ブラッド・デルプ(Boston)の歌い方|一人で重ねたコーラスと、自由に歌える場所

Bostonの「More Than a Feeling」で、高く伸びる歌声に耳を奪われた人は多いでしょう。
その声の主、ブラッド・デルプは、前に出るメロディーだけでなく、後ろに重なるコーラスも歌っていました。
1976年のデビュー作『Boston』で聞こえる歌は、すべて彼一人の声です。

何人もの声が一つになるような厚みと、一人の歌手が高く歌い上げる迫力。
ブラッドは、その両方を担っていました。
ただし、本人がライブで楽しみにしていたのは、コーラスに合わせず、自由に歌える場面でもあります。
声をぴったり重ねるのが得意な人が、そこから離れると何を楽しんでいたのか。
あの高音に加えて知っておきたい、ブラッドの歌い方です。

あの高音は、録音の仕掛けだけでは作れない

Bostonの音楽には、緻密に作り込まれた印象があります。
中心人物のトム・ショルツは、曲作りだけでなく、演奏や録音にも深く関わった人です。
ただ、デビュー作の歌唱クレジットには、テープの再生速度を変えて声を高くしたわけではない、とわざわざ記されています。

実際、「More Than a Feeling」を一緒に作ったプロデューサーのジョン・ボイランは、高音そのものはブラッドが歌っていたと明言しています。
声の高さを機械に助けてもらったわけではありません。
ギターソロへ入る直前、歌声が上がっていく印象的な部分も、あらかじめ考えた流れを、ほぼ最初のテイクで決めたと振り返っています。

声を何度も録音して重ねることと、本人が出せない高さの声を作ることは、別の作業です。
この曲では、ブラッド自身の高音があり、その周りに同じ人が歌う別のパートを加えて、厚みを作っていました。
一人分の歌唱力と、複数の声を組み合わせる工夫が、どちらも必要だったのです。

ギターの存在感が大きい曲でも、歌が脇へ追いやられない。
その理由を音量だけに求めると、ブラッドが何役も歌っている面白さを見落としてしまいます。

初期のBoston。ブラッド・デルプは右から2人目
初期のBoston。ブラッド・デルプは右から2人目。写真:Premier Talent Associates (management company) / Public domain

主役の声だけでなく、間に挟まる声も聴いていた

ブラッドがハーモニーに親しんだ相手は、The Beatlesでした。
若い頃のバンドでは、他のメンバーが歌うパートを覚えるのも、彼の役目だったそうです。

「Nowhere Man」を練習し始めた頃、ブラッドには、重なっている声が二つに聞こえていました。
ところが、ある日、その間にもう一つのパートがあることに気づきます。
二つの声だけを聴いていたときには分からなかった声が、曲全体の響きに欠かせなかった。
本人にとって、それは大きな発見でした。

Bostonのコーラス作りでも、ただ声の人数を増やせば完成、というわけにはいきません。
ブラッドとトムは、三つの声を重ねる形を出発点に、音を少しずつ変えていました。
そのうち一つの音を動かすだけでも、全部を合わせた響きが変わるからです。

高い声を一番上へ足すだけなら、聴く側も、その高音に注目すれば済みます。
でも、ブラッドが面白がっていたのは、目立ちにくい一声が加わることで、メロディーの聞こえ方まで変わることでした。
自分の声を録音して重ねるときには、主役にも、その主役を支える側にもなる必要があります。

同じデビュー作の「Peace of Mind」も、歌のメロディーに加えて、周りに重なる声へ注意を向けたい曲です。
複数の歌い手が集まったコーラスのようでも、歌っているのはブラッド一人。
前へ出る高音とは別に、他のパートと合わさったときの響きを作る仕事もしていたのです。

コーラスのない部分では、自由に歌えた

声を重ねる技術があるからといって、いつでも同じ形で歌いたいわけではありません。
ブラッドがライブで歌うのを楽しんでいた曲の一つが、「Long Time」でした。

本人が挙げた理由は、ハーモニーのない長い部分があり、そこで歌い方を自由に変えられることです。
他の声と重ねる場面では、決まったメロディーやタイミングに合わせる必要があります。
一人でメロディーを担う場面なら、周りの歌声とのずれを気にせず、音の伸ばし方や節回しを変えられる。
コーラスをきれいに重ねる能力と、その場で歌い回しを変える楽しさは、彼の中にどちらもあったのです。

『Boston』では、器楽曲「Foreplay」から「Long Time」へ続きます。
歌が始まってからは、ブラッド一人のメロディーを追える部分と、他の声が加わる部分の違いが、聴きどころになります。
録音の厚いコーラスを知ったあとでは、一人で歌える部分を楽しみにしていたという本人の話も、少し意外に感じられます。

トムは2017年、Bostonの歌には、ハーモニーを伴う主旋律と、それに重なる別の歌のフレーズがあり、当時のライブでは六人の声が必要だと説明しています。
それほど声の多い音楽を、一人の歌手の喉だけで同時に再現することはできません。
ブラッドの歌い方を知るには、目の前で歌う一人の姿と、録音で何度も歌って作った声の重なりを、分けて考える必要があります。

名盤になっても、本人には気になる歌が残った

デビュー作であれほどの歌を残したブラッドも、自分の出来に満足し切っていたわけではありません。
1978年には、最初のアルバムの歌を、もっとよくできたはずだと話しています。

歌の録音でカリフォルニアへ行ったとき、慣れない乾燥した気候で喉の調子に苦労した。
そのため、完成したアルバムより、以前のデモのほうが歌のよいところもあったと感じていたそうです。
聴き手にとっての代表的な歌声が、歌った本人にとっての最高の状態とは限らなかったのです。

ブラッドは、何度も録音していると、うまくいったところより、直し切れなかったところを聴くようになるとも説明しています。
九割に満足していても、残りの一割が気になる。
周りから歌を褒められても、本人の耳には、その一割が残っていました。

この話を知ると、「高い声を楽々と出せた人」という印象にも、少し違う面が加わります。
完成した音だけでは見えない体調の問題があり、自分の歌を聴き直す厳しい耳もあった。
録音の重ね方を工夫するだけでなく、その一回ごとの歌い方にも、納得できる出来を求めていた人でした。

一人で重ねた声を、ライブでは仲間と分け合う

ブラッドは後に、Bostonのあの音には、トムが声をどう扱ったかも、自分がどう歌ったかと同じくらい重要だと話しています。
一人でコーラスを重ねられる録音と、全員がその場で歌うライブとでは、できることが違いました。

初期のメンバーは歌を得意としていたわけではなく、声の重なりをステージで再現するのは難しかったそうです。
それでも、録音した歌を流して補う方法は使わず、生で歌うことを選びました。
後に歌えるメンバーが増えたことを、ブラッドは歓迎しています。

1995年のツアーでは、フラン・コスモとリードボーカルを分担しました。
トムの曲は自分の音域の上のほうを使うことが多く、ときどき休めるのは助かる、というのがブラッドの率直な感想です。
ブラッドにとってフランとの分担は、負担を減らして歌い続けられる、うれしい変化でした。
難しい歌を仲間と分けながら、一緒に演奏する楽しさがありました。

2005年7月、Beatlejuiceで歌うブラッド・デルプ
2005年7月、Beatlejuiceで歌うブラッド・デルプ。写真:Non-Corporate News / CC BY 3.0

Bostonの活動の合間には、BeatlejuiceでThe Beatlesの曲を歌い続けていました。
2007年、ブラッドは、週に何度か長い時間歌う機会があることが、声を保つうえで助けになっていると振り返っています。
Bostonでも、若い頃に録音した特に高いパートの一部は、仲間へ任せられるようになっていました。

録音では、自分の声を何度も重ねて、コーラス全体を作る。
ステージでは、仲間とパートを分け、一人で歌えるところでは歌い回しを楽しむ。
ブラッドの持ち味は、高音の強さに加えて、自分の声が他の声と重なると何が起こるかを知っていることでした。
あの歌をもう一度聴くときは、いちばん高い音だけでなく、その周りにいる「もう一人のブラッド」にも耳を向けたくなります。

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