後藤正文(ASIAN KUNG-FU GENERATION)の歌声はどう変わった?「リライト」と「遥か彼方」を録り直した理由

椅子に座る後藤正文 シンガー
後藤正文。2022年のインタビュー掲載写真。撮影:上山陽介/音楽ナタリー

2016年、後藤正文は「リライト」の新旧二つの録音をラジオで聴き比べ、2004年の自分の声を「口先で歌っている感じ」と振り返りました。
録り直した声には、体の奥まで鳴っている感覚があると言います。
ところが2024年には、初期の代表曲「遥か彼方」を録り直すため、昔のようにマイクへ近づいてがなる方法を、あえて選びました。

2004年の自分の声に不満を口にしたのに、なぜ初期の方法へ戻ったのでしょう。
二つの再録の間に作った新曲も手がかりに、後藤が声を選び直すまでをたどります。

2002年の「遥か彼方」に入っていた、録り直せない焦り

「遥か彼方」が入った『崩壊アンプリファー』は、2002年にインディーズ盤として発売され、翌年キューンから再発売されました。
アニメ『NARUTO -ナルト-』の主題歌として広く届く前、バンドにとっては次の機会をつかめるかどうかを賭けた作品でした。

後藤は後年、会社を辞めてようやくインディーズの入口に立った頃で、自分たちより若いバンドが先へ進んでいるような焦りがあったと話しています。
初期の録音ではダイナミックマイクに強く近づき、がなるように歌っていたとも振り返りました。
「遥か彼方」の切迫した歌は、一つの発声技術に還元できません。
その場で勝負しなければならなかった人の声でした。

2004年には、サビを一気に爆発させる「リライト」がバンドのもう一つの看板になります。
後藤はこの曲の録音にも、後年向き合い直すことになります。

2016年の「リライト」で、若い自分の声と向き合う

2016年、バンドは「リライト」を収めたアルバム『ソルファ』を全曲録り直しました。
後藤が語った理由には、2004年の制作が非常に忙しく、良い曲を十分な形で録りきれなかったという悔いがあります。
単に結成20周年を祝うための企画ではありませんでした。

発売当時は、本人も力を出し切ったと思っていた作品です。
それが後から、もっと歌えたのではないか、もっと良い音で残せたのではないか、という思いに変わっていきます。
初期の作品すべてが気に入らなかったわけではなく、『ソルファ』では、やりたかった音楽に当時の自分たちが十分に追いついていないと感じていました。

その間に後藤は、録音やプロデュースをする側の経験も重ねています。
演奏のどこを伸ばせるか、録音後の加工でどこまで補う必要があるかを、以前とは違う目で考えられるようになりました。
新録も丁寧に作り込んだ作品ですが、以前のように録音技術で支えてもらう部分を減らしたかったといいます。
バンドを紹介する場で、変わらず2004年の「リライト」が流れることへのもどかしさもありました。

ただし、曲を大幅に作り替える方針ではありません。
原曲を尊重し、四十代前後になった自分たちの経験をそのまま録音へ持ち込めばよい、とメンバーで話しました。
最初は再録に戸惑った喜多建介も、編曲を大きく変える必要はないと聞き、前向きに取り組めたそうです。
今の歌と演奏を残すこと自体に、新しく録る意味を見いだしたのです。

旧版と新版の「リライト」を続けて聴いたラジオ番組で、後藤は旧版の声を、喉のあたりだけで歌っているように感じると説明しました。
新版については、胃や腸まで鳴っているようだと表現します。
体の響き方を語るその言葉に、十二年の間に変わった本人の歌の感覚が表れています。

「リライト」の再録では、事前の練習をあえてせず、その場で生まれる偶発性を残しました。
良いテイクを選びながら、その日にしか生まれない音を録る方法にはスリルがあった、と後藤は話しています。
経験を積んだ声を、準備どおりの歌へ固めてしまわないための録音でもありました。

「リライト」の一曲の中で、後藤が言葉をどう区切り、どこへ声を置くかは、後藤正文の歌い方の記事で扱っています。
ここで比べたいのは、その曲を十二年隔てて歌い直したとき、本人が声と録音への向き合い方をどう変えたかです。

ステージでギターを弾きながら歌う後藤正文
ギターを弾きながら歌う後藤正文。
2022年のツアーを扱った記事より。
撮影:山川哲矢/音楽ナタリー

2023年の「宿縁」では、サビを爆発させずに走る

昔の歌を録り直す一方、後藤は新しい曲で、別の歌の進め方も探しました。
2023年の「宿縁」は、アニメ『BORUTO-ボルト- NARUTO NEXT GENERATIONS』のために書かれた曲です。
同じシリーズに関わった「遥か彼方」や、代表曲「リライト」と似た勢いが期待される場面でした。

後藤が立てた問いは、サビをあの二曲のように爆発させず、どう疾走感を出すか。
後藤はアニメ主題歌への依頼に、毎回違う答えを考えるとも語っています。
「宿縁」では、勢いを保つために、かつての決め手とは違う歌の進め方を選びました。

2023年の再録で、昔の曲の難しさにも出会い直す

同じ年には、2008年の『サーフ ブンガク カマクラ』の10曲を録り直し、新曲5曲を加えた完全版も作りました。
江ノ電の駅を題材にした作品を、全駅の曲が並ぶアルバムに仕上げる試みです。
2008年の一発録りに対し、今回は録音後の仕上げまで時間をかけ、別の手触りにしたいと後藤は考えました。
ドラムも他の楽器の音がマイクへ入り込む録り方から、単独で音を作り込む方法へ変わっています。

経験が増えても、昔の自作曲を簡単に歌えるとは限りませんでした。
「腰越クライベイビー」では、途中のブリッジを何度歌っても演奏にうまく合わせられなかった、と後藤は明かしています。
拍が変わる箇所で、どのタイミングから歌い始めていたのか、自分でも戸惑ったのです。
過去の曲を録り直す作業には、その頃の自分が選んだ複雑な展開を、もう一度体へ戻す難しさもありました。

後藤によれば、当時は演奏技術の足りない部分を、面白い構成で補おうとしていました。
今なら省いてしまいそうな展開にも、バンドが育つうえでの意味があると振り返っています。
再録で出会い直したのは、直したい欠点だけでなく、昔だからこそ作れた曲の形でもありました。

一方、書き足した5曲の歌詞では、2008年の自分に無理に合わせませんでした。
後藤は後年の振り返りで、大人になった自分が見る湘南を描き、以前の物語の後日談になるよう意識したと説明しています。
古い曲の癖を受け止めながら、新しい歌には今の視点を入れる。
完全版は、その二つを一枚に並べた作品でもあります。

2024年、「遥か彼方」に戻っても初期には戻れない

2024年の『Single Collection』で、バンドは「遥か彼方」を再録します。
二十年以上演奏してきた曲ですが、後藤は録音前、あの最初の衝動はもう再現できないと考えていました。
当日、自分の声で曲に必要な感情が出せるかも不安だったといいます。

それでもスタジオでは、近年の豊かな音を録る高価なマイクから離れ、SHUREのSM7へ向かって、初期に近い方法で強く歌いました。
何度も歌える曲ではなく、数回のテイクに力を込めたと語っています。
2016年に若い自分の声を聴き直した後藤は、今の声で「あの曲」の荒々しさにもう一度挑みました。

曲の条件も変わっています。
ドラムの伊地知潔によれば、2024年版は長年のライブで速くなっていたテンポを反映しています。
ギターも、初期の録音で何本も重ねた音から、各奏者の線が見える形へ絞りました。
歌と演奏を一緒に選び直した2024年の記録です。

公式映像には2024年の南米公演の場面が使われています。
音源はそのライブの歌唱ではなく、同年に録り直した「遥か彼方」です。

「リライト」の再録では、若い自分の歌い方を見直した。
「宿縁」では、サビを爆発させない走り方を選んだ。
そして「遥か彼方」では、初期の声には戻れないと承知のうえで、もう一度あの強さを引き受けた。
曲に必要な歌を、そのときの自分の声で選び直してきた歩みが、二つの再録に刻まれています。

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