69歳の谷村新司は「昴」を原曲と同じキーで歌っていました。
それでも本人は、若い頃と同じ力で歌おうとはしていません。
昔は「力技」だったが、今は声を少し引き、八分目で歌える。
2018年の取材で、そう語っています。
不思議なのは、「昴」を書いた31歳の谷村が、すでに30年後の自分を考えていたことです。
若い日の声をいつまでも再現するためではありません。
年を重ねても歌って恥ずかしくない曲を作り、その曲に後から自分が追いついていく。
その歩みを、アリスの時代からたどります。
1978~81年|「チャンピオン」の熱気の中で、30年後を考えた
アリスの「チャンピオン」が発売されたのは1978年。
谷村と堀内孝雄の二人が歌い、ギターを刻み、矢沢透のドラムが支える。
谷村は後年、当時のアリスを、フォークが主流の時代に打楽器を加えてリズムを前に出した、独自の編成だったと振り返りました。
舞台で三人が生み出す勢いは、グループの大切な持ち味です。
1981年の後楽園球場での歌唱にも、その三人の姿が残っています。
その勢いがまだ続く1980年、谷村はソロで「昴」を発表します。
ラジオで制作当時を振り返った本人によれば、目指したのは年を取っても、30年後にも歌える曲でした。
命の大切さを主題に選ぶと、周囲には「チャンピオン」のあとに暗い曲を出すのかと驚く人もいたそうです。
ここで谷村は、三人で客席を動かす歌をやめたわけではありません。
アリスと並行して、まだ見ぬ未来の自分に向けた歌も作ったのです。
「昴」は、若い時期の成功を繰り返すための曲ではなく、のちの自分が歌う余地を初めから持った曲でした。
1984~91年|歌の主人公を広げ、舞台で歌い続ける
ソロの曲作りでは、歌う人物も一つに固定しませんでした。
谷村は1984年頃の『抱擁』『棘』などについて、女性を主人公にした歌を作ることがテーマだったと話しています。
「モーニング・コール」もその一曲です。
アリスでの自分や「昴」を書いた自分だけでなく、別の人物の立場を歌に持ち込む。
声の高さでは測れない、表現の幅の変化でした。
「モーニング・コール」は2018年の国立劇場の曲目にも入り、同年の再録盤にも収められます。
昔の曲を歌い直すという企画は、「昴」のように自分の人生を重ねた曲だけではなく、かつて別の人物を主人公にして書いた歌にも及んだのです。
その間、昔の曲も舞台から消えません。
1986年から18年間、谷村は青山劇場でソロリサイタルを続けます。
1991年12月の「CORAZON SPECIAL」でも「昴」を歌いました。
1980年の発表から11年。
さらに2018年の再録音まで27年を残す、中間の歌唱です。
1991年の「昴」は、発売当時の一枚の録音ではなく、十年以上舞台を重ねた歌です。
1980年と2018年を一足飛びにつなぐのではなく、その間も谷村が曲を手放さなかったことが見えます。
ライブと後のスタジオ再録では伴奏も条件も異なりますが、同じ曲を、その時々の場で歌い続けてきました。

出典:チケットぴあ インタビュー。
2014~16年|若い日の歌より、今日の歌をどう楽しむか
年を重ねて歌が変わることを、谷村は共演する歌手からも感じ取っていました。
2014年に始まった番組『地球劇場』では、相手の曲を聴き込んでから収録へ向かっています。
本人は、さまざまな経験を経た歌手が、若い頃とは違う響きを持つことを、番組で伝えられる喜びを語りました。
声を保つだけでなく、歌を受け止める本人の気持ちが変わることにも関心を向けていたのです。
自分の公演も、毎日同じ状態になるとは考えていませんでした。
2016年の取材では、緊張のある初日、慣れて修正する二日目、少し声が荒れる三日目と、それぞれに違う楽しさがあると説明しています。
若い頃にできたことだけを基準に今を悲観するより、その日の状態をどう生かすか。
長年舞台に立った人の、声との付き合い方でした。
ただし、翌日も公演があるから今日は力を尽くさなくてよい、とは考えていません。
その場にいる人との一度きりの時間に、毎日ベストを尽くすのが本人の方針でした。
後に語る「八分目」は声の力加減についての話であり、公演への熱意を減らすという意味ではありません。
2017~18年|原曲の高さを保ちながら、力のかけ方を変える
2017年の45周年盤『STANDARD ~呼吸~』は、谷村の歩みを並べて見せる構成でした。
アリスの曲は各時期のライブ音源から選び、ソロの「昴」などは新たに録音し、さらに別の歌手の曲にも取り組んでいます。
昔の声を加工して現在のものにするのではなく、残したライブと今の録音を、それぞれの時代の記録として置きました。
翌2018年、国立劇場のリサイタルで初期作品を取り上げた谷村は、その曲をもう一度スタジオで録音して『EARLY TIMES~38年目の昴~』に収めます。
「昴」だけでなく、「終着駅」「引き潮」「残照」も歌い直しました。
古い音源の寄せ集めではなく、69歳の歌唱で作るアルバムです。
この企画には、初期のLPが手に入りにくくなっているという事情もありました。
国立劇場で久しぶりに歌った曲を、そこで聴いた人がもう一度手にできるようにする。
そのために、公演の後で新しく録り、次のツアーへ間に合わせようとしたのです。
過去を保存するだけでなく、舞台での再会を、今の声の作品へつなぐ録音でした。
国立劇場では「昴」が生まれた時期を振り返り、当時、前へ進むことに夢中でありながら、行き先の見えない不安もあったと話しました。
31歳で未来を見据えて書いた曲は、本人にとっても、過去の成功を祝うだけの歌ではなかったのです。
38年後に同じ曲へ戻るとき、歌詞と向き合う時間も変わっていました。
谷村は取材で、「昴」を元のキーのまま歌っていると説明しました。
一方、若い頃は力で押すところがあったとも振り返ります。
声を八分目にとどめたり、少し引いたりすることで、むしろ聴き手が表情を感じられる。
音の高さを維持したことと、同じ強さで歌い続けることは別だと、本人の言葉から分かります。
この歌い直しには、曲そのものの時間も重なります。
谷村は31歳の頃、「昴」を30年後にも歌えるようにと考えた。
実際にその年齢を越えて再録音したとき、若さを真似るのではなく、その時の声をすべて聴いてほしいと話しました。
31歳が想像した未来を、69歳が元のキーのまま、違う力加減で歌ったのです。
谷村が録音時に何度も感情を重ねるより最初のテイクを好み、息遣いも残そうとした考え方は、谷村新司の歌い方で詳しく扱っています。
ここで大切なのは、同じ曲の歌唱を時期を越えて選び直したことです。
2019年|昔の曲を、70歳のアリスが引き受ける
ソロで「昴」を歌い直した翌年、谷村は堀内、矢沢とアリスのツアーへ戻ります。
新曲とツアーの名に掲げた「限りなき挑戦」は、1979年の公演でも使った言葉です。
谷村は40年前の標語をもう一度自分たちに問い、70歳だからできる挑戦があると語りました。
三人は古い曲を演奏するだけでなく、新曲も作っています。
ツアーの準備では、谷村はアリスのアルバムを聴き直しました。
外せない曲を並べるだけで四時間ほどになり、選曲に悩んだというのです。
一度の舞台で全曲を歌うことはできません。
長い活動のどの曲を、今の三人で届けるかを選ぶ作業でした。
当時の取材では、同じ曲を歌っても昔とは響きが違い、今の音を伝えることが挑戦だと紹介されました。
谷村自身も、若い頃に書いた詞を読み返して、以前は気づかなかった意味に出会うと話しています。
聴く側も年を重ね、届き方が変わる。
30年後の自分のために書いた「昴」と同じように、アリスの曲も、作った年の声だけに閉じ込める必要はなかったのです。
「チャンピオン」の頃の三人の力、31歳が未来へ託した「昴」、69歳が力を引いて歌った再録音、そして70歳のアリス。
谷村新司の歌声の変遷は、高い音が出るかどうかだけでは見えません。
昔の曲を今の自分がどう受け取り、誰の言葉として歌うかを、歌い続けながら変えてきた歩みです。







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