林原めぐみの歌い方|声を変える前に、その人物が歌う理由を考える

2015年のインタビュー時の林原めぐみ シンガー
2015年のインタビュー時の林原めぐみ。撮影:小坂茂雄/出典:音楽ナタリー

林原めぐみには、わざと下手に歌った曲があります。
『らんま1/2』の「夢のBalloon」です。
きれいに歌えなかったのではなく、歌いたくない人物が無理に歌わされている、という場面を演じたのでした。

「Give a reason」や「Over Soul」の歌手を知っていると、上手く歌わないために工夫するという話は、少し意外かもしれません。
けれど、林原の歌を聴く面白さは、この選び方にあります。
どんな声が出せるかだけでなく、その人物なら、どんな気持ちで歌い始めるのか。
そこまで考えると、張りのある歌も、気のない歌も、囁く歌も必要になるのです。

歌いたくない乱馬を、上手に歌わせない

『らんま1/2』は、水をかぶると女の子の姿になってしまう格闘家・早乙女乱馬を中心とした作品です。
林原が演じるのは、女の子の姿になったときのらんま。
同じ人物でも見た目と声が変わる、という設定の役でした。

「夢のBalloon」では、そのらんまが、本人の望みではないのに歌を歌わされます。
ここで林原めぐみとして気持ちよく歌い上げたら、困っているらんまの様子は伝わりません。
歌手としての出来栄えより、嫌々歌っている人物の可笑しさを優先したわけです。

この曲は、2015年のアルバム『タイムカプセル』にも収められました。
綾波レイや灰原哀のような、感情を抑えた役から林原を知った人なら、同じ声優がここまで違う歌を残していることに驚くでしょう。
それも、ただ変わった声を試した録音ではありません。
歌に乗り気でないらんまを演じた結果、普通の歌手なら直したくなるような歌い方が、曲の楽しさになっています。

ただし、初めから音程やリズムをいい加減に覚えるわけではありません。
林原は、まず曲を正確に身につけ、それからキャラクターに合わせて崩す、と説明しています。
元のメロディーをわかったうえで、どこまで役の癖を出せるかを考える。
音楽として成立させる作業と、登場人物として歌う作業の両方があるのです。

元気な子なら、元気な声だけでよいのか

2017年、中野サンプラザで初の単独ライブを開いた林原めぐみ
2017年、中野サンプラザで初の単独ライブを開いた林原めぐみ。撮影:釘野孝宏/出典:KING RECORDS公式ライブレポート

『魔神英雄伝ワタル』の忍部ヒミコは、とても活発な女の子です。
明るく高い声で歌えば、それらしく聞こえるかもしれません。
でも林原が考えたのは、その前の問題でした。
じっとしていないヒミコが、なぜマイクの前に立って、一曲を歌ってくれるのか。

そこで想像するのが、歌い終えたら肉まんを百個もらえる、あるいは、聴く人を元気にしてほしいと頼まれた、といった事情です。
これは作品の中で決められた設定ではなく、林原が歌うために考えるきっかけです。
同じ楽しそうな声でも、食べ物を楽しみにしているのか、誰かを喜ばせたいのかで、言葉の出てくる気持ちは違います。

ヒミコの「騒擾楽園(パラリラパラダイス)」にある、おかわりを求める声も林原のアドリブでした。
曲を歌い終えても、ヒミコの関心はまだ食べ物に向いている。
歌の最後まで、その性格が伝わる一言です。

人物の口調をまねるだけなら、特徴的な言葉遣いを覚えれば足りるかもしれません。
けれど、一曲の間ずっとその人物でいるには、歌詞に書かれていない気持ちも必要になる。
林原がキャラクターの歌を歌うとき、台詞以上に役への理解が要ると話す理由も、ここにあります。

「薄ら氷心中」で、声を張るのをやめた理由

役の気持ちを考えることは、賑やかなキャラクターソングだけに通じる方法ではありません。
2016年の「薄ら氷心中」では、それが囁くような歌い方につながりました。

曲は、落語家たちの人生を描くアニメ『昭和元禄落語心中』のオープニングテーマです。
林原は、作中で落語家と深く関わる女性・みよ吉を演じています。
作詞・作曲・編曲を手がけたのは、椎名林檎でした。

林原は当初、この曲をもっと声を張って歌っていました。
仮歌から受けた印象もあり、伴奏ではいくつもの楽器が鳴っている。
その中で歌うなら、自分の声にも十分な勢いが必要だと考えたのです。

ところが、椎名が求めたのは、さらに囁くことでした。
小さな声で、これだけの伴奏にどう対抗すればよいのか。
林原も、最初はできる気がしなかったと振り返っています。

その歌い方と結びついたのが、みよ吉が命を落とす直前を思い描いた曲だ、という椎名の説明でした。
みよ吉の切実な思いを、すぐそばで聞くような歌にする。
そう捉えると、大きく歌い上げることだけが表現の方法ではなくなります。
林原は、みよ吉という人物に近づきながら、その要求に応えていきました。

この制作の話を知ると、「薄ら氷心中」の囁きが、意識して選ばれた歌い方だとわかります。
強く響く楽器の中に、あえて囁きを置く。
歌の迫力を声量だけに任せず、みよ吉の心情で聴かせようとしたのです。

しかも、みよ吉が作中でこの曲をそのまま歌う、という設定ではありません。
林原自身、みよ吉に歌を頼んでも小唄を歌うだろう、と話しています。
人物の普段の声を再現することと、その人物の人生を借りて主題歌を歌うことは、少し違う。
その違いを考えたうえで、役の感情を歌に持ち込んでいます。

人の声で、あえて機械のように歌う

2017年の初の単独ライブで歌う林原めぐみ
2017年の初の単独ライブで歌う林原めぐみ。撮影:釘野孝宏/出典:KING RECORDS公式ライブレポート

2021年の「#ボクノユビサキ」では、また違う選択をしています。
新たに制作されたアニメ『SHAMAN KING』のエンディングテーマで、音声合成の歌を思わせる表現を、人間である林原が演じました。

声には少し加工が加えられていますが、歌っているのは林原本人です。
声の素材を機械に歌わせたものではありません。
音声合成の歌を参考にして、抑揚や感情の出し方を本人が調整しています。

感情をたくさん込めれば、いつでもよい歌になるとは限りません。
林原はこの曲で、最後のフレーズには人間らしさを加え、それ以外にも、相手に逃げるよう促す言葉には、自分が演じるヒロイン・恐山アンナとしての表現を入れたと話しています。
普段の歌い方を抑えているからこそ、そうした部分で、人の意志がはっきり表れる。
感情を込める場所を選ぶことが、この曲の聴きどころを作っています。
声優としての芝居は、感情を足すだけでなく、どこまで抑えておくかを決める仕事でもあるのです。

「夢のBalloon」では、嫌々歌う人物に合わせて、わざと上手く歌わない。
「薄ら氷心中」では、みよ吉の心情を表すために、声を張るのをやめる。
「#ボクノユビサキ」では、最後の感情を印象づけるために、それまでの歌い方を抑える。
やっていることは違っても、どれも、曲の中で何を伝えるかを考えて選ばれた歌い方です。

その人物がいるから、その歌い方になる

林原めぐみの歌を、声の種類の多さだけで説明すると、肝心な部分を取りこぼしてしまいます。
高い声か低い声か、かわいい声か冷たい声かを決める前に、歌う人物の気持ちを考えているからです。

2017年の初の単独ライブでは、演じてきたキャラクターたちが、会場の中野サンプラザを目指す会話が流れました。
そして、それぞれの作品につながる歌へ進んでいきます。
ヒット曲を続けるだけでなく、観客が親しんできた登場人物を、歌と一緒に思い出せる構成でした。

好きなアニメの曲を久しぶりに聴くと、歌声とともに、その人物の顔や台詞まで浮かぶことがあります。
林原の歌には、それを支える細かな判断があります。
張り切って歌うのか、仕方なく歌うのか、誰にも言えなかったことをそっと漏らすのか。
同じメロディーでも、誰のどんな気持ちとして歌うかで、必要な声は変わる。
その歌い方の違いをたどると、よく知っている曲の中にも、改めて聴きたくなる場面が見つかります。

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