2003年の「You Don’t Know My Name」は、歌の途中でアリシア・キーズが相手に電話をかけるように話し始めます。
ピアノに向かって力強く歌う姿とは違い、恋の言葉を話し声で届けています。
実はこの語りは、スタジオでの会話から生まれたものでした。
では、彼女の歌はデビューからずっと大きな声で押すものだったのでしょうか。
本人と長年の録音担当者の話をたどると、十代に書いた私的な歌を起点に、語る声、より強く押し出す声、整えすぎない声、ほかの歌手と分け合う声を選んできたことが分かります。
変わったのは、単純な声量よりも、何を誰に向けて、どの形で届けるかです。
2001年『Songs in A Minor』――自分の迷いを人前で歌う
「Fallin’」を書いたのは、初めて真剣に付き合った相手との関係が、よい時と苦しい時の間を行き来していたころです。
その揺れを誰かの物語に置き換えず、自分が感じたまま歌にしたと、アリシアは振り返っています。
デビュー作『Songs in A Minor』には、十代から書きためた曲が収められました。
制作場所はハーレムの小さな住まいで、寝室を作業場にし、クローゼットを録音ブースにしていました。
開けた窓から夜中の歌声が聞こえ、近所では高音を歌う人として呼ばれていたといいます。
自分の生活の中で書いた歌が、やがて広い聴衆へ届いたのです。
「Fallin’」の中でピアノや複数の声がどう加わり、一人の思いを大きくしているかは、アリシア・キーズの歌い方で詳しく扱っています。
2003年『The Diary of Alicia Keys』――歌の途中に会話を入れる
「Diary」は、ツアー中に交わした親密な会話から生まれました。
相手との会話を曲へ取り入れる姿は、同じアルバムの別の曲にもあります。
「You Don’t Know My Name」の電話の語りにも、別の会話が関わりました。
長年の録音担当者アン・ミンシエリによると、アリシアと共同制作者のカニエ・ウェストがスタジオで話しているうちに、曲の中で彼女が実際に話す形になりました。
歌の迫力を伸ばした声だけで示さず、憧れる相手に何を言おうか迷うような、話し声の時間も残したのです。
2007年『As I Am』――怒りを抑えず、歌声も強くなる
2007年の『As I Am』では、彼女自身が変化をはっきり言葉にしています。
エジプトへの旅から戻り、方向を一つに決めず自由に作ろうとした結果、以前より攻めるような、反抗や怒りも含んだ音楽になったと話しました。
その作り方につられて、歌声も自然に力強くなったというのです。
「No One」は、その時期の代表曲です。
デビュー時にも強い声はありましたが、今回は私的な迷いを大きな歌へ育てるだけでなく、揺るがない思いを外へ押し出す曲を作りました。
本人が選んだ音楽の方向と、声の勢いが結びついた転機です。

写真:LuxTonnerre / CC BY 2.0
2012年『Girl on Fire』――自分の立つ場所を宣言する
2009年作『The Element of Freedom』のころ、アリシアは舞台でピアノから離れる理由を聞かれました。
彼女の答えは、曲に必要なことをするので、一か所にとどまる必要はない、というものでした。
舞台に立つ位置も、歌に合わせて選んでいたのです。
2012年の『Girl on Fire』では、言葉の向きがさらに明確になります。
「Brand New Me」について本人は、自分が変わっても、長く知る人が昔の自分としてしか見てくれないことがある、と説明しています。
そんな相手へ、今の自分を紹介するための会話がこの曲でした。
成長したことを誇りに思える場所へ、たどり着くまでの歌だといいます。
この曲の相手は、自分をまったく知らない恋の相手ではありません。
むしろ、以前から知っているために、変化に気づいてくれない人です。
2003年の電話では出会いを求めて語りかけ、ここでは過去の関係の中で、自分は変わったのだと伝えようとする。
相手に向けて歌う親密さを残したまま、伝えたい意思が変わっています。
表題曲「Girl on Fire」では、自分の情熱と立つ場所を見つけた思いを歌っています。
アルバムには、新しい自分を相手に伝える歌と、その自分を力強く示す歌が並んでいました。
2016年『HERE』――弱さや依存の痛みにも声を向ける
『HERE』を作る前、アリシアは人を怒らせないか気にするあまり、自分の言葉を抑えていたと振り返っています。
人に見せやすい自分ばかりを選ばず、弱さも認めるようになったといいます。
制作では、信頼する仲間の間で、曲作りを導く役割を交代していきました。
アリシアは、この流動的な共同作業が、音楽を早く、力強く形にする助けになったと話しています。
「Illusion of Bliss」は、本人がこの作品でもとりわけ無防備で、生々しく感じたと語る曲です。
本人によると、題材は依存でした。
薬物だけでなく、人からの注目や、絶えず起きる騒動など、人が手放せなくなるものを広く見ています。
強い自分を示すだけでは届かない、抜け出せずにいる人の感情にも声を向けたのです。
『As I Am』で勢いを強め、『Girl on Fire』で自分の立つ場所を宣言した人が、今度は整った強さだけでは言い切れない苛立ちや痛みを残す。
これは初めて本心を歌ったという話ではありません。
最初のアルバムから率直だった彼女が、公にする感情と言葉の範囲を広げたのです。
2020年『ALICIA』――音を引いて、歌と言葉を前に出す
2020年のアルバム『ALICIA』に入った「Love Looks Better」は、すぐに今の形になった曲ではありません。
録音担当のミンシエリによると、複数の制作者が手を加えても前作『HERE』には合わず、長く作り直していました。
最後はアリシアが音を削り、歌詞、歌声、感情が埋もれず聞こえる形へ整えたそうです。
声の存在感を増す方法は、前より強く歌うことだけではありません。
「No One」のように音楽全体の勢いを上げた時期もあれば、この曲では周囲の音を引いて歌の言葉を届かせる。
違う時期の選択を並べると、歌を届ける方法を一つに決めていなかったことが分かります。
2021年『KEYS』――かつての自分へ戻るだけで終わらない
翌年の二部構成アルバム『KEYS』では、「Originals」にピアノ、作曲、歌を前面へ置き、「Unlocked」で同じ曲を別の音の世界へ開きました。
アリシアは前者を出発点へ帰るような作品と呼びつつ、それだけでは今の自分の全体像にはならないとも説明しています。
初期の親密な歌い手を捨てたのではなく、そこから先に得た表現と並べたのです。
「Unlocked」では、先に作った録音の一部を材料として使い、別の音楽へ組み直す方法を中心にしました。
共同制作者に迎えたマイク・ウィル・メイド・イットとは、当初まだ個人的な面識が薄く、自分の曲の意図を理解してもらえるか不安もあったといいます。
ところが電話で話すと、彼はすぐに次々と案を出しました。
原点へ戻ることを選んだあと、その音楽を別の相手へ渡して変えることにも踏み出したのです。
「Old Memories」は、単なる恋人への歌ではなく、今は手に取れない人や時間が記憶に残ることを歌った曲だと本人は話します。
十代の「Fallin’」では、その時に揺れている恋の中から歌いました。
2021年には、過去の感情を現在の自分から見つめ直して歌っています。
似た親密さを持つ歌でも、声の向こうにある時間の長さが変わりました。
「Old Memories」にも「Unlocked」版があります。
過去を思い返す同じ曲を二つの形で残したことで、初期につながる親密さと、新しい音作りの両方を一枚の作品に収めました。
2024年「Kaleidoscope」――一人の経験を、ほかの歌手の声と分け合う
舞台作品『Hell’s Kitchen』のために作った「Kaleidoscope」では、アリシア本人に加え、主人公アリ役のマリア・ジョイ・ムーンと出演者たちも録音に参加しています。
舞台の少女アリは、彼女の経験に着想を得ていますが、本人そのものではありません。
書いた歌をムーンがアリとして歌い、本人もその録音に声を重ねています。
十代に書いた胸の内を自分で歌い始めた人が、2003年には話し声を曲へ入れ、2007年には音楽の勢いとともに声を強め、2016年には言い控えていた感情を外へ出しました。
2024年には自分の経験に着想を得た物語を、別の役を演じる歌手たちとも分け合っています。
アリシア・キーズの変遷は「強く歌えた声が静かになった」という一本道ではありません。
自分だけの告白から始まった声が、話し、宣言し、ほかの声とともに物語を担うまで、役割を増やしてきたのです。

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