中村あゆみの歌声はどう変わった?「翼の折れたエンジェル」を親子へ渡し、50歳で歌い直すまで

中村あゆみの公式アーティスト写真 シンガー
中村あゆみ。写真:Warner Music Japan掲載

「翼の折れたエンジェル」を歌い直すとき、中村あゆみは二度、反対に見えることをしました。
2008年には20年以上親しんだ伴奏のリズムを変え、2016年には一転して、1985年の伴奏を残したまま新しい歌声を重ねています。
さらに同じ2016年、アコースティック版も作りました。

元の曲を変えたいのか、大切に残したいのか。
答えは二者択一ではありません。
彼女が各時期に見ていたのは、客席にいる人と、その時の自分です。
三つの録音をたどると、同じ歌を次の時間へ渡す方法が変わっていったことが見えてきます。

1985年――曲の意味をまだ知らない声が、代表曲になった

中村は1984年のデビュー当時から、作詞・作曲した高橋研の「翼の折れたエンジェル」をライブで歌っていました。
1985年4月にシングルとして発売されたとき、本人はまだ十代です。
後の取材では、最初に高橋の弾き語りを聴いても曲のよさが分からず、録音でも悲しさを込めずに元気に歌ったと振り返っています。

傷ついた人の詞に、本人さえ予想しなかった勢いが重なった録音です。
2016年に彼女は当時の声を、人生経験がまだ少ないぶんハスキーでも愛らしく、発音にも幼さが残ると表現しました。
自分の古い録音をそう振り返れるまで、この歌と過ごす時間が積み重なっていました。

1985年の翼の折れたエンジェルのシングル盤ジャケットで笑顔を見せる中村あゆみ
1985年の「翼の折れたエンジェル」シングル盤ジャケット。
画像:Re:minder掲載

2008年――昔のファンの子どもが歌うのを見て、リズムを変える

結婚後、中村は音楽の世界から離れました。
その後の復帰を振り返り、自分が表舞台にいなかった間も、この曲の言葉は人々の中に残っていたと話しています。
初めはよさが分からなかった歌が、自分をもう一度歌手として迎えてくれる。
代表曲の意味が、売れた曲というだけでは収まらなくなっていました。

復帰してステージに立つと、かつて自分と一緒に拳を上げたファンが、今度は子どもを連れて来ていました。
彼らが歌い始めると、子どもたちも「翼の折れたエンジェル」を大声で歌う。
中村は2008年の公式ブログに、その光景がうれしかったと記しています。
当時の彼女自身も小学生の娘を育てていました。
曲は、自分と同世代だけの思い出ではなくなっていたのです。

同年7月のアルバム『VOICE』へこの曲を入れるとき、担当プロデューサーは海外の音楽を参考にした新しい方向を示し、鎌田ジョージが編曲を引き受けました。
中村が20年以上変えずに歌ってきたアレンジを、8ビートから16ビートへ。
本人は、元の8ビートに馴染みのない子どもたちの体にも入っていくと考えたそうです。
制作中だったプロモーションビデオにも、親子二代で楽しむという狙いがありました。

客席で実際に見た二世代の合唱が、歌の周りにあるリズムを選び直す理由になったのです。
この「2008 Version」は、同年11月の『VOICE plus』にも収められました。
そこにはCM用の「ストロングバージョン」も別トラックとして加わっています。
親子二代へ向けてリズムを変えたのは、7月の『VOICE』から入っている「2008 Version」のほうです。

2016年――1985年の伴奏に、50歳の声を重ねる

それから8年後、50歳を迎えた中村は『A BEST~Rolling 50』を作ります。
今度は2008年のように伴奏を着替えさせるのではありません。
「翼の折れたエンジェル(新録Version)」では、残っていた当時のオリジナル・サウンドを使い、自分の歌声を2016年に録り直してミックスしました。

ところが、この方法は懐かしい曲を気軽に歌う作業にはなりませんでした。
昔の音源を使う以上、キーを変えられず、当時以上の出来を目指して一言ずつ神経を使って録音した、と中村は振り返っています。
声を今の自分に合わせて収めるために伴奏を作り直すことと、決まった伴奏へ今の声で向き合うことは、課題が違います。
過去の音を残すという選択が、現在の歌唱を細かく問い直す機会にもなったのです。

同じ音の土台に、そこから三十年を過ごした本人が立つ試みです。
小学4年生だった娘も、2016年には高校生になっています。
子育てが少し落ち着き、もう一度青春を始めたい。
アルバムには、支えてくれた昔の作品への敬意と、これから進みたい気持ちを込めたと話しました。
過去の自分を再現するより、過去と現在を一曲の中で並べる選択でした。

同じ方法で録り直した「ちょっとやそっとじゃCan’t Get Love」については、アイドル的な部分を残しつつ、ローリング・ストーンズを思わせる方向で歌ったと本人は説明しています。
若いころの面影をどこまで残し、今の好みをどう加えるか。
元の伴奏を保つ曲にも、声を置き換えるだけではない表現上の判断がありました。

2016年のもう一つの答え――原曲の伴奏からも離れる

同じアルバムの通常盤には、もう一つの「翼の折れたエンジェル」があります。
ボーナストラック「-BALLADE-」は、この曲で初めてのアコースティック版として発表されました。
今剛のギターを軸にした版で、原曲の伴奏を保った「新録Version」とは出発点が違います。

同じアルバムには、言葉から見直した曲もあります。
1989年の「ともだち」は、新しい伴奏と歌声に加え、2016年の中村の気持ちで歌詞を全面的に書き換えました。
一つの曲では当時の伴奏を使い、別の曲では言葉まで更新する。
アルバム全体を通して、昔の作品の何を残すかを曲ごとに考え直していたことが分かります。

「翼の折れたエンジェル」の二つの2016年版も、その中に置かれています。
同じ旋律や言葉でも、原曲の音の中に今の声が入る版と、ギターを軸に組み直す版では、聴き手が歌を受け取る条件が変わります。
声だけを昔と比べるのでなく、伴奏を残した選択と、離れた選択の両方をたどれる作品なのです。

2016年発売のA BEST Rolling 50通常盤ジャケット
2016年の『A BEST~Rolling 50』通常盤ジャケット。
Warner Music Japan掲載

昔の歌を録り直した先で、今の言葉も書く

『A BEST~Rolling 50』には、自作の新曲「オリーブの花」も入りました。
当初、中村は新曲の制作を他の人へ任せるつもりだったそうです。
しかし録音が進む中で、プロデューサーから、彼女の言葉を待つ人のためにも自分で書くよう勧められました。
昔の曲を高い水準で録り直すことに集中していたところへ、新しく何を歌うかという課題も加わったのです。

古い曲が人々の心に残っていたことに励まされて戻った歌手が、今度は新しい言葉も自分で届ける。
2016年の制作後には、誰に向けてどんな歌を作りたいかという方向も見えてきたと話しています。
再録は過去を振り返る作業であると同時に、その後も曲を書く気持ちを取り戻す時間になりました。

2008年に中村が見た子どもたちは、親たちと一緒に「翼の折れたエンジェル」を歌っていました。
2016年の中村は、1985年の伴奏と自分の新しい声を並べ、さらに別の伴奏でも歌いました。
昔の声をそっくり保つことより、同じ曲を誰とどう歌うか。
そう選び直すことが、中村にとって「翼の折れたエンジェル」を歌い続ける方法になりました。

1985年に中村が悲しい詞を笑顔で歌った理由と、その歌い方が曲へ与えた意外な力は、中村あゆみの歌い方で掘り下げています。

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