マイルズ・ケネディは、早くから自分だけの声を見つけていたように聞こえる歌手です。
ところが本人は、初期の録音を聴き返すと、その頃よく聴いていた歌手の影響が分かると話しています。
自分では、長い時間をかけて歌い方を探していたのです。
その歩みは、高音を出せるようになって完成、というものではありませんでした。
高く歌うことに励まされた時期があり、力の使い方を学ぶ時期があり、後には、それまで十分に使っていなかった低い声を好むようになります。
2004年、Alter Bridgeの最初のアルバム『One Day Remains』には「Open Your Eyes」が収められました。
この頃の歌を出発点にしても、本人の中では、まだ声を探す時間が続いていました。
1994年、高く歌ってもいいと思えたレコード
マイルズに大きな影響を与えた一枚が、ジェフ・バックリィの『Grace』です。
1994年の終わりにこのアルバムを聴いたとき、彼は、高い声を生かす別の道を見つけました。
当時、マイルズには、低めの声で歌うスタイルへ向かう歌手が多いように感じられていました。
自分はそのタイプではなく、高い声を持つ歌手だという自覚もありました。
そこへ現れたジェフは、高音や細やかな歌唱を使いながら、過去のロックの型をそのまま繰り返すことなく、自分の音楽を作っていたのです。
マイルズは、ジェフを聴いたことで、自分の声も生かせると感じました。
ただし、影響はとても強く、Alter Bridge以前に在籍したThe Mayfield Fourの最初のアルバムを振り返ると、自分の歌手としての個性が定まっていなかったとも話しています。
進む方向を見つけることと、その方向で自分の歌い方を作ることは、同時には終わりませんでした。
声だけでなく、即興で曲の展開まで変えていったジェフ・バックリィの歌い方を知ると、マイルズが強く刺激された相手の姿も分かります。
マイルズにとって『Grace』は、真似したい声との出会いであると同時に、高い声を使うことを肯定してくれたレコードでした。
Alter Bridgeの初期も、声の使い方を学んでいた
2004年の『One Day Remains』を録音していた頃、マイルズは長い時間をかけて声を温めていました。
ところが後に、その頃は、力をかけ続ければ声が出るようになるはずだと考え、うまくいかないことを無理に押し通そうとしていたと振り返っています。
すでにボーカル教師のロン・アンダーソンから学んでいましたが、教わった方法を十分に使えるところまでは達していなかった。
練習を重ねる中で、力を抜くことや息の扱いを、自分の歌に結びつけていったのです。
最初のアルバムにあの歌声が残っていても、本人にとっては、まだ試行錯誤の途中でした。

続く2007年の『Blackbird』では、マイルズが作曲とギターに本格的に加わります。
最初のアルバムは、彼の参加前に書かれていた曲が多かったのに対し、二作目では、マーク・トレモンティと曲を作り、四人でアレンジを進めました。
用意された曲を歌うだけでなく、自分も曲の形を決める立場になったのです。
ただ、作品への関わりが深くなっても、自分の声を見つけたと感じるまでには、さらに時間がかかりました。
マイルズは2018年にも、特定の歌手を熱心に聴くと、歌い方がその人へ近づいてしまい、自分で引き戻そうとした時期があったと話しています。
声が器用に変わることは長所であり、誰の歌なのかが伝わる個性を作るうえでは、悩みの種にもなっていました。
2018年、家族の話を歌うために声を低くした
2010年からはスラッシュとの活動も加わり、マイルズには、Alter Bridgeとは別の曲を歌う機会が増えました。
さらに2018年、ソロ作『Year of the Tiger』を発表します。
ここでは、それまでのハードロックと同じ声の使い方を、そのまま持ち込もうとはしませんでした。
このアルバムは、1974年に実の父を亡くしたことを中心に、自分と家族の経験を扱っています。
マイルズは、個人的な話を表すには、音の少ないアコースティック中心の伴奏と、低めの声が適していると考えました。
大きなギターのリフが鳴るバンドでは、高い声が歌を際立たせる助けになります。
今回は伴奏の音を減らし、高音で歌を際立たせる方法から、低い声で言葉を伝える方法へ変えた。
『Year of the Tiger』の変化には、父について何を語るかだけでなく、その話をどんな音楽の中で歌うかという判断がありました。
本人は、どこまで自分を明かすべきかという不安も感じていました。
それでも、正直に書いた歌が、誰かの気持ちに届き、助けになるかもしれないと考えて、個人的な話を歌にしました。
ここでの低い声は、ロックの高音を出せなくなったという説明より、語りたい内容に合わせた選択として理解するほうが、本人の話に合います。

2024年、ロックを歌う声の好みも変わった
ソロで穏やかな声を使ったからといって、その後のソロ作品がずっと静かな音楽になるわけではありませんでした。
2024年の三作目『The Art of Letting Go』では、マイルズはギターのリフを中心にしたロック作品を作ります。
「Say What You Will」も、この三作目に収められました。
同じ歌手のソロでも、アルバムごとに、声が置かれる音楽は変わっています。
一方、声の好みについては、以前ほど高い音域に居続けなくなったと話しています。
きっかけの一つは、デヴィッド・ボウイの歌を聴いたことでした。
ボウイが高い声ばかりを使わなくなっていく様子を好ましく感じ、自分も、低い音域をあまり使ってこなかったと気づいたのです。
マイルズは、低い声の響きが好きだから、以前より使うようになったと説明しています。
高い音も、ときどき強調したいところで使う。
高音を全部やめるのではなく、高い声を置く場所を選ぶようになったのです。
高い声が続く中で出す一音と、低い声で進めたあとに出す一音では、同じ高さでも印象が変わります。
マイルズが歌に取り入れたかったのは、最高音の更新より、自分が心地よいと感じる声と、ここぞという高音の組み合わせでした。
自分の声が分かってきても、歌う場所は一つにしない
初期には、高い声を生かすきっかけを、憧れの歌手から受け取った。
Alter Bridgeでは、力の使い方を学びながら、自分で曲を作る役割も広げた。
ソロでは、家族の話に合う低めの歌唱を選び、その後は、ロックの中でも低い声を積極的に使うようになった。
マイルズの変化は、声の出る範囲が広がるだけの話ではありませんでした。
彼は、活動ごとに声の使い方を変えても、誰が歌っているかは分かるようにしたいと話しています。
Alter Bridge、スラッシュとの活動、ソロを、全部同じ歌い方にそろえることが目標ではなかったのです。
2026年にはAlter Bridgeの同名アルバムも発表され、バンドで歌う活動も続いています。
曲に合わせて声を選ぶ考え方は、ライブで一晩を歌い切る判断にも表れます。
息を継ぐ場所や、終盤の曲で音を変える工夫については、マイルズ・ケネディの歌い方で詳しく扱っています。
初期の高音が好きなら、後の低い声を聴いたあとで、もう一度その高音へ戻ってみてもよいでしょう。
かつての歌い方を捨てたというより、同じ声で歌をどう表せるか、その選択肢を増やしてきた歩みが見えてきます。
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