ブルース・スプリングスティーンの歌を、力いっぱい叫ぶ声として覚えている人もいるでしょう。
ところが録音では、太く歌う、少しささやく、言葉の調子を変えるといった違いを、テイクごとに試してきました。
長く録音を支えたトビー・スコットが挙げるのも、そうした表現の選び直しです。
声の強さの奥に、どんな細かさがあるのでしょうか。
ざらついた声を、一種類の発声に決めつけない
ブルース自身は、自分の声について、長く歌い続ける力はあるけれど、美しい音色や繊細さに恵まれた楽器とは思っていない、と自伝で振り返っています。
これは歌えないという意味ではありません。
声質だけで聴き手を連れていくのではなく、その声で何を伝えるかを引き受ける自己認識です。
外から見る「生まれつき強い声の持ち主」という印象とは、少し違います。
一方で、録音された荒々しさのすべてを、喉の使い方だけで説明することもできません。
『Wrecking Ball』の制作では、声を歪ませたい曲で、別のマイクやギターアンプのような音も試しています。
歌手の出す声と、録音で加わる響きの両方が、一曲の表情を作るからです。
録音のざらつきを聴いて、喉のどこを締めているかまで決めることはできません。
声に施す音作りと、歌う時の強弱を分けて考えると、一種類の荒々しさへまとめずに聴けます。
一音の出来より、一曲の人物を保つ
プロデューサーのロン・アニエロによると、ブルースは一曲を何度か通して歌い、そのテイクを最後まで聴いて判断します。
部分ごとに切り貼りして整えるより、物語の人物に合う感情が残っているかが大切でした。
歌い直すたびに声が変わり、簡単には切り貼りできないのです。
この選択を考える時、「Devils & Dust」はわかりやすい例です。
主人公は、検問所へ来る車を見て、無関係な家族なのか、自分を殺す相手なのかを瞬時に決めなければならない兵士。
ブルースが心を動かされたのは、その判断の余地のなさでした。
歌の緊張を理解するには、声の大きさを追う前に、誰が何を恐れているのかをつかむ必要があります。
『Nebraska』――話す声へ近づくと、距離が変わる
『Nebraska』では、一人で録った歌を、バンドで作り直したものへ置き換えませんでした。
声が話しかける調子へ近づくと、聴き手も、その人物の近くへ招き入れられる。
制作の経緯を調べたウォーレン・ゼインズは、そうした距離の変化を指摘しています。
遠くへ届く大声とは、違う方向の強さです。
原盤は、自宅の4トラック録音に、少しずつ音を重ねて作られています。
音の少なさは、歌だけが裸で存在するという意味ではありません。
少ない伴奏と録音の響きがあるからこそ、その中に置かれた一人の声が目立つ。
「Atlantic City」を聴く時も、声量だけでなく、声の近さと周囲の音の少なさを一緒に感じてみると、作品の作り方が見えてきます。
高い声を、押し切るためだけに使わない
「All I'm Thinkin' About」の裏声について、批評家ケン・タッカーは、恋に心を奪われた若者の姿と結びつけて評しています。
『Devils & Dust』には重い物語もありますが、この曲まで同じ重さの声で通してはいません。
高い音を強く押し出すことと、裏声で人物の気分を作ることは、目的が違います。
「The Ghost of Tom Joad」――低い声を持つ相手に渡す
『High Hopes』の「The Ghost of Tom Joad」では、トム・モレロもリードボーカルを分担しています。
ギターの客演だけでなく、歌の語り手にもなる共演です。
ブルースは、モレロの声をバリトンと捉え、その声に合うものをつかめば力強い歌手になると話しています。
ここで選んだのは、自分一人の声をさらに強くする方法ではなく、別の声へ歌を渡す方法でした。
相手の低い響きも含めて、曲全体の力を作っています。
モレロが目指したのは、ライブ版で感じた手応えをスタジオにも持ち込むこと。
歌い手が交代するところを追うと、二人が同じ物語をどのように受け渡すかを楽しめます。
一人の声を細部まで分析するだけでは見えにくい、デュエットならではの聴きどころです。

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「Stones」――一人で歌う時と、二人で歌う時
『Western Stars』の映画版で「Stones」を歌う時、ブルースはパティ・スキャルファと声を交わします。
彼は、パティをスタジオ盤にも入れるべきだったと振り返り、二人が一つのマイクに寄ることに、長い関係の積み重ねが入ると話しています。
声を重ねる相手が変われば、同じ歌も別の関係を持つ。
ここでは歌手一人の技巧以上に、二人で言葉を届けることが、曲の表情を作っています。
映画版を聴く際は、同名のスタジオ盤とは別の演奏であることも押さえたい点です。
バンドとオーケストラによるライブの歌を収めた作品なので、伴奏の厚みや、共演者との関係も含めて楽しめます。
同じ曲名だからこそ、どの録音を聴いているかで、歌の見え方が変わります。

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ソウルの名曲を、自分の声で引き受ける
「Do I Love You (Indeed I Do)」を試す前、ブルースは他人の歌を自然に自分から出てくる歌にする難しさにぶつかっていました。
一枚分作っても、しっくり来ない。
転機になったのは、アニエロの作った伴奏で、フランク・ウィルソンの曲の音域へ挑戦したことでした。
歌える曲を安全に選ぶだけでなく、自分の声で届くかを試して、アルバムの方向を見つけています。
完成した『Only the Strong Survive』には、ホーンや弦、複数のバックボーカルも加わりました。
リードの声を、豊かな伴奏とコーラスの中へ置く構成です。
ブルースが目指したのは、憧れた歌手と書き手に敬意を払いながら、その音楽の喜びを新しい聴き手へ渡すことでした。
声の似せ方だけを競うカバーではなく、好きだった歌を今の自分で届ける仕事です。
声を固定せず、演奏の中で答えを探す
『Letter to You』では、細かく作り込んだデモを先に渡す方法をやめました。
先に伴奏を固めると、バンドがその枠へ合わせることになってしまうからです。
曲を覚えておくための簡単な記録だけを残し、仲間と一緒に形を探す。
ブルースは、録音へ入る手順から選び直していました。
その制作を記録した映画には、バンドと一緒に録った最終テイクの演奏が収められています。
歌の声も、演奏が動いている時間の中にある。
声質だけを切り離すより、仲間と作る一曲の流れとして聴くと、ブルースの力強さにも別の理由が見えてきます。
荒々しく歌う、近くで語る、裏声へ移る、誰かと声を重ねる。
その選択を支えているのは、この言葉を誰の声として届けたいか、という問いです。
歌の人物や相手が変わるところに耳を向けると、同じブルースの声に、いくつもの役割があることがわかります。
作品ごとにその選択が広がった歩みは、ブルース・スプリングスティーンの歌唱変遷でたどっています。

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