期、kyoは、以前は難しかった裏声のハーモニーや声の色を使えるようになったと話しています。
急に別の歌い方へ切り替えたのではなく、少しずつ気づいた変化だそうです。
強い声を維持できていることに加えて、出せる質感が増えている。
年齢を重ねた歌手の変化を、失ったものだけで測れない理由がここにあります。
Tetsuも、病を経験した後のkyoを、以前より強くなった歌い手として受け止めています。
再結成から長い年月が過ぎても、パフォーマンスはなお進んでいるという評価です。
自分の感覚だけでなく、隣で演奏し続けるメンバーも、今の声に手応えを感じています。
kyoの歌は、強く歌う力を得るだけでなく、強く歌わない選択を増やしてきました。
仲間に対抗する気負いから、演奏を受け止めて声の色を選ぶ余裕へ。
その変化が、激しさと色気を同じ歌の中に共存させています。
具体的な曲での声の使い分けは、kyo(D'ERLANGER)の歌い方で掘り下げています。







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