ブライアン・ジョンソンの歌声といえば、ギターを突き抜けるような、ざらついた高音です。
ところが2024年、スラッシュと録音した「Killing Floor」では、低いところでうなる声を求められました。
どちらも制作側が彼に見いだした魅力です。
一つの声の印象がこれほど強い歌手は、その印象の内側で何を変えてきたのでしょうか。
その道をたどると、AC/DC加入時の挑戦だけでなく、録音への苦手意識、歌を届けるために聞こえることの大切さ、昔から親しんできたブルースが浮かび上がります。
Geordieで歌っていた男が、もう一度チャンスをつかむ
AC/DCに加入する前、ブライアンは英国のGeordieで活動していました。
1973年には「All Because Of You」が英国でヒットしています。
しかし成功は続かず、やがて自動車の修理などで生活を支えながら、歌う日々に戻りました。
32歳の本人は、もう大きなチャンスはないと思っていたと振り返っています。
それでも舞台で培った持ち歌が、1980年のオーディションで力を発揮します。
選んだのは、アイク&ティナ・ターナーの「Nutbush City Limits」と、AC/DCの「Whole Lotta Rosie」でした。
加入の入り口には、それまで舞台で歌ってきた曲がありました。

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「もっと高く」が、自分でも知らなかった声を引き出した
ボン・スコットの死後に加入したブライアンが参加した最初のアルバムが、1980年の『Back In Black』です。
後に本人は、表題曲の録音中、プロデューサーのマット・ラングに、もっと高く歌うよう促されたと話しています。
その高さで音を保てるとは、それまで自分でも思っていませんでした。
試してみると歌えたことで、声の可能性が大きく開けたのです。
ただし、挑戦を続けるには周囲の支えも必要でした。
エンジニアのトニー・プラットは、難しい音を前に不安を見せるブライアンを、制作陣が励ましたと説明しています。
優れた歌をその場で確実に録ることも大切でした。
同じ状態へもう一度戻るのは、本人にとって簡単ではなかったからです。
ブルースの声は、高音の陰にも残っていた
AC/DCでの歌い方が、高音一色になったわけではありません。
1995年の『Ballbreaker』には「Boogie Man」があります。
この曲や「Hail Caesar」では、ブライアンの声がいつもの鋭い叫びから離れ、ブルースの滑らかさを帯びています。
強く叫ぶ印象の内側にも、違う表情があるのです。
こうした曲を踏まえると、後年の低い歌声を、急に現れた別人のように扱う必要はなさそうです。
大きな会場を沸かせる高音の横に、ブルースの曲調へ寄り添う声が残っていました。
彼の変遷を考えるうえで、声の高さの推移と同じくらい、どの曲で別の顔を見せたかが大切になります。
『Black Ice』では、歌える場所を作り直した
2008年の『Black Ice』では、新たに組んだブレンダン・オブライエンが、歌を録る環境を変えます。
ブライアンは、直近のアルバムでは歌が機械的になり、満足できていなかったと打ち明けていました。
手にマイクを持ち、動きながら歌いたい人にとって、固定されたマイクの前は窮屈だったのです。
そこで用意されたのが、受付の後ろにある部屋でした。
人の姿が見える場所で歌い、録音を聴いた本人は、若い頃の自分が戻ったように感じたといいます。
声を変えるきっかけになったのは、歌うときの居場所でした。
年数を重ねた歌手にも、力を発揮しやすい条件を探し直す余地があったのです。
この時期の作品でも、声の印象は曲ごとに異なります。
「Rock N Roll Train」の充実した声に対して、「Wheels」の高い音には苦しさを感じる部分もあります。
アルバム全体を一括して若返りと呼ぶより、曲によって何が引き出されたかを見るほうが、変化を具体的に捉えられます。
「Rock N Roll Dream」では、とりわけソウルを感じさせる歌唱が魅力になっています。
勢いのあるシングルと並んで、こうした曲にも耳を向けると、『Black Ice』が広げた歌の表情が見えてきます。
2016年の中断と、歌を聞き直せるようになるまで
2016年には、聴覚の問題でツアーを離れることになりました。
本人は、舞台上でギターや他の演奏者を聞き取りにくくなり、歌の質に影響することを懸念していました。
同時に、スタジオ録音は続けられると説明し、音楽活動そのものを終えるつもりはないと伝えていました。
声を出せるかどうかに加え、周囲の音を確かめながら歌えるかが、舞台に立つ条件だったのです。
その後、聴覚を支える機器の調整を重ね、2018年には再びバンドの録音へ参加します。
2020年の『POWER UP』です。
本人は、他人が書いた曲だからこそ、作者が思い描いたものを歌いたいと話しました。
復帰は録音に参加したという出来事であるとともに、作品をどう解釈して歌うかへ戻る過程でもありました。

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帰ってきた声に、喪失の記憶も重なる
『POWER UP』で本人が特に思い入れを語ったのは、「Through The Mists Of Time」です。
本人は、最初に曲を聴いたとき、亡くなったマルコム・ヤングを思ったと話しています。
名前が歌われていなくても、彼の存在を感じたのです。
曲を受け取るブライアンの内側には、長く一緒に演奏してきた時間がありました。
また、舞台を想定した条件で何日も演奏し、聞きながら歌える喜びを確かめたとも話しています。
録音の完成と、ライブへ戻るための確認は別の工程でした。
かつて高音の可能性を発見した歌手が、今度は仲間の音を聞き、自分の歌を確かめる環境を取り戻そうとしていたのです。
「Killing Floor」で、低い声の魅力を求められる
2024年、スラッシュのアルバム『Orgy Of The Damned』に参加したブライアンは、ハウリン・ウルフの「Killing Floor」を歌いました。
スラッシュが起用した理由は、その声のソウルでした。
ブライアン自身も、AC/DC以前から親しんできたブルースの誘いを喜んだといいます。
高い声が出ると分かった1980年と、低い声を期待された2024年。
強烈な音色の内側に、異なる声の選択肢が残っていたのです。
2025年の舞台では、声の揺れも含めて届ける
スタジオで新しい声の魅力を示すことと、長い公演を歌い通すことには、別の難しさがあります。
2025年4月18日のローズ・ボウル公演では、声が苦しそうになる場面もありました。
その一方、「Stiff Upper Lip」の歌い出しには語るような表現があり、「High Voltage」では観客との声のやり取りが生まれています。
この一公演から、近年のすべての歌を同じ状態と決めることはできません。
ただ、復帰を単純に昔の声へ戻った物語としてまとめず、その日の歌い方と客席への働きかけまで見る手がかりになります。
高音の発見から始まったAC/DCでの歩みには、曲に合う声を探し直す録音と、声の状態を抱えながら人へ届ける舞台の両方が続いています。
曲の中でどのように声を使い分けるのかは、ブライアン・ジョンソン(AC/DC)の歌い方で、語り口や録音時の選択と合わせて掘り下げています。

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