Galileo Galileiの尾崎雄貴は、2011年には自分の細く軽い声を好きになれず、そこから抜け出したいと思っていた。
同年に続けて発表した二曲では、周囲から相次いで声の変化を指摘されている。
ところが2025年、昔の曲を録り直す段階になると、当時の声も歌い方も再現できないと認め、それでよいと受け止めた。
変えたかった声が、後には戻れない声になる。
「僕から君へ」「青い栞」からBBHFを経て、再録アルバム『BLUE』へ至る歩みには、歌う自分と過去の曲との関係が変わっていく過程がある。
「僕から君へ」――2011年発表の原曲・公式MV。
2011年、「僕から君へ」から「青い栞」への変化
稚内で結成されたGalileo Galileiは、十代から自分たちの曲を作り、2010年にメジャーデビューした。
翌2011年の「青い栞」は、アニメ『あの花』のために書き下ろした曲だ。
その発売時、尾崎は、同じ年の「僕から君へ」で声が変わったと言われたのに、「青い栞」でまた変わったと言われる、と話している。
ベースの佐孝仁司も、その変化を感じていた。
「僕から君へ」で感情を強く伝えていた歌に対し、「青い栞」ではさらに寂しさを感じ、表現が増したと評価している。
一方、尾崎は自分の声を気にしていた。
海外の歌手の低音や叫び方に憧れ、自分の細く軽い声から抜け出したい気持ちが、変化に影響したのかもしれないと語った。
特別なボイストレーニングをしているわけではなく、本人にも一つの原因で説明できる変化ではなかった。
「青い栞」――2011年発表の原曲・公式MV。
「青い栞」では、曲を作る姿勢にも変化があった。
以前は、もっとギターロックらしくすれば受け入れられるのではないか、と考えることもあったという。
この曲では、メンバー同士が気持ちよいと思える音や、最初に感じたよさを優先した。
イントロのカリンバも、尾崎がパソコンで加工したデモの音を、録り直さず完成版に残している。
歌詞には、学校に行きたくなかった頃の、自分でも説明しきれない感情を強く投影した。
誰かの歌に共感しても、どこか自分と重ならない気持ちがある。
その言い切れなさを、自分の歌の中に置いたのである。
声への不満がある一方で、自分の経験を以前より直接的に言葉へ出すようにもなっていた。
佐孝が感じた寂しさは、そうした言葉と音を伴って届いた歌の変化だった。
BBHFでは、相手の目の前で訴える歌を作った
2012年の『PORTAL』などで音作りの幅を広げたGalileo Galileiは、2016年にいったん活動を終えた。
尾崎はソロのwarbear、さらにBird Bear Hare and Fishでも曲を作り、歌い続ける。
後者は2019年にBBHFへ改名した。
その年の取材で尾崎は、以前のGalileo Galileiには、やりたいことを一つの場所へ詰め込みすぎていたと振り返った。
BBHFでは、異なる方向を二枚のEP『Mirror Mirror』と『Family』に分けている。
前者はスマートフォンなどを介したやり取り、後者は人が直接向き合うときの力を表そうとした作品だった。
『Family』では、言葉の届け方も変えた。
ただ自分のつらさを告げるのでなく、相手の肩をつかんで伝えるような近い距離を考えたという。
代表曲の「なにもしらない」に込めたのも、説明を重ねる前に、自分で感じて動こうとする意志だった。
父親になり、困難にぶつかっても立ち続けなければならないと感じていた当時の生活が、言葉の背景にある。
制作も、四人だけで一週間、ガレージを改造した場所に集まって進めた。
尾崎は、互いをより理解し、それぞれが何をできるか分かってから、曲作りがスムーズになったと話している。
一人でパソコンへ向かうだけでなく、人とやり取りする中で音楽を作りたい。
BBHFの経験は、歌う声の強さという尺度だけでは捉えられない、歌を誰と作り、どの距離から届けるかの試行錯誤でもあった。

写真出典:SPICEの2021年BBHF写真
2023年、昔の曲を新しい相手と歌う
Galileo Galileiは2022年に再始動を発表し、2023年には『Bee and The Whales』をリリースした。
再始動にあたり、尾崎はBBHFやwarbearをやめるつもりはなかった。
岩井郁人にも別の活動があり、互いに守るものがあると理解したうえで、一緒に続けられる形を話し合ったという。
他の場所で得た経験を持ちながら、Galileo Galileiでしか満たせない音楽への好奇心を、もう一度動かそうとしたのである。
同年の『THE FIRST TAKE』では、めんま役の茅野愛衣と「青い栞」を演奏した。
尾崎はこの機会に、稚内から出たかった頃と、東京で故郷の風景の大切さに気づいた頃を振り返っている。
茅野も、アニメが放送された当時の未熟な自分を思い出したと話した。
かつての作品を、それぞれ別の経験を重ねた二人が一緒に歌う場になった。
「青い栞」――2023年・茅野愛衣とのTHE FIRST TAKE。
これは2011年の録音をそのまま再現する企画ではなく、共演者も演奏の場も違う一発撮りだった。
原曲を知る人も、ここで初めて触れる人も、同じ曲の別の姿に出会える。
再始動した尾崎にとって、昔の曲は閉じた過去ではなく、現在の相手へもう一度届けられる歌になっていた。
2025年の『BLUE』は、最初のオリジナル曲から始まった
2025年の再録アルバム『BLUE』は、前年の『MANSTER』『MANTRAL』を作る中で、自然に生まれた企画だった。
昔の曲を再録しようとしたとき、必ず入れると決めていたのが「管制塔」だ。
尾崎が初めて作ったオリジナル曲であり、自分が歌い手になることと結びついていた。
そもそもバンドでは、誰が歌うかも決まっていなかった。
本当はボーカルをやりたかった尾崎は、BUMP OF CHICKENの曲を歌ったカセットテープを、緊張しながらメンバーに聴かせたという。
それを聴いた仲間に認められ、ほどなく作ったのが「管制塔」だった。
この曲の初期録音は、2009年のインディーズ盤『雨のちガリレオ』に収められている。
2025年の再録は、その長く歌ってきた曲をもう一度録音する試みだった。
しかし、その最初の曲を今の自分たちで演奏するのは、意外に難しかった。
経験を積めば、ここに聴きどころを作ろう、こんな演奏では足りないのではないか、と考えるようになる。
「管制塔」は、そうした手法を身につける前に生まれた曲だった。
尾崎は、もう一度歌い、演奏して録音を聴く行為そのものに試される感覚があり、それを経て『BLUE』で何をするかが見えたと語っている。
「管制塔」――『BLUE』(2025年)・再録版の公式音源。
新しく加わった岡崎真輝の存在も、過去を話し直すきっかけになった。
たとえば「ハマナスの花」のイントロがどう生まれたかを話すと、もともとファンだった岡崎が新鮮に受け止めてくれる。
古い曲を知り尽くした人だけで記憶を確認するのでなく、その時代を知らない仲間へ渡す。
再録には、そんな現在の会話も含まれていた。
昔の声へ戻れないまま、「僕から君へ」を歌い直す
『BLUE』の「僕から君へ」は、2011年の原曲と同じ稚内の赤れんが通信所でMVを撮った。
場所を重ねる一方で、尾崎は、当時の声も歌い方も今はできず、どう歌っていたかも思い出せないと説明している。
同じ機材を使っても、その時代の音や空気が戻るとは考えていなかった。
だからこそ、岩井に求めたのは、過去の自分たちに今ならどんな手助けをするか、という視点だった。
当時の音楽を否定して作り直すことも、昔の姿へ無理に合わせることも目指していない。
聴き手の中にあるオリジナルを壊さないように気を配りながら、現在のメンバーで歌い、演奏したのである。
「僕から君へ」――『BLUE』(2025年)再録版・公式MV。
この考えは、後輩の録音に関わった経験とも重なる。
尾崎は、自分が何かを直すことで、その人たちの大切な部分まで壊してしまうかもしれないと感じたという。
必要なのは、自分の正解を押しつけることより、相手が求める助けを引き出すことだった。
昔の自分にも同じように接するなら、声の違いは直すべき欠点ではなく、その時代ごとの歌として受け止められる。

写真出典:音楽ナタリーの2025年ライブ写真
「あおにもどる」に残った、変わらない問い
『BLUE』の新曲「あおにもどる」は、尾崎自身の生き方や、目の前の風景を書いた曲だ。
本人は、2016年の『Sea and The Darkness』の頃から、自分がどこにいるのかという問いを抱えていたと話している。
故郷にいても、別の街へ移っても、それは消えなかった。
再録で過去を振り返ったからといって、昔の自分へ戻って解決できる問題ではなかったのである。
一方、昔の歌を初めて聴く人には、それが新曲として届くこともある。
岩井との会話から尾崎が捉え直したのも、その可能性だった。
自分には懐かしい歌でも、相手がこれから経験する時間の中で、別の意味を持って育っていく。
過去の声を消さず、今の声による録音も残すことで、曲の先にある時間は広がる。
2011年には変えたいと感じていた声を、2025年にはその時代にしかなかったものとして受け止めた。
「管制塔」を初めて書いた自分へ、今ならどんな助けを差し出せるか。
尾崎雄貴の再録は、歌の技術だけでなく、昔の自分への接し方が変わったことも伝えている。
一曲の言葉や情景をどう声へ乗せるかは、尾崎雄貴の歌い方で詳しく扱う。

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